第八話 魯坊丸、井伊家の孤児を拾う
〔天文二十一年 (1552年)四月下旬〕
私は助けた娘が気になって、翌日も天白川の河川敷に出掛けた。
薬を渡して終わりという訳にいかない。
腹を減らせば餓死する事もあるので、米と味噌を持って行った。
さくらに嫌な顔をされたが、薬を渡した結果を知りたかった。
熱冷ましが効いたのか、娘は静かに寝息を立てていた。
娘の親は遠江の井伊領の農民だったが、戦で村を失い、三河の知り合いを頼った。その村も戦乱で居場所を失って、天白川の河川敷の河原者に助けられた。
それ以来、ここに住んでいるが、生活は楽ではない。
村に所属しないと、物の売り買いも儘ならない。
何故なら、後ろ盾のない者は人として扱って貰えないからだ。
河原者とは、どこに行く場がない者が集まり、死んだ牛や馬の皮を剥ぎ、皮の下地を作り、村の手伝いなどをして、その日の食い扶持を稼ぐ。
手伝いは、農作業もあれば、死体を運び、死体の穴を掘るなどの穢れた仕事を請け負う。
どんな仕事でも買い叩かれる。
貧しさから抜け出せない。
助けた娘に将来はなく、いずれは餓死して死に抜く運命が待っている。
あるいは、どこに売られるかだ。
この世は不条理だ。
三日後、周辺の国まで足を運んで調べてくれた楓と、伊勢で俺の役に立つ伊賀者を雇ってきた紅葉が城に戻ってきた。
さくら達もそれなりに戦えるが、甲賀や伊賀の忍びに比べると戦闘力が段違いで劣るらしい。父上は滝川や岩室という甲賀者を召し抱えていたが、私に甲賀者を雇う器量はない。甲賀者は主人に惚れて仕える。対して、伊賀者は銭で雇われる。
紅葉も毒に精通しているが、毒を使った暗殺者を防ぐ方法を知らない。
忍びの事は忍びが一番よく判っているらしい。
楓と紅葉の報告を聞いた後に、遠江の井伊家の話を確認した。
井伊家は遠江に古くから住む名家だ。
今川家の家督争いで今川義元と敵対し、後に義元に仕えた。
しかし、疑い深い義元は井伊家を疑い続け、疑いを晴らそうと先陣切って戦った。そして、多くの一族の者を失った。しかし、疑いは晴れず、今川家が決めた井伊家の家老が謀反を訴え、井伊家の一族の多くが始末された。義元によって滅びようとしていた。
井伊家は荒れ、潰れた村もいくつもあると確認が取れた。
翌日、私は再び天白川の河川敷に赴く。
楓と紅葉がさくらを責めていた。
「さくら。どうして若様が下賤の者の所に足繁く通っている」
「さくらちゃん。そんな報告は聞いていませんよ」
「これは不可抗力で」
「留守を任せた私が馬鹿だった」
「まったくです」
「そう言う楓と紅葉も止められなかったじゃありませんか」
私が河原者の元へ行くと言うと楓と紅葉が止めた。一度や二度ならば偶然と言い切れるが、三度目になると偶然で住まされない。しかし、「別に来なくともかまわぬ。私は大切な用事があるので行くぞ」と言い切った。
二人はしぶしぶ付いてきた。
藁葺き屋根だけの家に入ると、同い年の娘が礼を言ってきた。
「元気になれました。お粥も美味しかったです」
「中根家の若様、本当にありがとうございます。娘が助かりました」
「お世話になりました」
「うむ。それはよかった。だが、薬代は返して貰う」
「もちろんです。ですが、私らの収入ではお返しできるかどうか判りません」
「そうであろう。ここに居ては一生掛けても返し切れまい。城に来て、私に仕えろ。一生掛けて返すがよい」
私がそう言うと、『若様⁉』と楓と紅葉の声が重なって響いた。
反対するだろうと思っていた。
さくらは察していたのか、やっぱりという顔で目を逸らす。
「若様。河原者を召し抱えるなど冗談で済みません」
「以前、申し上げました。一人を助ければ、二人、三人と助けを求めてきます。すべてを助けるおつもりですか」
「そうです。若様を支える村上衆も若様の行動に疑いの目を持ちます。ご自重下さい」
反対されるのは承知の上だ。
何事も大義名分が必要であり、そこから一歩でも足を外せば、『たわけ』『うつけ』と蔑まれる。
私は娘の背中を押して、楓と紅葉の前に押し出した。
「何を勘違いしておる。河原者を助けるのではない。遠江は井伊家に連なる者をお助けするのだ。井伊家と言えば、藤原北家の後裔である。同じ藤原である織田家がお助けするのは当然であろう」
「若様……それは無茶ですよ」
「楓ちゃん、無茶じゃない。銭はかかるけど、没落している井伊家ならば、菩提寺も銭がなくて困っている。井伊家の嫡子なんて無茶を言わなければ、証文くらいは書いて貰える」
「その通りだ」
「井伊家の者を助けるならば、若様の名誉は守れます。ですが、その銭をどこから出すつもりですか。中根家から出すと言えば、皆に伝わって意味をなしません」
「もちろん、大宮司様だ」
私の策はこうだ。
今川-義元は疑い深い。一度でも敵になっていた者を信じない。
現に遠江の井伊家は存亡の危機に瀕している。
今川家に寝返っても、摺り潰されて、一族郎党を処分される。
今川家に寝返っても得な事は一つもない。
現に、中根家は井伊家に連なる遺児を助けた。
嘘と思うならば、調べてみよ。
この噂を尾張中の領主に熱田商人によって広める。
楓が“へぇ~”と、私が始めて考えた策に感心した。
「楓、山口-教継の書状を手に入れろ」
「そんな者をどうされるのですか?」
「養父の右筆に真似させて、機会を狙って今川の間者に拾わせる。巧くゆけば、義元が教継を処分して、噂の信憑性が高まる」
「確かに。教継が処分されれば、寝返る者が減りそうですね」
「こちらは機会が訪れるか判らん。巧くゆけばという程度の策だが、大宮司様から銭を出させるには十分な理由になろう」
「なります。其れ処か、大宮司様は若様が策を考えた事をお喜びになるでしょう。『尾張の虎』の子も『虎』だったと」
私は娘の方に向き直し、改めて仕える気があるかと問うた。
この生活から抜け出せる機会だ。否とは言わない。
城に連れ帰り、体を洗って服を支給する。
しばらくは名を伏せ、それでも聞かれた相手には「井伊家に連なる者です」と答えさせる。
忠良養父と母上には真実を伝え、忠貞義兄上、城代と家老のみに井伊家の遺児と伝えておく。しかし、人の口に戸は立てられない。
噂は中根村、長根村、丸根と広がり、八事、井戸田に広がり出すと、商人から一気に尾張中に広まった。
その頃、井伊家の菩提寺である龍潭寺の和尚から井伊氏庶流中野家の中野-直村の娘という証文を貰ってきた。
私は人払いして、娘とその両親を呼んだ。
「駒、今日より姓を中野と名乗るがよい」
「はい、魯坊丸様」
「銀八。其方は井伊氏庶流中野家の中野-直村様からお手付きの村娘であった八重と駒を預かった。八重とは夫婦であるが、駒は直村様からの預かり物だ。以後、忘れるな」
「畏まりましただ」
「八重、これを預ける。龍潭寺の和尚が書いた書状と脇差だ。和尚が駒を直村様の子と認めておる。また脇差は借り物であり、中野家が寺に奉納した物だそうだ。駒を問い詰める者が現れ、どうしても証明する場合のみ、それを見せよ。だが、みだりに見せる事はならん」
「はい、判りました」
「私が考えた大嘘だ。なるべく、和尚に迷惑は掛けたくない」
脇差には井伊家の『橘紋』が描かれ、微妙な違いから井伊家の者が見れば、中野家と判るらしい。直村はすでに亡くなっており、詳細を知る者はいない。
村娘に手を出して孕ませたなんて、よくある話らしい。
井伊家の当主直盛は息子を寺に入れて、今川家の難を逃れているくらいに井伊家は苦しい。
村娘が生んだ子にかまっていられないという話に信憑性が生まれている。
金八と八重は下働き、駒は私に侍女見習いとなった。