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第三話 魯坊丸、信長を支持する

〔天文二十一年 (1552年)三月七日〕

 忠良養父が末森城より戻ってきたのは三日後の夜遅くだった。

翌朝、末森の話を聞かせてくれた。

四日前、末森に入った忠良養父は待機部屋に押し込められ、ほぼ丸一日を過ごした。大殿が亡くなったという噂を聞きつけた家臣が集まった。末森の大手門から入った最初の四郭の屋敷は家臣で溢れた。

忠良養父が一郭にある本丸に入れたのは、翌日の夕方だった。 

 大広間では、那古野の家老と末森の家老が対立しており、織田一門衆と各城の家老以外は控えさせられた。そして、織田一門衆筆頭で末森家老の信光叔父上と一門衆の年長者である秀敏(ひでとし)大叔父上が入ってくると、父上が亡くなった事を告げた。

 忠良養父が願っていた一縷(いちる)の願いが断たれた。


「大殿を見送ったのは御台所様と林-秀貞様だったそうです。その後、信光様、秀敏様、信長様が駆け付けました。大手門を見張っていた家臣がそう申しております」

「信勝兄上はどうされていたのですか?」

「私は聞いておりません。大殿の居られる奥屋敷は立ち入り制限されておりました。本丸にいらしゃった信勝様がどうされていたのかを知る術がございません。ただ、見送られたのは二方のみと信光様が申されております」

 

 実際、父上に仕えている側近や小姓などもいたのは判っている。

 その一人がこっそり熱田神宮に知らせてくれたので、忠良養父は信勝兄上との謁見、父上の見舞いと称して、誰よりも早く末森城へ登城できた。

 守山の信光叔父上、那古野の信長兄上より早かったのだから、信勝兄上は父上の死をしばらく秘匿したかったのだろう。そして、父上に会った信長兄上は家老の平手(ひらて)-政秀(まさひで)を残して那古野に帰った。

 その帰り道で寺を放火し、父上の死を秘匿できなくなった。

 翌朝から多くの家臣が末森に駆け付け、収拾がつかなくなり、信勝兄上との謁見が中止となり、そのまま二日目も四郭の屋敷に閉じ込められた。

 あれぇ?


「養父殿。信勝兄上は父上の死を秘匿した儘で織田家の舵取りをするつもりだったのでしょうか」

「それは判らん。信勝様や信光様が決める事だ。だが、家督が定まらぬのでは揉めるであろうな」

「信光叔父上、秀敏大叔父上が名代となり、父上の身代わりを務めるならば揉めませんが、信勝兄上が父上の名代となれば信長兄上が反対します。しかし、信長兄上が父上の名代を務められるとは思えません」

「確かに、信長様は少々変わっておられるからな」

 

 忠良養父は信長兄上を『大うつけ者』とは言わなかった。しかし、『変わり者』と称した。

 信長兄上が織田家の舵取りを始めれば、すぐに家臣団が気付く。

 無難なのは、やはり信勝兄上なのだろう。

 だがしかし、翌朝には家臣らに父上の死が知れ渡ってしまった。

 私は部屋に戻ると、さくらに聞いた。


「さくら、信長兄上はワザと寺を放火したと思うか?」

「そんなのは知りません。神宮から一報が入り、すぐに確認に赴き、事実だったから若様に知らせただけです」

「若様。さくらのおつむに聞いても無駄だよ」

「楓ちゃん、言い過ぎ」

「紅葉もそう思っているくせに」

「さくらちゃんは余計な事は考えないだけ」

 

 楓と紅葉がさくらのおつむを当てするなと酷い事を平気でいう。

 自分で考えるしかない。

 大宮司の千秋季忠様は信長兄上が聡明と言っていた。

 父上が亡くなって、『回復祈願』の祈祷に失敗した寺を燃やすのは『大うつけ者』の所業だ。

 信長兄上の暴挙に驚くが納得もする。そして、批難しても責めないだろう。

 信長兄上なら仕方ないと諦める。

 でも、これが父上の死を隠蔽する否定だとすれば、巧妙なやり方だ。

 信長兄上は秘密を誰に漏らす事なく、僧らを怒鳴り付ける事で父上の死を知らせた。

 その派手な行為は一夜で尾張中に知れ、隠蔽の意味を失わされた。

 私は溜息を吐いた。


「これが信長兄上の策なら、過激過ぎて付いてゆけない」

「おぉ、信長様をやりますか。このさくらが若様の希望を叶えましょう」

「さくら、私らでは無理だからな」

「さくらちゃん、若様に迷惑が掛かるから止めようね」

「別に信長兄上を殺せとか命じていないからな」

「そうでしたか。では、控えます」

 

 父上の死の隠蔽を否定したと仮定すると、信長兄上は聡明だ。

だが、信長兄上の『大うつけ者』ぶりが酷すぎる。

これでは織田弾正忠家の家臣団が信長兄上に従わず、信長兄上では家中が揉めて火種しか残らない。

 ひとまず、信勝兄上でまとまる方が無難な気がする。

 私はさくらを見てから、視線を紅葉にズラした。

 さくらは深く物事を考えないらしい。楓はどこかいい加減だ。真面目な紅葉に聞く。


「紅葉、私が信勝兄上を支持すると言って、この中根家はまとまると思うか」

「中根家は問題ありません。大殿が亡くなられ、忠良様は若様の意見を否定されないでしょう。しかし、井戸田の大喜家は説得するだけの理由が必要です」

「祖父に説得を任せるのはどうか」

「大喜家の長老である五郎丸様を説き伏せないと無理です。その為に、信勝様か、信光様が若様の後見人を引き受ける程度の保証がないと無理だと思います。お忘れかも知れませんが、大宮司様は信長様を支持されています」

「あぁ、そうだった」

「大宮司様を敵に回ります。私らの実家も敵に回ります。私は若様の家臣ですから、最後まで付き従いますが、若様を支持する村上衆も敵になるとお思い下さい」

「この不肖、さくら。若様を必ずお守りします」

「気持ちだけ、貰っておく。楓は違うのか」

「う~~~~~~ん、どうしようか。若様を見捨てたら生き残っても処分されるだけだからね」

 

 三人だけは味方に残ってくれるらしい。

 つまり、私に選択権はなかった。

 私は忠良養父に城の城代や家老や重臣を集め、皆で一緒に夕食を取ろうと提案した。

 私がさくら達を相談している内に忠良養父は家臣を集めて、父上が亡くなった事を皆に告げていた。

夕刻になり、私が食事の席に付くと家臣が私を励ましてくれた。

 食事がはじまると、私は何気ないそぶりで忠良養父に提案した。

 内容はほとんど紅葉が考えてくれた。


「養父殿。明日中でも神宮から熱田衆を集める招集がかかると思います」

「末森が再び集める前に神宮から呼び出しがくるか」

「おそらく、そうなると思います」

「大宮司様はどうなされるか?」

「大宮司様は信長兄上を支持されると思います」

「どうして、そう思われます」

「信長兄上は何度も熱田や津島に足を運び、大宮司様の意見や商人の話を聞いております。また、それに沿って(まつりごと)を変更されております。対して、信勝兄上は正月に参拝したのみです。比べるまでもありません」

「なるほど」

「ですから、熱田の集会では、中根家は信長兄上を支持する旨を大宮司様より先に申し出て頂きたい。私がそう言っていたと言っても構いません。皆の者、私に意見する者はおるか」

 

 私は城代、家老、重臣の顔を見回した。

 皆が賛成してくれた。

 これで中根家の方針が決まった。

 食事が終わり、酒を肴に談笑している所に熱田から使者が届き、皆が私を褒めてくれた。

 部屋に戻る廊下で、母上が私を褒めてくれた。


「魯坊丸、よくやりました。これで皆が貴方を中根南城の主と認めてくれたでしょう」


 私はにっこりと母上の言葉を喜ぶ振りをした。

 私の脳裡に紅葉の言葉が蘇る。

 紅葉は母上のように楽観視しておらず、俺が危険な立ち位置にいる事を教えてくれた。


「元服もまだな若様は皆の前に立たなければ、すぐに見捨てられます。戦国の世に親も子もありません。兄弟で殺し合います。また、一族だからと信用してはなりません。若様は一歩前を歩き、常に正解を引き続けなければ、いつ殺されてもおかしくないのです」

「それは信長兄上が私を殺すのですか」

「信長様だけはありません。信勝様、大宮司様も例外でありません。村上衆も生き残る為なら若様を見捨てます。忠良様は忠義の厚い方ですから簡単に裏切らないでしょう。ですが、中根家の命運が掛かれば、若様を差し出すとお思い下さい」

「私はいつ殺されてもおかしくないのですね」

「大殿の命で熱田を束ねる象徴として若様は遣わされました。熱田を手に入れた者にとって邪魔でしかありません」


 大宮司様が信長兄上を支持する。

 私は大宮司様の保護を得る為に賛同し、信長兄上が織田弾正忠家の家督を掴む事を祈る。

信長兄上が家督を掴めば、これまで通りだ。

でも、『大うつけ者』の信長兄上が勝てるのか?

私は不安で胸が一杯になった。


昨日も書きましたが、信長が寺を放火した話に確証はありません。

作品では、信秀の死を隠そうする姑息な策を、信長が真正面から否定する為の策だったとしました。

信長は賢いですが、ヤル事が派手あり、たがが外れた事をしそうと思いませんか?

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