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In the luce  作者: RRR
一年生編
8/57

episode6

翌朝の教室。蘭が教室入ると、ざわめきの中心に梨々香の姿があった。

「大丈夫?その足……」

クラスメイトたちが心配そうに集まっていた。視線の先、梨々香の右足には白い包帯が丁寧に巻かれていた。制服の裾からわずかに覗くその包帯は、明らかにただの擦り傷とは違う存在感を放っていた。

「昨日、雨で滑っちゃって……ちょっとコケただけだから。心配しないで?」

梨々香は柔らかく笑ってそう言ったが、その笑みの端には、どこか無理があった。

麗が近づいてくる。

「……それ、本当に転んだだけなの?」

その問いに、梨々香は一瞬だけ目を伏せ、すぐにいつもの調子に戻る。

「麗まで心配してくれるの?あ、大会近いもんね。でも、本当に大丈夫。不覚だったなあ……」

梨々香は、はぐらかすように軽く笑ってみせた。

蘭はそのやりとりを少し離れた席から黙って見ていた。

昨日のあの電話のあとに見せた梨々香の怯えたような顔が頭から離れない。

あれは――明らかに、何かがおかしかった。




放課後、廊下で一人歩いていた梨々香を蘭は呼び止めた。

「織谷さん、ちょっといい?」

梨々香が振り向く。蘭の瞳は、まっすぐに梨々香を見据えていた。

「昨日のこと……本当に、ただ転んだだけ?」

「え……なに、急に……」

「隠さないで。あなた、あの電話のあと――明らかに様子がおかしかった。あれは……親御さんに、言われたんじゃないの?」

その言葉に、梨々香の表情が凍りつく。目を逸らして、唇を噛む。

「……お願い、昨日のことは……黙っていて」

「黙っててもいい。でも、それなら教えて。あなたにあの後何があったのか」

蘭の声は静かだったが、決して逃げられないような強さがあった。

数ヶ月前蘭が公園で踊っていた事を優しく微笑んで「2人だけの秘密」と言った梨々香。あの時とは立場は逆転していた。

梨々香が蘭を見つめる。

目が揺れ、迷いの色を湛えていたが――やがて、小さく頷いた。

「……わかった。話すよ。蘭にだけ……でも転んだのは本当。」

蘭の目がわずかに和らぐ。

「ありがとう。……じゃあ、静かな場所に行こう」

――2人は、人目のない階段下の空間へと歩き出した。





階段下の小さなスペース。放課後のざわめきから切り離されたような静けさの中、梨々香は蘭と向き合っていた。

蘭は静かに座り、梨々香の言葉を待っていた。

しばらくの沈黙のあと、梨々香はぽつりと口を開いた。

「……私、昔から親に“完璧”を求められて育ってきたの」

蘭がわずかに目を見開く。

「テストで一問でも間違えたら、なぜ間違えたのか説明させられて……納得いくまで許してくれなかった。運動も、礼儀も、人付き合いも、全部、完璧じゃなきゃいけなかった。

そうしないと、“織谷の名に傷がつく”って」

梨々香の声は震えていた。でも、それでも続ける。

「最初は、それでも期待されてるって思って頑張った。でも……どれだけやっても、“よくやった”なんて言ってくれない。もっと上をもっと上をって……。私はなんでもいちばんを目指したい。一番でいる自分が大好き。それは本心。だけどこの気持ちがどこから来たのかわからなくなっちゃった。」

蘭は何も言わず、ただそっと彼女を見つめる。

梨々香は目を伏せたまま続けた。

「だから、私……みんなの前では笑ってた。優しくして、弱音なんて絶対に吐かないようにしてた。でも本当は、ずっと息が詰まりそうだった……。……蘭が公園で一人で踊ってるのを見た時、勝手にねなんだか似てるって思ったの。

誰にも見せない顔で必死で何かにすがってるように見えて……私も、あんなふうすべてをさらけ出したかったのかもしれない」

その言葉が落ちた瞬間――

「……梨々香」

ふいに聞こえた声に、2人とも振り返る。階段の上には、立ち尽くす麗の姿があった。

「うらら……?」

梨々香の顔が驚きに強ばる。蘭も立ち上がる。

「ちょっと、どうしてここに……」

「探してたの。あんまり帰ってこないから……でも……まさか、そんなこと……」

麗の声は震えていた。

「私には……ずっと一緒にいたのに、何も言ってくれなかったのに……一条さんには、全部打ち明けたんだね……」

「ちがっ、麗……っ」

梨々香が手を伸ばすが、麗は一歩下がった。

けれど怒っているわけではなかった。悲しみと、自分への問いで表情は揺れていた。


「私……もしかして、梨々香のこと、知らないうちに苦しめていたのかな……。『もっと頑張ろう』とか『あなたなら勝てるよ』とか、何気なく言っていた。でも、それって――」

「ちがう……! 麗は、悪くない。悪くないの……!」

梨々香の瞳に涙が滲む。蘭はそっと口を閉ざし、二人を見守る。

麗はしばらく沈黙した後、静かに言った。

「今の私おかしい。ごめんね、ちょっと……頭冷やす」

そして踵を返し、階段を上って行った。

梨々香はその背中を、何も言えずにただ見送るしかなかった。

蘭はそっと、彼女の肩に手を添えた。

「……あなたは、もう十分頑張っている。誰かのためじゃなく、自分のために生きていいんだよ」

梨々香は、蘭の言葉に初めて――心から泣いた。





昼休み。生徒たちの賑やかな声が校庭に響く中、梨々香は校舎裏のベンチに緊張した面持ちで佇んでいた。

間もなくして、そこに現れたのは麗。

無言のままベンチの隣に腰を下ろす。少しの沈黙のあと、梨々香がそっと口を開いた。

「……麗。あの時、全部言えなくてごめん。ずっと言いたかったのに怖かったの。もし嫌われたらって」

麗は前を向いたまま小さく言う。

「……きらったりなんかしない。むしろ、言ってくれなかった事が悲しかったの。

梨々香にとって、私はそこまで信じられる存在じゃなかったのかなって……思っちゃった」

「ちがうよ、そんなことない……! 麗は、私の一番大切な友達なの。中学からずっと一緒で、沢山支えてくれて、私、麗がいたからここまでやってこられたの……」

声を震わせながら、梨々香は続ける。

「でも、麗には優等生の私しか見せちゃいけない気がしていたの。期待に応えたいって……無意識に、自分で壁を作っていたんだと思う。」

麗は驚いたように梨々香の顔を見る。梨々香は目を伏せ、でも、きっぱりと言った。

「蘭には、違う意味で惹かれたの。うまく言えないけど……ただ、あなたと蘭とを比べたり、どちらかを選んだりしたわけじゃない。麗は、私にとって特別な、大切な“友達”だよ」

しばしの沈黙のあと、麗はぽつりと漏らす。

「……あーもう、泣かせないでよ。部活あるのに、目腫れたらどうすんのよ」

梨々香が驚いて顔を上げると、麗は涙をこらえながら、少し照れくさそうに微笑んでいた。



「私こそごめん。ちゃんと、気づいてあげられてなかった。

ねえ。これだけ聞いてもいい?

中学の時梨々香が部活に入るとき私に言ったでしょう?



『私は、1番が好き。

常に、1番でいたいだからテニス部に入るなら、目指すのは全国一位。

それ以外に、意味はない』



ってその言葉今でも変わってない?」



その言葉に梨々香は迷うことなく大きくうなづく

「勿論よ、麗。私は一番が好き今も昔もこれからも。」

そして言葉を続ける

「麗。私は、あなた以上にテニスが上手な人を知らない。だから――私と、組んで欲しい」



中学の時そのあとに梨々香が続けた言葉の完全再現。麗は顔をはっと顔を上げる。そしてあの時の続きをもう一度。

「……梨々香って、見かけによらず強欲なのね」

2人の指先がそっと触れる。

そのあたたかさがようやくふたりの間の溝を溶かしていく。

――そして再び、テニスのコートで並ぶふたりの姿は少し強く、少し優しくなっていた。


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