episode11
「ここ……?」
梨々香が足を止めた先にあったのは見晴らしのいい高台。
茂みを抜けて小道を登った先、木々の間から夜風が吹き抜ける。
そこはまるで誰にも知られていない秘密の場所だった。
「麗が教えてくれたの。昔、練習が上手くいかない時よく来てたって」
「麗が?」
「うん。
その時にたまたまみた花火が綺麗でしかも人も来ない穴場スポットみたい。
蘭と見たいって言ったら教えてくれた。」
梨々香の言葉に、蘭はふっと笑う。
その時だった――
「……始まった」
ドン、と空が震え、色とりどりの光が夜空に咲いた。
真上に大きく開いた花火が、蘭と梨々香の頬を、赤や青に染めていく。
「……すごい……」
蘭が思わず口元を緩めて、目を輝かせる。
いつも落ち着いていて、どこか距離を置いたような彼女がまるで子供のように無邪気な顔をしていた。
「蘭……」
その笑顔を見つめる梨々香の胸が熱くなる。
蘭は花火から目を離さず、何度も瞬きしながら空を仰いでいた。
「……ねぇ梨々香、綺麗だね」
そう言った次の瞬間だった。
ぱあん、と今夜いちばんの大輪の花火が夜空に咲いた瞬間――
梨々香はそっと、蘭の唇に自分の唇を重ねた。
「……っ」
蘭の体がピクリと震える。
柔らかく、ほんの短いキス。
でも、それは確かに蘭の心に、熱く優しく届いていた。
「……り、りか……?」
蘭は目を見開いたまま、どう言葉を紡げばいいのか分からずにいた。
唇に残る梨々香のぬくもりが、じんわりと伝わってくる。
「ごめん、びっくりした? でも、私……どうしてもしたかったの」
梨々香が恥ずかしそうに笑う。
蘭は言葉を失ったまま、顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた。
「……ずるい。私、今日ずっと我慢してたのに……」
「ふふ……蘭、かわいい」
「……言わないで」
耳まで真っ赤に染めた蘭を見て、梨々香は自然と笑みがこぼれた。
クールで冷静な蘭がこんなふうに戸惑って、照れて、言葉を詰まらせて。
それは梨々香だけが知る誰にも見せない彼女の姿。
「時が止まってしまえばいいのに」
蘭がそっと手を重ねそう呟いた時、もう一度空に今夜最後の花火が咲いた。
誰にも邪魔されない、2人だけの夏の夜。
花火の音の中で、2人の心は静かに寄り添い続けていた。
花火の余韻がまだ空に残る中、2人は並んで歩いていた。
道の端に咲くあじさいが街灯に照らされて揺れるたび、浴衣の裾がかすかに触れ合う。
静かな夜道、先ほどの花火の華やかさとは打って変わってどこか名残惜しさが胸を締めつける。
「……今日はありがとう、蘭。ほんとうに楽しかった」
梨々香が振り向いて微笑む。
その表情は花火を見上げた時よりも柔らかく、どこか寂しそうだった。
「私も。……でも、もうちょっと一緒にいたかったかも」
蘭の声は、少しだけ小さくて。
梨々香と蘭が別れる交差点が見えてきたその時、梨々香がふと立ち止まった。
「……蘭、ちょっとだけ、ここにいて」
蘭が振り向くと、梨々香は困ったように笑っていた。
「なんか、帰るのが……惜しくなっちゃった」
「……梨々香」
蘭は何も言わず、ただ一歩踏み出し梨々香の顔をそっと両手で包み込んだ。
そして――そのまま、優しく唇を重ねた。
さっきのキスとは違って、時間がゆっくりと流れるような甘く深い口づけ。
ふわりと浴衣の香が混じる。
「……んっ……」
梨々香の喉から、自然と甘い声が漏れる。
蘭は少しだけ口元を離し小さく笑った。
「お返し」
囁くような声。
梨々香の頬がゆっくりと朱に染まっていく。
「……ばか」
そう言って視線をそらした梨々香を蘭は優しく抱きしめた。
「……また、すぐ会えるよ。明日も、その次の日も」
「うん……」
ようやく手を離したあとも、2人の視線は名残惜しそうに絡んでいた。
「じゃあね、蘭……おやすみ」
「……おやすみ、梨々香」
そうして、2人はそれぞれの家へと歩き出す。
けれど、心はまだ熱を帯びたままだった。




