episode18
夕暮れの公園。
蝉の声が遠くに響いている。
蘭はすでにそこにいた。
制服のまま、静かにベンチに腰かけて、ゆっくりと空を見上げていた。
蘭は梨々香が今日来ることをどこか予期している雰囲気で。
いつもの公園なのに、今日はなぜか遠く感じた。
「蘭」
梨々香の声に、蘭はゆっくり顔を向ける。
その顔には、どこか緊張したような陰があった。
「……噂で聞いたの。ダンスの事務所に入ったって」
蘭は目を伏せ、小さく息を吐いた。
手のひらの中、いつのまにか湿っていた。
「ごめん……本当は、ちゃんと話さなきゃいけなかったのに」
それ以上の言葉は出てこなかった。
言い訳なんてしたくなかった。ただ、事実だけを梨々香に伝えたかった。
梨々香はその顔を見て蘭に教えてもらえなかった事に嫉妬していた自分が恥ずかしくなった
そして一歩、蘭に近づいてからそっと隣に腰を下ろす。
「……蘭の夢だもん。すごく、嬉しいよ。ちゃんと選ばれたんでしょ?」
「うん」
その返事に、梨々香は小さく微笑んだ。
だけど蘭は、視線を合わせられなかった。
本当は言いたかった。
「自分なんか、梨々香の完璧な日々にはもう必要ないんじゃないか」
「あなたが忙しそうにしているたびに、私はただ立ち止まって見ていることしかできなかった」
「寂しかった、って」
でも、そんなの全部、自分勝手な気持ちだ。言う資格なんてない。
「……ごめん、ほんとに。忙しいのに、私のことなんかで気を遣わせて」
その言葉に、梨々香は首を振った。
「私の大切な人のことをなんかなんて言わないで。
蘭のどんなことにも一緒に向き合いたいって思ってる」
蘭はそこで初めて、梨々香の顔を見た。
梨々香の瞳は、まっすぐだった。
「私は蘭が好き。蘭が何を選んでも、その気持ちは変わらないよ」
その言葉が、蘭の心の奥に静かに染み込んでいく。
「……ありがとう、梨々香」
もう少し甘えたかった。頼ってしまいたかった。
だけど、それはきっとまた、今度――そう思った。
その帰り道、蘭は梨々香の手をそっと握り何も言わずただ一度だけ長く深いキスをした。
梨々香はいつものように甘い声をもらしながら、その手を離さなかった。
――けれど蘭の心にまだ引っかかっていた小さな棘はまだ、完全には抜けきっていなかった。




