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第三十五話 魯坊丸、茶友が増える。

〔天文二十三年 (1554年)十一月十七日~二十日〕

 天文二十三年 (1554年)十月に清須城への引っ越しを終えると、斯波(しば)-義親(よしちか)義銀(よしかね))様を移って頂き、先代義統(よしむね)様の法要を執り行いました。皆への顔見せであり、その後見人である信長兄上のお披露目です。幕府へ多額の献金をして義親様の正式な守護就任の返事を待っていましたが、待ち切れずに執り行いました。

 半ば、仕方ない処置です。

昨年(天文22年、1553)公方足利(あしかが)-義藤(よしふじ)様は昨年の戦で三好(みよし)-長慶(ながよし)殿に負けて朽木に逃亡中です。しかも長慶殿は公方様と一緒に逃げた奉公衆の所領を召し上げ、京に帰参しないと破却すると宣言しました。業務を執り行う奉公衆の多くが京に帰参した為に業務が停滞しているそうです。

 朽木では奉公衆が居らず業務が滞り、京は公方様がいないので業務が執行できません。

 公方様と長慶殿の意地の張り合いが続いています。

 因みに、公方様は義藤から義輝(よしてる)に改名しました。

 私は熱田神宮の蔵書倉の整理を終えると、神宮の南にある千秋邸でお茶をするのが最近の日課となっています。

 ズズズゥと茶を一気に啜って飲んだ(はやし)-秀貞(ひでさだ)殿が乱暴に茶碗を置きます。


「まったく、信長様は強引過ぎる。そう思われませんか、魯坊丸様」

「今度は何があったのでしょうか」

「先日のお披露目で義親様を勝手に守護と名乗り上げましたが、昨日の評定で信長様は“上総守(かづさのかみ)”を名乗ると申されたのです」

「なるほど、そうきましたか」


 信長兄上は父上が持っていた“三河守”を朝廷に上申しています。しかし、“三河守”は今川-義元殿も欲しています。“三河守”が駄目ならば、他の官位でもよいとお願いしていますが、中々に良い返事が貰えません。

 何と言っても朝廷の最高位の関白近衛(このえ)-晴嗣(はるつぐ)(後の前久(さきひさ))様も朽木に逃亡中であり、幕府と同様に朝廷も混乱しているからです。

 痺れを切らした信長兄上が自称で名乗り上げました。

 横で聞いていた大宮司の千秋季忠様が目を丸くして慌てていいます。

「私は祭事があったので欠席しておりましたが、そのような事がございましたのか」

「左様、あったのだ」

「それは拙うございます。“上総守”は親王様以外に名乗った者がございません。朝廷への反意ありと受け取られます。すぐに訂正せねば、大変な事になりますぞ」

「誠ですか⁉」

「嘘を言ってどうします。事前に相談して頂ければ、お教えできましたのに」

「相談もせずに決めてゆくから皆が怒り出すのです。口酸っぱく言っておりますが、治りません。魯坊丸様、何とかなりませんか?」

「私に言われても困ります」

 

 無理と言えば、屋敷の件もあります。

 信長兄上はすべての家臣に清須周辺に小さな土地を与え、そこに屋敷を建てて住むように命じました。鎌倉から武士は頂いた土地を守るのが本分とされています。その土地を離れて、清須に住めという命令は不評だったのです。

 清須の再建が先にあり、しかも家老などの上役から屋敷を建ててゆきますので、養父の中根(なかね)-忠良(ただよし)の屋敷は再来年以降などでほっとしていました。

 私も清須に引っ越すのでしょうか?

 清須から熱田神宮に通うのは、遠くなるので面倒でしかありません。


「信長様も朝廷と敵対する気はありますまい。すぐに直訴(じきそ)しておきましょう」

「よろしくお願いいたします」

「相談してくれれば、こんな事にならぬのですが、小言を聞きたくないのか、某を避けてしますのです。ここは魯坊丸様に相談役になって頂いて、信長様を見張って頂くしか……」

「無理です。無茶は言わないで下さい」

「そうでございますか」

「山崎砦の件を報告に行った時も、玉虫色の決着に文句を言われました。私の話など聞いてくれません」

「その割に魯坊丸様の頼みを聞いて、三河へ手紙を書いておりますな」

「加藤-図書助殿の交渉を見て気付いたのです」

 

 山崎砦の件は信長兄上に文句を言われました。しかし、清須の整備を優先したいので渋々に認めてくれました。加藤-図書助殿の交渉術から対今川の策が浮かんだのです。


「山崎砦の交渉を信長兄上に説明しました。さらに今川-義元殿は井伊家の仕打ちを見ても判るように非常に疑い深い性格です。しかも守護使不入(しゅごしふにゅう)を廃し、神社・寺・幕府御家人の権利を奪っております。さらに駿河に家臣を住まわせている為に領地が手薄になっております」

「そうなのでございますか?」

「駿河、東遠江の領主は駿河に住んでいるそうです。奥方やご子息を人質に取る事で謀反を防ごうという意図があるようです。しかし、土地を守るのが武士の本分ですので、土地を捨てて駿河に住めと言えば反発が起ります。あとは信長兄上が仲良くしましょうという手紙を送れば、疑い深い義元殿が手紙の内容を疑います」

 

 信長兄上は今川家と戦をしなくなりません。できれば、仲良くしましょう。

 そんな内容の手紙を何度も送る。

 義元殿は手紙の内容を疑い、疑われた者は今川家の忠義を示す為に取り締まりをキツくする。取り締まりがキツくなれば、ボヤが燻っている所に火を投げ込む事になります。織田家が後ろ盾になるので謀反を起こして下さいと言っても動かなかった三河武士らが自ら叛旗を翻してくれる訳です。

 駿河・遠江・三河で内乱が起れば、尾張を統治する時間が稼げますというと、信長兄上も納得してくれたのです。


「なるほど。それは巧妙な罠ですな」

「成功するかは知りません。義元殿の隣に太原雪斎殿がおります。私の策などお見通しでしょう。しかし、私の狙いは義元殿でも、雪斎殿でもありません。それそれの領主や城番を任されている方々です。義元殿が疑っていると噂を流すだけで、方々が勝手に動き、その反発で叛旗を翻してくると確信しております」

「あははは、見事な謀略ですな。よく信長様が賛同してくれましたな」

「雪斎殿が横にいる話と、噂を流す話はしておりません」

「なるほど、信長様は義元を恐れて、各武将が動くと勝手読みされたのですな」

 

 林-秀貞殿がそう言って笑った。しかし、大宮司様がとある事に気付いた。


「魯坊丸様。今川では家臣を駿河に集めているのですな」

「はい、そうです」

「家臣の奥方とご子息を人質として確保し、謀反を防いでいる」

「そのようです」

「信長様が清須に家臣を集めようとされているのは、義元殿の真似をされたのではありませんか」

 

 あぁ、しまった。

 今川の謀反の芽を説明したつもりが、今川の政策を信長兄上に教えてしまった。

 信長兄上は不満を持つ家臣団を手懐ける為に、城下に住ませて人質を取るつもりです。

 秀貞殿と大宮司様が難しい顔で語ります。


「なるほど、家臣団を抑える為に清須に住まわせる」

「悪い政策ではありません。そう思われませんか、秀貞殿」

「判っております。しかし、今川で反発が起っているように織田家でも反発がおきますぞ」

「そうでございますな」

「今川もその隙を逃す事はないでしょう。魯坊丸様の策が跳ね返ってきます」

「秀貞殿。信長様は義元殿のように疑い深くございませんぞ」

「信長様はそうですが、義親の取り巻き、信勝様の側近が騒ぐと言っておるのです」

「確かに、そうなりますな」

「魯坊丸様、何か良い策はございますか?」

「魯坊丸様?」

 

 秀貞殿と大宮司様が私に問い掛けた。

 義元殿は自身が守護なので不満はすべて義元殿に跳ね返ってきます。しかし、信長兄上は守護代の名代に過ぎません。元清須家臣の不満は仮守護の義親様に跳ね返ります。不満を解消しないと、義親様は信長兄上を見限ります。

 また、織田弾正忠家の家臣団は信長兄上に対抗する為に信勝兄上を擁立するでしょう。

 今川を貶めようと考えた策が、織田に撥ね返ってきます。

 私の所為ですか?

 私の名前を連呼されても、今後の解消策なんて浮かびませんよ。


 猶、清須に帰って秀貞殿が“上総守”は拙いと訴えたので、二十日に“上総介”の言い間違いであったと通達が出回った。

 信長兄上も朝廷と争う気がないようで安心しました。

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