episode26
あの日を境に、蘭と梨々香が言葉を交わすことはなくなった。
同じ学園、同じ空間にいても、互いの存在を避けるようにすれ違うだけだった。
それがどれだけ不自然なことか、周囲はまだ知らない。
けれど、麗だけは――気づいていた。
「蘭、あなた……」
ある日の放課後。テニス部の部室で、ラケットを握ったまま麗は一人つぶやく。
「梨々香を悲しませないって……そう、言ってたよね」
鏡の中の自分が、静かに怒っていた。
蘭への怒り。
それはただの怒りの感情じゃない。
“彼女を悲しませた相手”への、強い敵意。
そして――
「蘭が梨々香を悲しませるのなら私が梨々香を幸せにしてみせる。どんな形でも」
心の奥で、はっきりと誓った。
もしあの子がもう立ち止まってしまったなら自分が隣に立とう。そう決めた。
一方で、梨々香の日常は驚くほど淡々と進んでいた。
結局自分のことは自分でやるのが一番で誰かに自分をわかってもらおうと思うこと自体が間違えだったと今までの自分を否定した。
朝は早く起きて生徒会室へ向かい、昼は部活のことで後輩に囲まれ、夜は試験対策にノートを広げる。
息をつく暇もないような日々。でも、それが逆に良かったのかもしれない。
“泣いている暇なんて、ない。”
そう思えば、目の前のことに集中するだけだった。
ただ、ふとした瞬間――
ダンス部や街中に響く流行りの音源、帰るたびに通る公園、分かれ道の甘いキスの記憶。
そんなものに胸が締め付けられることはあった。
だけど涙は流さなかった。
今はただ、目の前のことをひとつずつこなすしかない。
そんな日々の中、学園には秋の訪れとともに、文化祭の準備の空気が流れ始めていた。
廊下には装飾用の紙やポスターが散らばり、クラスごとの出し物の話で盛り上がる生徒たち。
梨々香もまた、生徒会長としての役割に追われながら文化祭という大舞台に向かって動き始めていた。
季節が変わっても心の奥に残る痛みだけは、まだ癒えてはいなかった。




