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第四話 信長、万松寺でお香を投げる

〔天文二十一年 (1552年)四月初め〕

 織田弾正忠家の家督争いは収まらず、信長兄上と信勝兄上が争った儘で萬松寺(ばんしょうじ)の葬儀となった。萬松寺は父上が織田弾正忠家の菩提寺として創建した禅寺だ。

 住職は父上の叔父、私にとって大叔父大雲(だいうん)永瑞(えいずい)和尚様である。曹洞宗(そうとうしゅう)雲興寺(うんこうじ)祥巌(しょうがん)-秀麟(しゅうりん)を継ぎ、第八世となった和尚様を誘致した。

 父上は生前に葬儀の準備をしていたので、滞りなく行われた。

 但し、信長兄上と信勝兄上の両喪主となった事に両陣営から不満の声があがった。

 織田-信秀の息子と言っても元服もしていない子供が呼ばれる事もなく、忠良養父から様子を聞いた。


「萬松寺は那古野の南にある織田家の菩提寺だ。末森方は萬松寺で執り行う事も反対しておった」

「そうなのですか」

「信勝様が葬儀を執り行う事が肝要である。私は萬松寺で問題ないと言われたので、末森方が折れた。当然、二人が喪主となった事に那古野方が反発した」

「よくまとまりましたね」

「織田一門衆が決めた事に否と言える者はおらん」

 

 無言の抗議か、信長兄上は焼香がはじまるまで入場されず、焼香をぐわっと掴むと棺桶に向かって投げつけた。和尚様が焚く祈祷火に投げたのかも知れないが、焼香を鷲掴みする者は珍しい。


「養父殿はどう思われましたか」

「禅宗には祈祷火に松明を投げ入れ、『(かつ)』と唱えて未練を断つ儀式があった。今は焼香に変わったが、信長様は昔のやり方に倣ったのかも知れん」

「昔の作法ですか」

「遅れてきて、焼香のみ済ませると出ていかれた。家臣団が品定めをする中で行儀よくするのも心地よいものではない。家臣団への無言の抗議だったやもしれん」

「家臣団と仲が悪くてよろしいのでしょうか?」

「家臣団と言っても、那古野、津島、熱田を除く。どうとでもなろう。否、那古野の家臣からすれば、弟の信勝様が喪主の席にいる事が不満であろう。仲良く信長様と座る方が不愉快だろう。そう考えれば、一度も席に座らず、去っていった信長様の見事な判断だろう」

 

 忠良養父は熱田衆として信長兄上の行為を褒めた。

 信長兄上が仲良く信勝兄上と一緒に座れば、信長兄上が那古野家臣団の不評を買う。

 信勝兄上を喪主として認めないという無言の圧力で溜飲を下げた。

 だが、信長兄上の行為は『大うつけ者』を体現した行為であり、忠良養父の評価が低かった。しかし、考え直せば信長兄上を再評価した。

 おそらく、信長兄上の行為は那古野家臣団以外には『大うつけ者』と見えただろう。

 私は信長兄上のやり方が乱暴に思えた。

 

 忠良養父との話を聞き終え、夕食を取り、風呂 (サウナ)に入った。

 月明かりもなく、蝋燭の灯りを頼りに部屋に戻った。

 侍女が蝋燭から油皿に火を移すと、蝋燭の火を消した。

 ゆらゆらと揺らめく灯りが泳ぎ、部屋の角にさくら、楓、紅葉が控えていた。

 私は寺を見張っていたさくらに聞いた。


「寺を飛び出した信長様は、馬に乗ると南へ駆けました。そして、土岐川 (庄内川)で馬を降りると、川へ飛び込みました」

「四月 (現在の五月)と言っても、まだ水が冷たいであろう」

「泳げない事もございませんが冷とうございます。信長様は一度潜ってから立ち上がり、空を仰ぎ見て、“親父殿の馬鹿野郎。儂、一人に押し付けて、先に行ってしますと、親父殿こそ『大うつけ者』だ。文句があるなら帰って来い”と叫びました」

 

 信長兄上はやはり『大うつけ者』を演じていた。

 大宮司の千秋-季忠様が信長兄上を聡明と言っていたのでそんな気がしていたが、おそらく演じていたのだろう。

 父上が病で倒れ、信長兄上が『大うつけ者』を演じて、獅子身中の虫を炙り出す。

 溢れた出た虫を回復した父上が一刀両断で滅ぼし、尾張を固め直して、今川に備える。

 父上が亡くなるのは想定外だろう。

信長兄上が獅子身中の虫を退治しようとしても一刀両断とはいかない。

今川方も邪魔に入る。

もしかして、父上は今川の手の者に毒殺されたのかもしれない。


「信長兄上が『大うつけ者』でないと知れて、少しだけ希望が持てた」

「若様、それはどうでしょうか?」

「楓、何か異論があるのか」

「異論ではなく、違和感です。信長様は道中で干されてあった麻着を見て、着ていた絹の直垂(ひさたれ)と交換されました。以後、麻着が丈夫だからと、麻の直垂を作らせました」

「そうなのか」

「私が思うに、信長様は直感でそれが良いと感じたのだと思います」

「それはどういう意味だ」

「さくらの直感と一緒です。さくらが選んだ道には、必ず厄介事が待っており、さくらは暴れられて喜びますが、私らは迷惑です」

「あぁ、そんな気がするな」

「ですから、最近はさくらが選んだ道を外しているので、何事もなく無事に済んでいます」

 

 そう言われて、私も納得してしまう。

 さくらは最短を選ぶ癖があるが気まぐれに曲がると野盗に出くわすとか、厄介事を引き当てる。さくらが「そんな事はありませんよ」と苦情を言うが、紅葉が「さくらちゃんは直進が好きですからね」と冗談めかした。つまり、信長兄上もさくらと一緒であり、深く考えて行動していないと言いたいのだろう。


「楓、深く考えると、どういう事になるのだ」

「詳しい説明は紅葉にお願いします」

「えっ、私ですか」

「紅葉が教えてくれたんでしょう。同じ説明を若様にすればいい」

「あわわわ、私は知りません。そんな説明なんて」

「那古野の侍が麻の直垂を着ると、熱田商人が儲かり、那古野周辺の村も助かるって話だよ」

「あの話ですか」

 

 紅葉は思い出して、その話を私に聞かせてくれた。

 信長兄上が丈夫な麻着を奨励すると、那古野衆が熱田で麻着を買い出した。絹より安い麻は買い易い商品であった。麻着が売れると、麻糸が必要となる。

 那古野城の北側と西側は低地であり、土岐川が分流して浅瀬が多い。

 大雨が降ると駄目になる稲を植えるに向かない。しかし、麻は根が浅く、岩がごろごろしている所でも育つ。

 那古野周辺の村が麻を育て、麻糸を熱田商人に売る。

 熱田商人が潤い、那古野周辺の村も潤った。


「そういう訳で、那古野周辺の村が潤っているのです」

「紅葉の話はわかった。つまり、信長兄上は那古野周辺で麻がよく育つとか考えて、麻着を奨励した訳ではなく、直感で麻着を奨めれば、那古野がよくなると思ったと言いたいのだな」

「そんな感じです。麻着の着心地が良かったから麻着を奨励した。鍛冶師を視察に行くと、鍛冶師が小まめに水を飲んでいた。暑い日に小まめに水を飲むと調子を悪くする者がいなかったから、いつも腰に水瓢箪を用意するようになった」

「そうなのか?」

「そうです。信長様は良いと思ったものを自分で試すお方です。熱田商人が歩きながら握り飯を食べると聞くと、馬に乗ったままで握り飯を食べるようになった」

「その意味は?」

「食事で休憩を取らない方が目的地に早く着けます」

「商人がそう言っていたのか」

「はい。つまり、信長様はいろいろ真似て、よかったものを取り入れているのです。麻着を奨励すると、村の生活が楽になるまで考えていなかったと思います」

 

 初めて知った。

 私は信長兄上が『うつけ』と呼ばれる奇行の正体を知った。

 大宮司様が聡明という訳だ。

 おぉ、信長兄上が偉く見えてきた。


「楓、信長兄上なら織田弾正忠家をまとめる事ができる気がしてきた」

「そうですね。信長様は馬鹿ではないので、まとめる事はできるかもしれません。しかし……」

「なんだ、その歯切れの悪さは」

「だって、昨年も援軍に行って負けてきた信長様ですよ。戦下手だから家臣団の支持なく、今川勢に勝てる気がしません。それに家臣団をまとめる時間を今川-義元公が与えてくれる気がしないよな」

「それを言うな」

 

 楓のいう通りだ。

 今川勢を考えれば、家臣団を今すぐにでも味方に付けないといけない。しかし、那古野の家臣を思って、葬儀で家臣団の不評を買う行為をした。

 これは正解じゃない。

那古野の家臣を説得し、信勝兄上と手を握って家臣団を味方に付ける必要があった。

信長兄上は不器用な方に見える。

 もっと器用に立ち回らないと、今川-義元の今川勢と太刀向けない。

 信長兄上はこれからどうする気だ。


今日は織田信長の奇行を魯坊丸サイドから見てみました。

信長は頭がよく気も優しいのですが、口下手で不器用な人間だったと思われます。

戦国の世、たくさんの人に裏切られ、後に猜疑心が強くなった気もしますね。


おそらく、魯坊丸の心配を察した平手政秀が両喪主で納得し、那古野の家老や重臣の説得も終えていたのですが、信長がそれを大無しにしたという設定です。

しかし、平手政秀の思惑まで魯坊丸が知る術がありませんでした。

この部分は後回しですね。


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