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第二十八話 佐久間信盛、魯坊丸の傘下に入る。

〔天文二十三年 (1554年)六月〕

 清須城が陥落して早一ヶ月が経過しました。

 私の生活は中根南城で武家の鍛錬と作法の習得に勤しみ、熱田神宮では神官の仕事が少しずつ増えてゆきます。蔵書蔵の管理だけは誰にも渡しません。やはりいろいろと暗躍するよりも部屋に籠もって読書、蔵書倉でも読書の生活が私に合っている気がします。

 織田弾正忠家の家督争いで対今川が疎かになると心配して、三河への嫌がらせを続けてきましたが、織田家に協力してくれそうな武将名やその活動内容を書状にまとめ、信長兄上に託して委譲しました。

 反今川勢力へ熱田商人の細々とした支援ではなくなり、信長兄上の家臣が三河へ赴けば、本格的な反乱へ昇華できるでしょう。

 信長兄上はただ那古野城主ではなく、尾張守護の名代なのです。

 那古野と言えば、清須への引っ越しに大忙しであり、もうしばらく掛かりそうです。

 信長兄上から頂いた褒美も協力者へ配分し、残りは牛山とりでと菱池とりでの改修に使い、中根北城と中根中城と名が変わる予定となりました。

 やり切った私は部屋の床に寝転び、天井を見上げるのです。

 書類を持った紅葉が廊下を歩いています。


「若様、お昼寝でございますか?」

「特に何もする気が起きないだけです」

「そうでございますか」

「紅葉は何をやっているのですか?」

「貯まっていた書類の整理です。本来の私らの仕事ですが、さくらちゃんと楓ちゃんが忙しいので、どうしても貯まってしまいます」

「苦労を掛けます」

「それは言わない約束です」

「そうでした」

 

 さくらは私の書状を持って三河へ使いに出し、楓は定季師匠の命で仁平太と一緒に尾張内の情報収集に大忙しです。紅葉も熱田へ周辺国の情勢を調べながら、本来の侍女の仕事を行っています。

 今、六月は衣替えです。

私もすべて衣装を新調しました。当然、私付きの者も衣替えであり、今後も城に上がる事も想定すると、すべて調達しておく必要が出てきます。

それが全員分となると相当の数となり、紅葉がたくさんの帳簿を抱えているのです。


「さくらと楓が私の登城するかを賭けていましたが、もう私が清須へ登城する事はないでしょう」

「若様はさくらと同じで登城しないとお考えですか?」

「私は元服前です。信長兄上が私を呼び付ける理由が思いつきません」

「そうですね。小姓好きと噂の信長様も元服前の稚児を呼び付けるのは風評に悪いと思います」

「紅葉もそう思いますか」

「ですが、私は旗屋の番頭の連れとして登城せよと命じてくると呼んでおります」

「まさか……平手様の遺言の件は終りです」

「そうでしょうか。私は信長様がせっかちな方とお見受けしました。元服まで待って頂けないと思います。すぐに判ると思いますので、この仕事を急いで片付けてきます」

 

 紅葉はそう言って去っていった。

 ぼっ~と天井を見上げます。

 太原-雪斎殿に触発されて三河を巡って謀略の真似事をしましたが、あまり意味がありません。そして、(平手)政秀様の謀略を託されて尻込みしました。

 悩んでいる内に村木砦を今川義元殿に建てられ、すべてをご破算にされたと思った瞬間、信長兄上の奇襲で時をふりだしに戻しました。

 雪斎殿と政秀様の謀略は緻密で美しく、その美しい謀略を義元殿と信長兄上は強引な暴力で薙ぎ払ってしまいます。

 私に繊細な謀略を考える力はなく、信長兄上のような奇才もありません。嵐の海にこぎ出すなんて……合理的に考えても絶対に無理です。もし目指すとするなら……もっと学べば、諸葛(しょかつ)-孔明(こうめい)のようになれるのでしょうか?

 なりたいけど、なれる気がしません。

 私が考え付くのは、三河の者を使って今川の城に間者を忍ばせ、運ばれる荷を襲う。そして、討伐隊が編成されれば、おびき出して仕留める程度の知恵です。

 実際、今川の武将を負傷させて追い返すのが精々であり、未だに首一つも取れません。

 それで今川が転覆するなんてあり得ません。

 やはり、孔明への道は遠い。

 去っていった紅葉が戻ってきました。


「若様。宜しいでしょうか」

「もう仕事が終わったのですか?」

「いいえ、まだ途中です。ですが、その……若様にお客が来ております」

「誰ですか?」

「……会えば、判ります」

 

 紅葉が言葉を少し濁した。

 私は客間へ移動すると、下座に佐久間(さくま)-信盛(のぶもり)殿がいた。

 信盛は信長兄上の家臣です。

 私を呼び付けず、使者を送ってきた?

 紅葉も「すぐに判る」と言っていましたが、呼び付けずに使者を送ってくる斜め上の行動に紅葉も焦ったのでしょう。

 私が上座に腰掛けると、間を置かずに話し掛けてきた。


「お久しぶりでございます」

「そうですね」

「信長様よりお聞きしました。信長様の策を影なら支えて、信長様の名代として暗躍されたとか。この信盛、まったく知らされておりませんでしたので驚き申した」

「そうですか。信長兄上より他言無用と言われていましたので、お知らせできませんでした。申し訳ございません」

「いえいえ、責めているのでありません」

 

 そこで茶が運ばれ、一息付いた。

 信盛は茶菓子を三つほどパクパクと口に入れると、茶を飲んで一気に流し込みます。

 豪快な食べ方の私の手が止まりました。


「巧い菓子でございます」

「おかわりを用意しましょうか」

「宜しければ、お願いします」

 

 そう言うと紅葉が外の者に指示を出します。

 私はそろそろ本題を聞きました。


「で、ご用件は何でございますか?」

「この度、正式に山崎を拝領する事となりました」

「それはおめでとうございます」

「山崎は井戸田と海を挟んだ笠寺の地となります。今川の猛攻に耐えられる砦を築くように命じられました」

「なるほど。それは良い考えと思います」

 

 笠寺の戸部家が今川方へ寝返って大高城に入っています。

 しかも当主の戸部-政直は義元の養女を妻に貰って準一門とされました。これで今川方は笠寺を掌握したのですが、山口の家臣には不満が残りました。今川に一早く寝返って忠義を示している山口家より、抵抗し続けてきた戸部家が優遇される事に我慢がならない。しかも笠寺砦に駐留している兵の費用をすべて山口家が出しているのに待遇が可怪しい。

 そんな感じです。

 義元殿の立場で考えると、違った意味が見えてきます。

 父上 (故織田-信秀)が亡くなると寝返ったのは山口-教継です。一方、父上への忠義を果たし、義理は果たし尽くしたと断言です戸部-政直のどちらが信用できるのでしょうか?

 状況が不利になると、すぐに寝返る教継。

 義理を果たすまで、寝返らない政直。

 義元殿は政直を繋ぐ鎖として養女を妻として送り、今川家との義理を作りました。

 これを教継が理解できても、山口家の家臣には理解できない。

 

 この状況で山崎に砦を建て出せば、教継は今川家への忠義を示す為に山口家のみで阻止しなければならない。だが、山口家の援軍として今川の兵が動かない事に山口の家臣らの不満が高まります。麻から水を絞るように教継と山口の家臣を離間させる策となります。

しかし、そんな深謀遠慮な策を信長兄上が考えるとは思えません。


「信盛殿。信長兄上は那古野から清須に移ると、熱田が手薄になるので山崎に砦を建てよと命じたのでしょうか」

「おぉ、流石です。信長様の意図を説明する必要もございませんでしたな。某も信長様より、そのように説明を受け申した」

「その信長兄上が信盛殿に山崎に砦を建てよと申したのですね」

「はい、その通りでございます。この信盛、銭を溜めるのは得意ですが、深く考えるのは得意ではございません。故に信長様の従うのみです」

 

 うぅ…………駄目だ。

 信盛が砦を造り出したら山口に攻められて陥落するでしょう。

 私にはそう見え、信長兄上もそう見えた。

 念の為に聞きましょう。


「信盛殿。信長兄上は他に何か言われていたのでしょうか」

「信長様よりこのように言いつかっております。“魯坊丸を其方の相談役とする。魯坊丸の言葉は儂(信長)の言葉と思え。魯坊丸の指示に従って砦を完成せよ。完成した暁には、其方を対今川の責任者として重臣にしてやろう。励め”との仰せになりました」

 

 この信盛殿を使って好きにしろって事ですか?

わぁ、引っ越しで忙しいからって全部を私に丸投げしてきました。

 ど、ど、ど、どうしましょう⁉


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