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第二十七話 魯坊丸、清須で詰問される。

〔天文二十三年 (1554年)四月十八日〕

 清須城に入った頃はまだ日が高かったと思ったが、気が付くと背中の廊下から夕日が差し込んできました。私は両あぐらでずっと待っていましたが、いい加減に疲れて両手を付いて天井を見上げます。耳を澄ますと大広間の方から騒ぎ声が聞こえていました。

 私を呼んだ事も忘れて宴会をはじめたのでしょうか?

 清須はまだ敵地なので全員が酒を浴びるほど飲むような馬鹿な真似はしていないと祈りたいのですが、戦が終わると馬鹿騒ぎをするのが常なので心配です。

もう帰っていいですか?

 支えていた手を開き、そのままバタンと床の上に寝転びます。


「さくら、もう帰ってよいか、聞いてきてくれ」

「そんな訳がなかろう」

 

 信長兄上の声に目を開けると、あぐらに戻して頭を下げます。

 私が声を出した直後に、廊下から信長兄上が入ってきたのです。

 最悪の間の悪さです。

 信長兄上の後ろに、信光叔父上……それと林-秀貞様などがゾロゾロと続いて部屋に入ってきました。上座に座った信長兄上が言います。


「そこでは話辛い。もっとこっちに来い」

 

 私は二歩ほど前に進み、座り猶します。


「違う。ここだ」

 

 信長兄上は皆が両脇に座った中央を指差すのです。私は恐る恐る前に出て座り直します。すると、信長兄上が人払いを命じ、わずかな側近のみを残し、皆が出てゆくのです。そして、信長兄上が「隣で耳を立てておる。大きな声は出すな」と言います。

 まずは入ってきた者の紹介です。

 信長兄上の横に信光叔父上、その横が勝幡城主の信実(のぶざね)叔父上が座り、反対側に秀敏(ひでとし)大叔父上、林-秀貞殿、内藤(ないとう)-勝介(しょうすけ)殿と並んでいます。秀敏大叔父上は祖父の信定(のぶさだ)様の弟で、元稲葉地城主であったが、今は隠居して信長兄上の相談役です。秀貞殿と勝介殿は那古野家老であり、信長兄上の守役だった方です。

 紹介が終わった所で信長兄上がぼやきます。


「お前が林の爺ぃを引き込んだので、内藤の爺ぃに秘密という訳にいかなくなっただろう」

「えっ、私の所為ですか」

「お前以外におらん。林の爺ぃは五月蠅いのだ」

「五月蠅いとは何でございます」

「小言ばかりを言うであろう」

「小言ではありません。道理を話しております。信長様のやりたい事は理解できますが、家臣の思いも察してやって下さいと申し上げております」

「何が悪かったと言うのだ」

「例えば、村木砦の件にございません。私に文句はございませんが、林家の者が置いてけぼりで忸怩(じくじ)たる気持ちになっていたのです。先程のように帰ってきて、林家の者に説明と謝罪をして頂ければ、登城を拒否するような真似をする必要もありませんでした。林家の長としての立場もお考え下さい」

 

 信長兄上は秀貞殿が口を開くと説教になるので嫌だと駄々を捏ねた。

 先程、清須の大広間で「林家に辛く当たっていたのは、すべて策を成功させる為であったと悪かったな」と胸を張って謝罪されたらしい。

 ふんずり返っているので謝罪の気持ちがあったがは疑わしいが、説明があれば、林家の家中の者も納得する。其れ処、村木砦に遅参した事も策の一環であったと勝手に納得してくれたらしい。

 単純です。武将のほとんどが純粋な方々です。

 信長兄上と信光叔父上の深謀遠慮に驚きの賞賛を上げていたとか……そんな簡単に信じたと聞くと織田家は大丈夫なのか心配になります。


「すべて儂の策であったという事になった。其方の名を出すのは相成らん」

「招致しております」

「帰蝶に新しい衣装を数着届けよ。その支払いに手間代として一千貫文を与える。其方への褒美だ。受け取るがよい」

「ありがとうございます」

 

 褒美を話が終わると、信長兄上が身を前に寄せてきた。

 信長兄上が信光叔父上に目線を送ると、信光叔父上が話し始めた。


「魯坊丸。先程、此度の策を信長と確認したが、信長も知らん事が多かった。幾つか質問するので答えよ」

「はい」

「まず、林家、岩倉家を敵方とし、清須に川並衆を使って兵糧を送る策は平手の手紙に書かれておらなんだようだな」

「はい。平手様の策では、清須を追い詰めて信光叔父上の助けを求めるように書かれておりました。しかし、定季(さだすえ)師匠との談義の中で、やはり兵糧攻めが一番であろうという結論に至ったそうです」

「うむ。先に定季に聞いたが、考えたのはすべて其方であると答えた。違うのか?」

「定季師匠は私に聞くだけで答えを言ってくれません。そこで後ろにいるさくら、楓、紅葉、ここには居ませんが、伊賀者の仁平太、祖父の大喜-嘉平と相談して答えを捜すのです。しかし、中々に答えに辿り着きません。抜け道を残し、敵が死地にならぬようにするのが正解でした。正解に至ると、定季師匠が“平手殿もそれが効果的であろう”とおっしゃっていたと答えてくれるのです」

「なるほど。考えたのは魯坊丸だが、導いたのが定季という事か」

「どうして川並衆を使おうと思った?」

「まず、兵糧を運ぶ他国の者がいないかを祖父の嘉平に相談しました。美濃か、近江の商人に心当たりがないかと。祖父から美濃の『塩屋』を紹介されました。塩屋は大和の生駒馬借を利用しておりました。加えて、尾張の生駒家は川並衆と親しいとも教えてくれたのです」

「なるほど、魯坊丸の祖父の入れ知恵であったか」

「はい」

「では、清須の周辺を伊賀者に探らせたのは何故だ?」

「それも定季師匠の策です。もちろん、考えたのは私です。まず、清須を裏切って信長兄上に従っている者がいると考えました。清須が兵糧攻めで苦しんでいるならば、兵糧を融通する者が出てくる」

「それで探らせたのか?」

「はい。しかし、私に止める術はありません。信長兄上に告げて何とかして貰おうと思いました」

「知らせたのは甲賀者だと聞いているぞ」

「滝川様の甲賀衆も清須を探っておりました。度々、顔を会わせたので仲良くなったようです。甲賀衆に伝えれば、信長兄上に伝わると考えました」

「では、最後に聞く。儂は決死の覚悟で清須に攻め入ったが、妙に清須の者共が弱かった。士気が低いのでなんとかなると思っておったが、ほとんど被害が出なかった」

「それは宜しゅうございました」

「信長に何かしたのかと聞いたが、“知らん”と答えた。あの弱さは士気が低いだけでは説明がつかん。魯坊丸、何をやった」

「おまじないです」

「おまじない?」

「巧くゆくと限りませんが、願掛けのようなものです。兵糧を入れる事が決まったとき、 仁平太が米ではなく、五穀米がよいと言ったのです。五穀米は水でほとんど洗わずに炊くそうです」

「その通りだが、それに何の意味がある」

「水で洗わないならば、混ぜ物が入っていてもバレ難く。しかも洗い流されません」

「…………」

「仁平太は腰にいつも目潰しを持っております。目潰しの他にも相手を弱らせる粉も持っております。風上に逃げながら、その粉を少しずつ撒き散らすと、呼吸困難、体のしびれなどが起きて、相手が弱った所を仕留めるそうです」

「体のしびれだと?」

「幻覚を見せる茸、大葉子おおばこ大芹(おおぜり)鳥兜とりかぶと等々を混ぜたものだそうです」

「鳥兜、猛毒ではないか」

「猛毒ですが、少量なら痺れる程度です。大葉子は腹下しと毒の遅延に役立ち、大芹は呼吸を乱し、少量の鳥兜は痺れを起こします。大量に入れて毒と気付かれないように、弱毒に留めております」

「弱毒か、それで弱っていたのか」

「はい、攻める前日に入れた五穀米に混ぜておきました。手を付けない可能性もありました。信友様らは食べないでしょうが、兵士が食べるならば、五穀米からです」

「なるほど。それであれほど弱かったのか。納得した。大いに助かった」

 

 信光叔父上が大きく頭を下げて礼を言ってくれた。

 信長兄上は不満そうだ。

 頭を上げた信光叔父上が言う。


「信長、そういう顔をするな」

「毒など、姑息な真似は好きません」

「儂は兵に被害が少なかった方が嬉しいぞ。そう思わぬか」

「そうではありますが、卑怯な手でもあります」

「勝った方が正しいのだ」

 

 信光叔父上の言葉に納得できないという顔をする信長兄上に、秀貞殿の説教が始まった。

 秀貞殿が“信長兄上は清廉潔白過ぎる”と叱り、さらに“必要ならば、毒殺でも、暗殺でもすべき”というと、信長兄上は立ち上がって「儂はそんな卑怯な真似はせん」と言って出てゆきました。

 秀貞殿が肩を竦めます。

 誰もが、信長兄上の才覚を認めながら不安を抱えているように見えたのです。

どうやら私への詰問もおひらきのようです。


清須簒奪編、了。

次は、三河忩劇編へ

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