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第二十一話 魯坊丸、沖村城を訪ねる (林 秀貞の居城)

〔天文二十三年 (1554年)二月一日〕

 二月一日、守山城での会見を終えると、北に流れる土岐川 (庄内川)を舟で渡った。

対岸には那古野から多治見を通って東山道 (中山道)と合流する木曽下街道と呼ばれる道があった。舟を下りると少し先の茶店で皆が休憩を取っていた。

 私が渡河するのを待っているのだ。


「さくら、このまま西に下って清須の様子を見に行くつもりでしたが、小田井から北上して沖村城(おきむらじょう)に寄ろうと思います。その旨を伝えて下さい」

「わかりました」

 

 さくらが茶店に駆けて行き、「席は空いているか」と声を掛け、皆が座っている場所に背中を向けて座ると、小声で行き先の変更を告げた。

 軽く頷くと席を立ち、茶店から離れて休んでいた者が横を通ってすれ違い様に伝言が伝わった。私らの後ろ守る者は少し歩くと道端に腰を再び落とす。

 茶店に近づきなはら声を上げた。


「皆の動きが凄いな」

「前に六人、周りに四人、後ろに二人が守ります」

「皆の顔を知っているからかもしれんが、まるで川に流れる葉のように滑らかです」

「新たに加わった六人が優秀なのです」

 

 楓がにっこりと笑う。

 尾張は安定していますが、護衛一人、侍女三人、小者二人という少ない人数です。

 賊が潜んでいれば、絶好の獲物でしょう。

 尤も、この尾張で熱田商人の紋を持つ者を襲うのは余所者のみです。

 尾張の領主は熱田商人に世話になっているので、不祥事が起れば、取引がすべて取り止めになり、兵糧を売るにしろ、武具を買うにしろ、いろいろと不便になるのです。

 だから、安全かと言えば、そうではありません。

 戦があれば、傭兵やならず者が職を求めてやってくるので、小遣い稼ぎに賊に転じるので厄介なのです。

 

 休憩を終え、少し北に進むと地蔵川を越えます。そこから少し進むと下街道と合流です。私達は西に曲がって勝川へ向います。この勝川から那古野へ戻る舟も出ていますが、今回は使いません。


「紅葉、この道を逆に進むと鬼頭家がある鬼頭神社でしたね」

「はい、そうなります」

「鬼頭神社にも一度参拝したいものです」

「鬼頭家を味方に付けたいと」

「伊豆に流されましたが、剛勇無双で九州を平定した鎮西(ちんぜい)-八郎(はちろう)-(みなもとの)-為朝(ためとも) 様の一族です。武勇が誉れに武将が多いと聞きます。味方にして損はないでしょう」

「損はありません。挨拶できるように手配してみます」

「お願いします」

 

 この勝川の地は地蔵川と北から流れてくる八田川が合流し、土岐川へ流れ込む場所です。雨が降ると大池のようになり、辺り一面が水に沈むそうです。

 しかし、水が引けば、北に徒歩で渡河できる場所がいくつもあるのです。

 私は馬に乗っているので問題ありませんが、皆は足を濡らします。


「若様。私らの事はお気になさらずに」

「はい」

「小さな舟が川を遡ってゆきますが、どこに向かうのですか」

「五条川、そして、石枕川へ渡って犬山だと思います。西に小牧を通る稲置街道、岩倉を通る岩倉街道が走っておりますが。しかし、物を運ぶならば、馬より舟の方が楽でございます」

「なるほど」

「この川より五条川の川深が深いのですが、清須を通れば、荷をすべて清須の兵に奪われます。ですから、小さな舟で運んでいるのでしょう」

「清須を通ると奪われますか」

「奪われます」

 

 そんな話を紅葉としながら川を渡り、稲置街道を横切ると、岩倉街道で北に進路を向けた。

 林秀貞様の沖村城が岩倉城と清須城の間にあるからだ。

 少し北に移動すると、土岐川と五条川の中間で再び西に向かう。

 西に進むと、水溜まりが所々に見え、田畑と湿地帯がまだら模様で広がっていた。

 少し丘になっている所が沖村城であった。

 城の前に到着すると、前触れも出していないのに中に通された。

 穏やかそうな白髪の初老が座る茶室に案内された。

 林-秀貞様であった。

 緩やかに手が前に差し出され、私に座れと言っていた。

 私がそこに片あぐらで腰掛けた。


「お久しぶりです。魯坊丸様」

「熱田神宮の新年で会ったのは三年前と心得ております」

「ずいぶんと大きくなられた」

「そうでしょうか? 同じ年の者と比べて、小さいように思います」

「これからさらに大きくなられるでしょう」

「そう言って頂けると嬉しいです」

 

 秀貞様が湯を沸かし、茶碗に茶葉を入れると茶筅で混ぜると、できた茶を差し出した。

 後ろに控えていたさくらが前に来て、毒味をしようとしたので「よい」と止めた。

 さくらは何も言わないが、頬を膨らませて不満そうだ。

 平手様がいなくなった。

信長兄上と対等に話すには、信光叔父上と秀貞様の支持が欠かせません。

ここで秀貞様に裏切られるようなら、私に先はない。


「庭を手入れしておりましたら、魯坊丸様の一行が見えました」

「そうでございましたか」

「信長様に会われたとか」

「はい。会って参りました」

「本日は守山まで行かれていたようですな」

「ご存じでしたか」

「年を取ると耳がよくなりました」

 

 林家は織田家の重鎮です。

 私でも伊賀者が雇えるのですから、秀貞様くらいになるといくつも手をお持ちなのでしょう。

 茶色い茶を飲み干すと、茶碗を戻した。

 茶を飲むという行為は相手を信用しているという証になります。

 秀貞様が口元を緩められた。


「信長様は如何でした」

「非常に優秀な兄上と見受けました。織田家を引っ張るのは信長兄上しかないと感じました」

「信長様は大殿に似て、豪胆な所がございます」

「村木砦の戦いでは、驚かされました」

「義経様と同列に考えるなど、不遜極まりない考え方です」

「申し訳ございません。気遣いが足りませんでした」

 

 そうなのです。

 林家はこの戦いで置いてけぼりを食らって恥を掻かされたのでした。

 秀貞様がもう一杯の茶を作られて差し出されました。


「実の所。某は怒っておりません。清須の動きを警戒せねばならず、同行するべきかを悩んだくらいです。ですが、今川との一戦に向かわないとは言えない。某としては助かったのです。信長様もそう考えて出航されたのでしょう」

「怒っておられないのですか?」

「まったく、怒っておりません。しかし、林家の当主として、怒らない振りをせぬ訳には参りません。信長様がそこまで気付いておられるかは判りませんが……」

 

 今度は少し寂しそうな顔を見せた。

 秀貞様曰く、信長兄上は相手の心情を読むのが下手くそらしい。

 相手の立場や状況を読まずに正論をいう。

 頭が切れるが危ういと言った。


「その点、魯坊丸様は巧く立ち回れておりますな」

「私がですか?」

「林家は東海に一族が散らばっております。三河で織田の小倅がウロウロしていると伝わっております」

「バレておりますか」

「まだ大丈夫でしょう。皆、魯坊丸様の豪胆さを好意的に見ております。某も大殿を見ているようで、楽しく聞かせて貰っております」

「父上と比べられるのは恥ずかしいです」

「拾った孤児が井伊家に連なる姫だったと運も宜しい。あと十年ほど早く生まれておられれば、安祥城をお任せできましたな」

「恐れ多い事です」

「信広様は武勇に長けておりますが、内政と外交はからっきしでした。魯坊丸様ならば、中根家の血が流れております。松平家から姫を取り、松平の姓を名乗らせても怒りますまい。信広様より巧く統治できたでしょう」

「そんな事はございません」

「現に、岡崎松平家の本多家に気に入られて姫を貰ったと聞きましたぞ。そのたらしぷりが大殿にそっくりです」

 

 たらしっぷりとか、褒められているのでしょうか?

 ともかく、秀貞様が信長兄上と敵対していないと知れた事は朗報でした。

 但し、林家として面目があるので簡単な和解もできない。

 信長兄上は人付き合いが下手過ぎます。

 最後に、さらさらっと手紙を書くと、私に渡してくれました。


「某と懇意にすると、いろいろと噂が立ちましょう。それは某の本意ではありません。魯坊丸様には、しっかりと信長様の手綱を握って頂きたい」

「何の話ですか?」

「政秀が割腹する前に訪ねてきて、自分の後を魯坊丸様に託すと言っておりました。気に入られましたな」

「私では無理です」

「某にできる事ならば何でも言って下さい。お助け致しましょう」

「そのお言葉が頂けたのは何よりでございます」

「と言って、某が動くと迷惑が掛かりますので、佐久間-大学への手紙を書きました。無骨者ゆえに使い辛いでしょうが、気に入られれば、信用できる者です」

「佐久間家とは領地も接しているので、仲良くしたいと思っております」

「某にできるのは紹介のみです。これを巧くお使い下さい」

 

 林家と佐久間家、互いに武を争った。

 武人ゆえに槍で語り合い、仲もよいらしい。

 私は槍も持てないへなちょこな腕であり、槍で語り合おうとか言われると死んでしまう。

 でも、行かないという選択もない。

 佐久間(さくま)-盛重(もりしげ)様に会いに行って、生きて帰れるのだろうか?


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― 新着の感想 ―
信長が苦手な根回しを魯坊丸が行う。 必要性を理解しつつもそれが信長には気に食わないという事でしょうか? 本編でも最初は齟齬がありましたが、何だか寂しいですね。
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