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第九話 黒衣の宰相

私 (織田-信照)が最初にあった強敵は、今思えば、黒衣の宰相だったのかも知れない。

河原者の娘を助けたいと考えた策は彼の予想を大きく狂わせ、まだ見ぬ敵に脅威を覚え、凶暴な牙が襲い掛かる事になるとは、その時の私が知る由もなかった。


〔天文二十一年 (1552年)八月中旬〕

八月十一日、太原(たいげん)-雪斎(せっさい)鵜殿(うどの)-長持(ながもち)上ノ郷城(かみのごうじょう)に入った。急な訪問に長持は驚いたが、幼少の頃から今川(いまがわ)-義元(よしもと)を育て、『黒衣の宰相』と呼ばれるほど、今川家で影響力を持つ雪斎の頼みを断れる訳もなかった。


「ようこそ、雪斎様」

「急な申し付けを謝罪させて貰う。世話になる」

「織田家との和睦がなり、今年の戦はないと考えておりましたから慌てました」

「済まん。だが、戦をするつもりはない」

「やはり、そうでございましたか。帝より勅命を受けて、織田家との和睦を義元公に奨めた雪斎様が和睦を破るとは思っておりません。しかし、兵は集めるのですね」


 今川-義元の駿河は相模北条(ほうじょう)-氏康(うじやす)、甲斐武田(たけだ)-晴信(はるのぶ)という強敵がいる国と接していた。雪斎は互いにぶつかれば、ただで済まないと考え、駿河・甲斐・相模の三国同盟を模索していた。しかし、同盟を結んでも気が休まる訳ではない。

 対等でなければ、同盟の意味をなさない。

 北条家が二万人の兵を動員できるならば、今川家も二万人を動員できる国力を必要とし、北条家が五万人に成長するならば、今川家も尾張、伊勢を吸収する必要があると考えた。

 その一点において義元と雪斎の意見は一致していた。

 だが、義元は男勝りの三十五歳 (満三十四歳)であり、朝廷の仲介で結んだ織田家との和睦を破り、織田家を攻めた。そして、幕府の仲介を無視して戦を続けた。

 義元の朝廷・幕府への軽視が過ぎ、雪斎は朝廷より織田家との和睦を説得せよと勅命を受けるに至った。

 これを無視すれば、義元の官位を剥奪され、今川家は朝敵の賊軍と称されかねない。

 避ける為に義元を説得し、織田家との和睦を大筋でまとめた。

 まだ細部の交渉が残っていたが、肝心の織田(おだ)-信秀(のぶひで)が亡くなった事で交渉は中断した。

 なし崩しであるが、和睦は継続されていた。そして、『尾張の虎』と呼ばれた信秀が亡くなり、義元も安堵した。

 戦続きで領内が荒れており、内政に努めなければならない。

 その方針を示した矢先に、東尾張の山口-教継の謀反が起こった。

 離反を唆し、その準備を進めていたので驚く事ではない。

葛山長嘉・岡部元信・三浦義就・飯尾乗連・浅井政敏を送って山口家が今川方と主張し、和睦の継続を主張した。跳ね返りの織田家嫡男の信長が戦いを挑んできたが、大事にはならず、紛争地帯として織田・今川の双方が手出ししない事で落ち着いた。

 織田家は重臣の離反を止められなかった。

 笠寺、大高で反抗が続いているが、織田家も大っぴらに加勢できない。

 時間を掛ければ、織田家の自壊は止められない。

 そう雪斎は予想していたのだ。


「織田家には小賢しい策士が残っていたようだ」

「策士でございますか?」

「遠江の名家である井伊家の内紛を利用された。義元様の疑い深さは根深い。戦続きで不幸が重なり、その不平・不満を申し上げた者らを謀反人として呼び付けて処分した。それが仇となった」

「謀反する気がない事を証明する為に入った駿河で斬首にされれば、井伊家の面目は立ちません。それ不満に思う者を取り締まれば、井伊家を取り潰すのと同義でございます」

「あれは不幸が重なった結果であり、義元様の本意ではない」

「それは承知しております」

 

 井伊家の処分はお家騒動が起因であり、義元は井伊家中の今川方の言い分を聞いたに過ぎない。だが、お家騒動は収まらず、井伊一門は存亡の危機にある。

 それをすべて義元の仕業と風潮し、織田家から離反する者を思い留めさせる事に利用された。

 雪斎にとって思わぬ反撃に焦った。


「秋の実りを刈り終えた。年明けにでも尾張見物に行くつもりであったが、待っていてはよい知らせはなさそうだと悟った」

「それほど、お急ぎなのですか?」

「織田家の策士は山口一門を唆し、教継の排除を目論むと読んでおる」

「笠寺の奪還は山口家の悲願と聞いておりますぞ」

「それは山口本家の悲願であり、笠寺、鳴海の地侍に関係ない。今川家に摺り潰されて滅ぼされるくらいならば、織田家に帰参した方がマシと考える者が出ておる」

「誠ですか。そうなると拙いですな」

「だから、急いで尾張見物に参るのだ」

「それで戦でございますか」

「和睦を破るつもりはない。数を持って尾張の武将らを脅すだけだ。戦うだけが戦ではない。だが、巧く事が動けば、熱田参りもできるやも知れん」

 

 雪斎がそう言うと、長持はギョッとした目で見据えた。

 雪斎が熱田まで奪う気でいるのを知ったからだ。

 何を考えているか、その一旦も見えない深い闇が見えた気がしたのだ。

雪斎は笑みを浮かべると、長持に聞いた。


「拙僧の護衛にどれほどの兵が集まりそうだ」

「東三河から三千人、西三河から二千人は集まると思われます」

「街道に盗賊が徘徊しておるから護衛を頼めば、五千人か。仰々しいのぉ」

「雪斎様が連れて来られた一千人と、鵜殿家から一千人を用意しますので、述べ七千人になると存知上げます」

「山口が二千人、先に入れた兵は五百人であるから一万弱か。申し分ない」

「今の織田ならば十分に勝てます」

「何度も言うが戦はせんぞ。また、拙僧の物見遊山だ。乱暴取りを許すつもりはない。大目に兵糧を送ってくれ」

「畏まりました」

「最後に、其方だけに申しておく。儂は街道の護衛ゆえに手勢のみで十分と使者に申し付けた。農民を招集して多くの兵を寄こした武将は要注意だ。目を離すな」

「兵を多く寄こした武将ですか」

「今川家にすり寄りたいか、必要以上に警戒しておる。すり寄る者は論外、警戒するのは謀反を企む疚しい心根がある者だ」

「なるほど、注意しておきます」

「では、岡崎の三カ寺(上宮寺(じょうぐうじ)勝鬘寺(しょうまんじ)本證寺(ほんしょうじ))へ挨拶参りだ」

「岡崎の寺参りでございますか」

「何度も言っているであろう。尾張まで物見遊山だと」

 

 雪斎が岡崎に姿を現すと、その報告が伝わって尾張は騒然とした。


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