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第二十六話 魯坊丸、清須に呼ばれる。

〔天文二十三年 (1554年)四月十八日〕

 信長兄上の使者は加藤(かとう)-弥三郎(やざぶろう)さんでした。熱田羽城主の加藤(かとう)-図書助(ずしょのすけ)のご子息であり、信長兄上の小姓となっています。熱田の加藤家は古参の有力武将であり、熱田衆の筆頭なのです。大宮司の千秋-季忠様と一緒にいると図書助様と度々会う事になります。弥三郎さんとは何度か会っていました。知り合いという事で使者に選ばれたようです。


「こちらに来ているなら中根の兵と合流すればよいのに、中根南城まで呼びに行った私が馬鹿ではないか」

「申し訳ございません」

「どうして合流しなかった?」

「今の私の格好をご覧下さい。呉服屋『旗屋』の小倅の格好でございます」

「なるほど。だが、帰って着替えてくると言わせないぞ。遅くなると信長様に叱られる」

「では、どうしましょう」

「そのまま小倅として付いて来い」

 

 小姓は十二歳から十八歳の家臣の子供がなる事が多く、弥三郎さんも元服前です。しかし、九歳 (満8歳)の私より年上であり、少し偉そうに兄貴ぶりたがるのです。小姓を戦場に連れてきませんが、戦をするつもりのなかったのか、信長兄上は小姓らも同行させたようです。

 五条川を渡ると、城から去ってゆく者らとすれ違いました。


「百姓にように見えませんね」

「おそらく傭兵だな」

「傭兵ですか」

「清須から逃げる機会を失ってしまったのだろう」

「なるほど」

 

 清須にいた兵や農民は武装を解除され、放逐されたようです。しかし、まだしばらく持つと考えた傭兵が残っていたようです。

一攫千金、手柄を立てれば、召し抱えられて領地を貰える事もあり、弱い方に付いた場合、成功すると見返りが大きいと考える者も多いようです。

城の外壁に近づくと、百姓らしい者らが炊き出しにありついていました。


「この近くの百姓らだ。帰っても家は焼け落ち、勝手に田を耕せば首を取られるからな」

「世知辛い世の中です」

「仕方あるまい。信長様が勝ったのだ。すべて信長様のモノだ」

「その通りです」

「城や田畑の再建に人手はいる。食い扶持がなくなる訳ではない」

 

勝者はすべてを手に入れ、敗者はすべてを失います。

土地持ちの百姓も水飲み百姓に関係なく、土地はすべて信長兄上のモノとなり、戦に負けるとすべて失います。そして、土地は持って逃げる事ができません。

どんな悪徳領主でも土地持ちの豪族 (国人)は従うしかないのです。

故に、戦に強い事が領主の第一条件というのも頷けます。

 慣れているのか、百姓らは平気な顔をしているように見えました。


 さて、清須城に那古野勢が入って各部署を守っていますが、手持ち無沙汰な兵達は宴会を始めています。しかし、武将にとって一番重要なのは戦後処理です。

手柄を立てた武将に褒美を与えるのが、信長兄上の仕事です。

主だった武将も清須城に入城し、大広間で大雑把な論功行賞が告げられ、信光叔父上に那古野城が与えられる事が発表されたようです。

 弥三郎さんの同僚の佐脇(さわき)-藤八(ふじはち)さんが寄ってきて、自分の事のように自慢するのです。


「やはり信長様は凄い方だ。信光様と謀っておられたのだ」

「知っていた」

「何だと! 何故、私に教えない。」「父上から他言無用と言われていたのだ」

「水くさいではないか」

「父上に信光様の行いを抗議し、父上の協力を求めに言った時に教えられたのだ」

「協力してくれなかったのか」

「お前は動くなと釘を刺され、私は一人でも動くと宣言すると教えて貰った。但し、漏れれば、私と其方の腹だけで済まんぞ」

「儂だけで済まんのか⁉」

「佐脇家と実家の荒木家もお咎めを受ける。それでも聞きたかったか。兄の利家に口を割らぬ自信があったか」

「うぅぅぅ、利家兄上は口が軽い上に、妙に勘がよいからな」

「教えなかったのが正解であろう」

 

 今回の策は熱田商人の協力が欠かせない。その有力な熱田商人は熱田衆であり、熱田衆の筆頭である加藤家の協力は欠かせません。妙な動きをさせない為に息子にはこっそり教えていたようです。

 藤八の話では、信長兄上がふんずりかえりながら家臣に「騙して悪かったな」と謝罪したようです。

胸を張っていう事ですか?

 手柄を立てる機会を失った家臣らに次の機会をすぐに与えると言ったそうです。

本来なら兵を出した手間賃を褒美として与える所ですが、清須に居城を移す為の費用が莫大な額になるので節約したようです。

 今は負けた武将との対面中であり、守護代の信友様、又代の坂井-大善殿などは面会のみで打ち首は決まっています。


「信友様は信光様が討たれた。大善殿はその隙に五条川を舟で逃げ出したそうだ」

「他の一族の方は?」

「信友様に息子はおられん。大善殿の息子と孫は打ち首と決まった。奥方も後を追われるようだ」

「そうですか」

 

 主の妻や娘は助かる事もあるが、息子や孫は助かりません。

 それは鎌倉幕府を開いた(みなとも)-頼朝(よりとも)様が原因なような気がします。頼朝様は平清盛に命を救われましたが、後に親の敵である平家を滅ぼしました。熱田は頼朝様の生誕の地です。

 子や孫を残すと復讐されると考えるのです。

 主の処分が決まると、その家臣が信長兄上に前に連れ出され、その処分が決まってゆきます。

大広間の近くを通ると、信長兄上の声が聞こえてきました。

 

 土地を守れなかった事を恥と思い、切腹を希望する者。

 命乞いする者もいます。

 息子や一族の命乞いを信長兄上は認めます。しかし、信友様を馬鹿にして信長兄上を賞賛する者に「己の主を貶めて何が楽しいか」と怒鳴り付けます。

 次々と召し出されてゆきますが、余計な事を言わない方が助けて貰えそうです。

 上から順番に裁き、清須でも下の重臣が呼ばれます。

「何か言う事はあるか」

「信友様への義理は果たしました。出来ますれば、信長様にお仕えしとうございます」

「義理と言ったか」

「我らは清須の近くに土地を守り続けてきました。清須を治める領主様に仕える義理がございます。本領を安堵頂けましたら、子々孫々まで信長様にお仕えする所存でございます」

「それはならん」

「やはり、無理でございますか」

「あれ (土地)は儂のものだ。欲しければ手柄を立てよ」

「ならば、かならずやお役に立って、お返し頂けますように励みます」

「であるか。励め」

 

 土地の豪族 (国人)は次々と信長兄上に召し抱えられていった。

 やはり信長兄上は判り易い者が好きそうに見えた。

 しばらく大広間の脇で見ていたが、藤八と話を終えた弥三郎さんが「旗屋、行くぞ」と声を掛けた。

 私は弥三郎さんに付いて控えの間の一つに案内された。

 控えの間らしいが、意外と大きい。

 付き添いのさくら達は部屋に入った所の隅に腰を落とし、私一人だけがポツンと中央に座らされた。上座の奥に見知らぬ武将が座っており、こちらを窺っているので、さくら達が近づく事もできない。

 弥三郎さんが出てゆくと、一人きりになったようで心寒かった。

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