第十八話 村木砦の戦い(平手政秀の謀略破綻)
〔天文二十二年 (1553年)一月二十五日〕
信長兄上は斯波-義親(後に義銀)様を得た事で兵を何度も集めて清須を攻めた。しかし、天然の砦の清須を陥落に至らない。
信長兄上の苛立ちが手に取るように判った。
平手政秀様からの宿題は、情勢をゆっくりと俯瞰すれば、すぐに簡単です。
清須攻めに参加せず、義親様の元服にも登城していない。
それは信長兄上を棟梁と認めない。
清須の守護代 織田-信友に織田弾正忠家の家督を上申している人物は一人しかいない。
そう、信光叔父上です。
政秀様が亡くなって、信長兄上を見限って、最初に斯波義統様に臣従した。
義統様の権威を上げるのに一役を買ったのが信光叔父上です。
政秀様の謀略に参加していない訳がありません。
信光叔父上が清須の援軍として、清須城内へ入った所で叛旗を翻し、騙し討ちで信友を捕らえる。
兵の犠牲を最小限に抑え、尾張を統一して今川との戦に備える。
攻防一体の謀略でした。
信長兄上も気付いていると思われます。
政秀様が私に書いた手紙に真面目な信長兄上には取れない策と書いてありました。
そして、政秀様の予想通り、信長兄上は力攻めを繰り返します。
傍観していた私も油断していました。
まだ、時間があると……ありませんでした。
八月の入ると今川方が動き、村木から沓掛の村人を集め、村木に砦を造り出したのです。
後手を踏んでしまいました。
村木は衣ヶ浦の奥にあり、水野信元の居城である緒川城の北です。
そこに湊を完備した砦を建て、東三河で編成した今川水軍を入れて緒川城を威嚇する。
つまり、水路を防いだ上で、村木砦から緒川城を攻める。
今川へ寝返った刈谷城には今川の城番が置かれ。水野-信近の動きを防がれるでしょう。
袋のネズミとなった水野-信元が取る手立ては一つです。
しかし、信長兄上が水野へ援軍を派遣すると、瀕死の清洲勢とまだ息を潜めている反信長派が一斉に声を上げて那古野城に襲い掛かる。
水野を取るか、那古野を取るか、二者択一です。
どちらも取っても落ちた権威は取り戻せず、尾張統一はできなくなるでしょう。
大失敗です。
今更、定季師匠が時間は余りないと言っていた意味を理解しました。
正月を迎え、私は九歳 (満8歳)になりました。
村木砦の完成も間近になり、水野-信元から援軍要請が届きます。
信長兄上は皆に戦の準備をするように命じました。
五日後、三河の本多忠高殿から手紙が届きます。
手紙には、大戦になるので戦の準備を怠らないように言い付けられたと書かれていました。織田家の動きは今川に筒抜けのようです。
万事休す。
思い付く策もなく、万策尽きました。
信長兄上は諦めていませんでした。
美濃の斎藤利政様へ援軍を要請し、美濃から一千人の援軍を呼んだのです。
これで那古野を空にしても水野家へ援軍を送れます。
信長兄上の度胸に驚かされました。
どうすれば、下剋上の覇者を動かせるのでしょうか?
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ま、まさか。信長兄上が負けたら、帰蝶義姉上が那古野城の大手門を開けて那古野城を譲るとでも言ったのでしょうか?
今川へくれてやるくらいならば、利政様にくれてやる。
もちろん、今川との戦に負ける気がない。
そんな大きな賭を持ち出せば、利政様も動かざるを得ない。
国境には五千人の兵が待ち構えているとか。
そんな噂が立てば、清須勢やその他も動けない。
二千、三千を集めて、全軍で村木砦に向かう気なのか?
鳴海なら山口勢、平針街道なら岩崎勢が抵抗し、熱田水軍を利用するならば、何度かの往復で時間が取られる。
そんな事を考えていると風が強くなり、大嵐になったのです。
二十二日、楓と仁平太に村木砦への様子を確かめに向かわせ、信長兄上の動向を気に掛けていると、紅葉が慌てて信長兄上の出陣を知らせたのです。しかも嵐の中を『源義経にできた事が儂にできぬ事はない』と言って、熱田水軍で湾の横断を敢行したのです。
無茶です。
養父らの無事を祈っていると、二十五日の朝に楓が戻ってきました。
「魯坊丸様、大勝利です。村木砦を陥落させました」
「無事に湾を渡れていたのか?」
「敵も意表を付かれ、援軍が期待できない。早々に降伏しました。完勝でございます」
信長兄上は二十三日には緒川城に到着し、一晩体を休めさせると、二十四日の朝に村木砦を攻撃した。持っていった三百挺の鉄砲を使って敵を威嚇し、敵の勢いを削ぐと突入して勝敗を決した。
信長兄上は兵を休めた後、再び知多半島を横断して熱田に戻ってくるようだ。
楓が意地悪そうな顔でいう。
「魯坊丸様、負けると思っていた戦に勝ちました。これ、大きくありませんか」
「大きい。零れた砂が手に戻ってきた」
「何を致しましょう」
「まずは那古野と清須に信長兄上の勝利を大々的に広めろ」
「はいはい~、まず噂を広めるのですね」
「仁平太は戻っているか?」
「まだ、信長様を見張らせています」
「仕方ない。帰ってきたら、三河にも噂を広めます。これで尻の重い者も腰を上げるでしょう。今度は今川義元殿が足を止める番です」
「今川の足を止めてどうされますか?」
「信長兄上に清須を取って頂く」
「若様がやる気になって、私も嬉しいです」
そういうと楓は部屋を出ていった。
紅葉も熱田神宮に知らせてくると出ていった。
信長兄上に清須を取らせると、言ってみてすっきりした。
私では絶対にできない事を信長兄上がやってみせた。
信長兄上なら今川義元殿にも勝てるかも知れない。
そんな希望を見せてくれた。
その為にも清須を取り、尾張を統一して頂く。
私が信長兄上を動かすのか。
どう動けば、信長兄上は動いてくれる?




