【静寂に咲く花】
はじめまして、焔夜ユウです。
この物語は、九尾の狐と妖狐の山、その間の里を舞台にした和風ファンタジーです。
謎と怨念が絡み合う世界で、主人公たちの選ぶ道は…?
どんな結末になるかは読んでのお楽しみ
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
山奥の神社には、ゆらゆらと狐火が灯る。
ふもとの里からは、人々の笑い声が、かすかに風に乗って届いてきた。
ここは、穏やかな日々が続く、静かな地だった――。
里から太鼓の音が聞こえる。
山の上から吹く風が、神社の鈴をかすかに揺らし、それに応えているようだ。
境内の掃除を終え、巫女の装束から動きやすい着物に着替えた私は、
いつものように弟を連れ、里へと向かう石段を下っていく。
天気は良く、蝶がひらひらと飛び交う道中。
茂みの中では、朝ご飯を探して狐たちが駆け回っている。
目が合った一匹の狐が、ぺこりと頭を下げてまた狩りへと戻っていった。
――穏やかな朝だ。悪いことなど起こりやしない、と山が言い聞かせるように。
……弟の狐流が、またお供え物をつまみ食いしなければ、の話だけれど。
九尾の山と妖炎山に挟まれたこの地は、
私たちに護られ、私たちの火を守る【篝守ノ里】。
「やあ、おはよう、狐末さん、狐流くん」
「おはようございます、里長」
最初に挨拶を交わすのは、山へとつながる道の前にある大きな家の老人。
この里でただひとり、私の正体を知る人物――篝守の長、惣一郎さんだ。
「最近、姿を見なかったな。忙しかったのかい?」
「いえ、弟があまりに悪さをするもんで。お仕置きと称して、二人してひきこもってただけですよ」
隣で、べぇっと舌を出す狐流に、
惣一郎さんがかっかっかっと笑う。私も、つられてふふっと吹き出した。
「今日は洗濯日和ですし、お手伝いも兼ねて降りてきました」
「そりゃあ助かる。川の流れも穏やかじゃが…気をつけてな」
惣一郎さんと別れ、私はお年寄りばかりの家々をまわる。
近況を聞いたり、音沙汰のない息子の愚痴を聞いたり。
特に変わったこともなく、里を軽く見まわし、私はほっと胸をなでおろした。
里の人々の頭上を、黄色と紅色の蝶々がふわりと舞う。
祓火羽と呼ばれるその蝶は、里の穢れを祓い、神域を守ると言い伝えられている。
この子らがいるということは、里に悪いことはなにもないのだ。
洗濯物を集めながら、若い女性たちや子どもたちと合流して、畑の様子を尋ねる。
「今年もうちの畑はいい感じですよぉ、巫女様」
「またお供えにいただきますね」
里の人々にとって私は、幼いながら神社を切り盛りする苦労人の巫女ということになっている。
皆が優しくしてくれるから、困ることなんてない。
……いや、弟の狐流だけは、ほんとに困るけれど。
他愛のない世間話を交わしながら、川辺に着く。
到着するやいなや、それぞれが手慣れた様子で動き出す。
大半は洗濯物を洗い、私は数人と一緒に干し縄を張った。
準備が終わって洗濯に加勢しようとしたとき――
「あんたたち!! あんまり流れの早いとこや深いとこに行くんじゃないよ!!」
「「「はぁーい!」」」
里で一番恰幅のいいカヨさんが声を上げ、
弟や子どもたちが素直に返事をして、楽しそうに水辺で遊び始めた。
「あんたの弟は、今日も元気だねぇ!」
豪快に笑うカヨさんに、私は困り顔を浮かべる。
「でも……九尾様への供物のつまみ食いを、何度言ってもやめません。
私たちの分だって、ちゃんともらっているのに……」
「子どもは腹が減るもんさ。ちょっとくらい食ったって、神様は怒らないよ」
周囲の皆も「そうそう」と頷く。
「うちのハナタレなんか、この前、牛用の芋蔓食ってて驚いたよ!」
その一言で、場に笑いが弾けた。