episode5
ぽつ、ぽつ、と音を立てて落ちる雨粒。空はすっかり灰色に染まり、突然降ってきた雨に放課後の道は誰もが急ぎ足だった。
蘭は再びお使いを頼まれ買い物袋を片手に、傘を片手に持っていた。
スーパーまではあと少し。
ふと視線を上げると、視界の端に見慣れた公園が映り込む。
「……え?」
傘をささず、雨に打たれながらぼんやりと立ち尽くす少女の姿。
制服のまま、髪も肩もぐっしょり濡れている。
それが、誰なのかを認識するのに時間はかからなかった。
「織谷さん……?」
声を出す前に、足が動いていた。
気がつけば公園へと走り出していた。
「織谷さん!」
呼びかけた声が、雨音にかき消される。
それでも蘭は彼女の前まで駆け寄り、傘を差し出した。
「どうしてこんなところに……傘もささずに……」
梨々香は、蘭の顔を見上げて小さく笑った。濡れた睫毛の先に、水滴がきらりと光る。
「……蘭、今日も来ないかなって思ってたの」
「そんなの、雨だし……って、もう濡れてるじゃない。どうして……」
「……バカだよね。自分でもそう思うよ。でも……ここにいれば蘭とまた会えるんじゃないかって……」
蘭の心の奥に、ぎゅっと何かがしみこんでいく。
あの日からずっと距離をとっていた自分。素直になれなかった言葉。胸の奥でうずまいていた想い。
「……あなた、本当に変な人」
そう言いながら、傘を少し傾けて、梨々香の頭にそっと近づける。
「でも……今日会えた。来てくれて、ありがとう」
梨々香のその言葉に、蘭の胸がかすかに震えた。
「織谷さん濡れてるから……私の家、寄っていかない? タオルもあるし、着替えくらいなら――」
ふいにかけた言葉に、梨々香は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……じゃあお言葉に甘えて。少しだけ、お邪魔しようかな」
その微笑みに、蘭の心がわずかに和らぐ。差し出された傘の中、二人で一歩を踏み出そうとした――その時だった。
――♪ プルルルル……
「……っ!」
梨々香のポケットの中で携帯が震えた。彼女は一瞬動きを止め、画面を見るなりその顔色が見る間に変わった。
「……お母様……」
蘭がその言葉を聞き取る前に、梨々香は電話に出た。
「はい、すみません……いえ、今すぐ帰ります……申し訳ありません、すぐに……」
まるで誰かに責められているかのような、怯えたような声。先ほどまでの柔らかな笑顔は、見る影もなかった。
蘭は一歩後ろに下がり、梨々香の顔をまじまじと見つめた。
「織谷さん……?」
呼びかけようとしたその瞬間、梨々香はパッと顔を上げ、ふるふると小さく首を振る。
「ごめんね、蘭。今日は、行けない。また……ね?」
それだけ言うと、彼女は踵を返して雨の中へと駆け出していった。蘭の傘の中から飛び出し、びしょ濡れになりながら、まるで追われるように。
「……織谷さん……!」
追いかけようとした足が、ふと止まる。ポケットの中でスマートフォンが振動していた。
【買い物はまだ?雨強いから気を付けてね】
……ああ、自分は今お使いの途中だったんだ。
その現実が蘭の胸に少し冷たい重さでのしかかる。梨々香を追いたい。でも、自分には自分の“家”がある。
傘の中、蘭は濡れた地面を見つめながらただ立ち尽くしていた。




