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第一話 信秀、死す

〔天文二十一年 (1552年)三月三日〕

さらさらさら、虫食いだらけになった本を開き、侍女の紅葉(もみじ)が真新しい草子(ぞうし)冊子(さっし))に写本している。もう一人の侍女である(かえで)が棚から本を取り出し、一冊ずつ開いて陰干しする。

私はのんびり貴重本を読んでいた。

 日差しが温かくなり、初夏が近づいていた。

 これから暑くなるのを嫌なだと感じながら文字を目で追う。

織田-信秀の十男と生まれた私は、愛妾の母上と一緒に熱田領の中根砦主中根(なかね)-忠良(ただよし)に預けられた。

養父の忠良は臣下してもっと名誉な下げ渡しで、熱田の楊貴妃と呼ばれた絶世の美女愛妾を手に入れた。そして、私は先代の大宮司によって神官見習いにされた。

三歳から神宮に通い始めた。


 仕事は蔵書倉の整理だ。

 私は他の神官見習いがする庭の掃除などの仕事をした事がない。外で何者かに襲われ、私に何かあれば、織田弾正忠家と熱田大宮司の千秋家の仲にヒビが入る。

 俺は熱田神宮に人質、ごほん、ごほん、人身御供(ひとみごくう)として出された。

 大切な預かり物を傷付ける訳にいかない。

 人質とか、人身御供の響きは悪いが、待遇が悪い訳ではない。

実際、先代大宮司であった千秋(せんしゅう)-季光(すえみつ)様から三人の侍女と小間使いを与えられた。侍女の名は菊田(きくた)-さくら、鏡味(かがみ)-楓、若山(わかやま)-紅葉である。

菊田家、鏡味家、若山家の三家は神宮の巫女を輩出する名家であり、影から熱田神宮を支えてきた影一族らしい。彼女らを私の家臣として、前大宮司は下賜してくれた。

 将来、俺の目・耳・鼻・手・足になってくれるそうだ。

 私はいろいろな作法を学び、読み書きもできるようになり、七歳(満6歳)から神官としての仕事が始まった。

 つまり、蔵書倉の整理だ。


「若様、大変でございます」

 

 倉に飛び込んできたさくらが大声で叫ぶ。

 はぁはぁはぁ、さくらは息を切らす。

おっちょこちょいなさくらが慌てるのはよくある事だ。さくらが焦っていると、逆に冷静になってしまう。楓や紅葉も同じなのか、汗を垂らすさくらに厳しい言葉を掛けた。


「さくら、これを使って汗を拭え。見苦しい。まず息を整えろ」

「さくらちゃん、そこの影干しの本に汗を垂らさないで下さい」

「二人とも落ち着き過ぎです。もっと慌てて下さい」

「うんうん、焦っている。焦っている。でも内容を教えてくれないと何をどう焦るか判らない」

「そうですね」

「とにかく大変です。大殿がお亡くなりになりました」


 私の目が点になった。

 先日、別腹の妹が生まれた。母上が愛妾になったとき、妻である土田御前が何かと世話をしてくれたそうだ。先日、目出度く女ノ子を出産し、祝いの品を贈ったばかりだった。父上が患っていると聞いていた。しかし。お亡くなるほど酷い状態とは思っていなかった。

否、さくらの話が信じられない。


「まてまて、先日は御犬様が生まれて出産祝いを送ったばかりだろう?」

「今年に入ってすでに三人の妹御が誕生し、腹の大きい側女が二人ほどおります」

「つまり、父上が病と称していたのは、今川家を騙す為の謀略であろう。『敵を騙すには、まず味方から』という計略でないのか」

「残念ながら間違いではございません。只今、末森城より使者がやってきまた。土田御前様と(はやし)-秀貞(ひでさだ)様が立ち会ったとの事です」

「嘘だと言ってくれ」


『尾張の虎』と呼ばれた父上が亡くなった?

毎年のように尾張と三河の境まで今川勢が押し寄せている状況だ。

 跡継ぎと称される信長兄上は『大うつけ者』と噂されており、熱田神宮に来るときも袖を外した麻の浴衣(ゆかた)姿で半袴(はんばかま)を履き、腰に火打ち袋、草履などを提げ、髪は茶筅(ちゃせん)まげだった。

 武家の直垂(ひさたれ)姿でなった。

 浴衣姿って下男か野盗の姿であり、武家の棟梁の息子の姿ではない。

私は神宮内では少し薄着の神官見習いの服に着ている。しかし、移動時は水干(すいかん)を着て、帽子を被って移動する。

この季節になると、帽子は熱く面倒だと思う。

公家様は帽子を取って外に出るのは素っ裸で出歩くのと同じほど恥ずかしい行為だ。

しかし、武士は帽子を被らない露頂(ろちょう)が許される。

私は神官でもあるので許されない。

母上から身なりには「気を付けなさい」とうるさく言われている。

背筋を伸ばし、服にしわも気を付ける。

 織田信秀の息子として評判を落としてはいけないと口酸っぱく言われて過ごしてきた。

 しかし、信長兄上は真逆な存在だ。

 千秋季忠様は信長兄上を聡明な方という。

 聡明な兄上が評判を落とす事をしているのか、私には謎であった。

 兄上で織田弾正忠家はまとまるのだろうか?

 父上が亡くなって、織田弾正忠家は大丈夫なのだろうか?

 そもそも真実なのだろうか?

 私はさくらの言葉を信じられずにいた。


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