【ざわめきの花芽】
――その頃の子どもたち。
「今日は何して遊ぼうか?」
川の魚を眺めながら、一人が言った。
「うーん、魚獲りすれば母ちゃん喜ぶよ」
「えー、おべべ濡れちゃうじゃん。やだもん〜」
川の流れは穏やかで、時折跳ねる魚がキラキラと輝いている。
川辺を舞い踊る祓火羽は、春の訪れを喜んでいるのだろうか?
相談しながら川沿いを歩き、祓火羽を横目に通り過ぎたところで、
一人がピタッと立ち止まった。
「ねえ、あれ……何かな?」
指差す先には、小さな祠があった。
奥では、小さく、弱々しい火が、ゆらりと揺らめいている。
「火が灯ってる。九尾様の祠なのかな?」
「こんなとこに、こんなのあったっけ?よく来るとこなのに、初めて見たよ?」
子どもたちは、その火に誘われるように、そっと祠へと近づいていく。
「巫女様の弟だろ? 何か知らないのか?」
一人が問いかけたが、幼い子狐にわかるはずもなく、
「わかんない。俺、姉様の仕事に関わってないもん……」
しばらく沈黙が流れ、子供たちは火に見入った。
焔が、ゆらゆらと揺れる、その奥で、
何かがもがくように暴れているように見えた。
「……何か火の中で暴れてない?」
一人の女の子が、はっと気づいたように声を上げた。
目を凝らして見れば、確かに焔の奥に、小さな影のようなものが見えた気がした。
「出してあげたら?」
誰かの声が、風に混じるように囁いた。
「え? 今、誰が言ったの……?」
子どもたちは顔を見合わせ、ざわつく。
「ねぇ……もう、大人しく川遊びしよう? よくないよ、たぶん……」
「ここだけ祓火羽もいないもんね…」
おびえた声で女の子達が言うと、
里で一番の見栄っ張りの男の子が前に出てきた。
「なんだぁ? こんなちっぽけな祠にビビってんのか?
そんなに怖いなら、俺が開けてやるよ!」
誰も止める間もなく、男の子は祠の小さな扉を開け放った。
びゅうっと冷たい風が吹き抜ける。
焔は一瞬揺らぎ、次の瞬間には消えてしまっていた。
「……ほら! なんともねえじゃん……!」
怯えたように叫ぶ男の子に、女の子は泣きそうな顔でつぶやく。
「……でも、火……消えちゃったよ……」
再び、誰かの声が囁いた。
「――いいんだよ、これで。ありがとう」
その声は、誰の口からでもなく、
まるで――頭の中に直接響いたかのようだった。
「もう、行こう」
言い知れぬ不安を胸に、巫女の弟はみんなを連れてその場を離れた。
「……これ、母ちゃんたちには内緒にしようぜ」
一人がつぶやき、他の子どもたちも黙ってうなずいた。
川は静まり返り、ついさっき輝いていた魚の影もまばらになっていた、
踊っていた祓火羽は疲れ果てたのか、ぽつりぽつりと地面に降りて休んでいる。
――その翅はまるで時を止めたかのように、静寂の中に溶け込んでいた―。
子供たちは、沈黙の中で魚を獲り始めた。
不安を洗い流すように、気を紛らわせるように。