第三十三話 木下藤吉郎、信長に仕える。
〔天文二十三年 (1554年)七月〕
おらのおかぁは尾張中々村の出身でとっちゃが亡くなると中々村に戻った。そこで名主の息子の生まれだども名主の息子の竹阿弥と再婚した。姉の朝日、弟の小一郎と三人の子供を持つおかぁが食ってゆくのに仕方なかった。竹阿弥はおらを寺に入。寺のお経を読むのが性に合わず、読み書きを覚えた頃に寺を抜け出した。竹阿弥は家に戻ってきたおらを毛嫌らった。
竹阿弥は織田殿様 (織田-信秀)に仕えた同朋衆と呼ばれる雑務や芸を披露して楽しませる役目を担っていたらしい。腰をわずらって村に帰ってきた。おかぁを働かせ、日がな一日酒を飲むだけの生活をしていた。
おらは戦場で刀や鎧を捜し、それを針に作り直して貰って針売りで銭を家に入れていた。おかぁに乱暴を振るう竹阿弥と喧嘩となり、家を飛び出した。
おらの幼名は“捨”だ。
一度捨てられた子は丈夫に育つと言われており、決して悪い意味ではなかった。寺に入った時に“国吉”を頂き、寺を出ると“日吉丸”をかってに名乗った。家を飛び出した日を境に丸を取って“日吉”と改めた。
針売りで知り合った商人から東海で行商をしてみないかと誘われ、おらは今川領で行商をすると、そこで知り合った松下-之綱様に気に入られて召し抱えられた。
松下家は天竜川を暴れる元川賊であり、之綱様は飯尾家の寄子として今川家に仕える頭陀寺城主の息子だった。はっきり言えば、家臣は川賊の子分であり、頭の悪い奴がいっぱいだ。城を奪って城主となったが、城の家計を回る者が足りない。読み書き算盤ができるおらは役に立った。
天文二十二年 (1553年)二月に今川義元公が『仮名目録追加二十一条』を出し、領地を持たない余所者の家臣を持てないとした。おらは之綱様のお気に入りであったが、戦働きをした訳ではないので、褒美に土地を貰えなかった。しかも頭の悪い子分らはおらを妬んでいたので引き留める事もできず、俺は放逐された。
尾張に帰ると、世話好きの蜂須賀-小六(正勝)を頼った。針を売って小銭を稼ぐと、その銭を狙った小悪党に襲われた所を助けてもらった。小六様は男気のあるお方だ。針の売り先を紹介して貰った。
松下家を放逐されたおらは小六様を頼った。
小六様も川並衆と呼ばれる川賊を率いていた。おらにも何かできると思ったが、蜂須賀家は古参の家臣も多く、読み書き算盤ができる程度では役に立たない。細腕のおらでは槍を持って戦うのも無理だった。
そこで小六様は織田家の知恵者である織田-魯坊丸様におらを預けた。
「名を木下-藤吉郎と申すのか」
「へい」
「良い名だ。遠江の話を聞かせて欲しい」
「判っただ」
おらは覚えている事をすべて話し、魯坊丸様の侍女がそれを書き留めていた。
話を聞き終えると、「何故、織田家に仕官せずに、松下家へ仕官したのか?」と聞かれた。おらの養父は竹阿弥となっている。おらは槍働きができる訳ではないので、名主様の推挙なしで織田家に仕官が難しかった。余所者を気に掛けずに召し抱えてくれる之綱様に知り合えた事が希なのだ。
「なるほど、推挙があれば、織田家に仕官しても良いのですね」
「魯坊丸様はおらを召し抱える気はないだか?」
「いいえ、すでに私の家臣です。私の家臣では不満ですか」
「そんな事はないだ」
「しかし、城で藤吉郎の仕事を探すと雑用しかありません。それでは藤吉郎の才能を腐らせてしまいます」
「おらの才能……何だや?」
「今川家の家臣、松下家に仕えていた実績です」
幼く綺麗な顔をしている魯坊丸様の目が怪しく光った。
何を言われたのか判らない。
ただ、その目に引き込まれたおれは背筋から冷や汗が止まらない。魑魅魍魎、人ならざる者に触れたような寒さを感じた。
おらは熱田馬借の『橘屋』に預けられた。
魯坊丸様の祖父が商っている店らしい。そこで山積みにされた今川家の資料をすべて覚えろと無茶を言いつかった。おらが知っている事より、魯坊丸様の方が今川家の事を熟知されているのに驚いた。
おらが知っているお武家様の城や特産物や人間関係まで調べ尽くされていた。
「仁平太様。魯坊丸様はどこでこのような情報をお知りになっただ」
「それを其方が知る必要はない。覚える事はここに書かれている事のみだ」
「しかし、これをすべて……覚えるだか」
「死にたいのか。魯坊丸様が覚えろとおっしゃった。覚えぬならば、お前に価値はない。知り過ぎたお前を儂が排除するだけだ」
「排除するって、俺は魯坊丸様にお仕えしたいだけだや」
「ならば、死ぬ気で覚えろ」
「覚えたら、おらはどうなるだ」
「清須の信長様にお仕えできるように手配しておる」
「信長様だか」
「一先ず、信長様の馬の世話役に推挙された。時間がない。さっさと覚えよ」
おらは魯坊丸様の間者として信長様を見張るように言い付けられ、すでに中々村の領主様から推挙状と生野家と推薦状が揃えられていた。
中々村の領主様の父君が魯坊丸様の大叔父織田-秀敏様らしい。名主を飛ばし、ご領主様の推挙があれば身元も安心だ。生野家とは針売りで取引をしており、織田家に仕えたいというおらの為に推薦状を書いてくれた事になっている。
生野家は信長様のお気に入りの女子がいた家らしく、ご当主様は信長様とも面識があるらしい。
そんな人間関係もすべて頭に叩き込めと仁平太様が脅す。
仁平太様は魯坊丸様に仕えている伊賀者の棟梁であり、魯坊丸様を気に入っているようであった。資料を覚えると同時に、情報を集める“いろは”(基礎)を学ばされた。
信長様は那古野から清須へ引っ越して大忙しらしい。
魯坊丸様に預けられてから四ヵ月後、おらは清須城の表屋敷の横の小屋に続く行列にならんだ。信長様に仕えた者の行列だ。
腕に自信がある者、他家で感状を貰った者は具足を身に纏うか、正装の直垂姿だった。
おらは行商の格好で並んだ。
屋敷の扉をくぐると、査定官の声が「よし。次⁉」と響いた。
有能な者は奥に招かれ、怪しい者はすぐにお帰り頂く、次々と肩を落とした者が横を通り過ぎた。
行商人の格好をしている者が次々と弾かれている。
おらの番になり、前に立つと査定官が嫌そうな顔を向けた。
やっぱり、おれも駄目だか。
「これを」
「推薦状と推挙状か」
「お願いしますだ」
「たく、下らん連中が多すぎる。時間の無駄だ」
そう言いながら、包みを取り手紙に目を通すと、査定官の手が震えていた
同僚が声を掛けた。
「どうした?」
「これを……」
「玄蕃允様の推挙状だと⁉」
「織田一門衆の長様だ」
「ちょっと世話になった。馬番でよいので召し抱えてやってくれと書かれているぞ」
「身元は大丈夫だ。というか、玄蕃允のご領内の者だ」
「こっちは生野家の当主の推薦状か」
「この者は何者だ?」
「とにかく、召し抱えるしかない。ここで帰せば、我らの首が飛ぶぞ」
査定官が手の平を返して猫撫で声で採用を認めてくれた。
推挙状に書かれていた通り、馬番を命じられた。
馬の世話をやり、信長様が朝駆けのときに馬小屋から出して、信長様の元に届ける。
それがおらの仕事となった。
馬の餌を持ってきた者から指示書を受け取り、仁平太様の命令通りに動く。
おらは魯坊丸様の家来なのか、それとも信長様の家来なのか。
足りない頭で考えても答えは出なかった。




