episode9
部活の練習が終わった後の夕暮れのコート。
梨々香は荷物をまとめながらそっと麗に声をかけた。
「麗……ちょっと、相談があって」
「どうしたの?」
ラケットを片づけながら顔を上げた麗は梨々香の少し疲れた笑顔を見てすぐに察した。
「最近、部活のことも、いろんな仕事が回ってきて……少しだけ、しんどくて。
もちろん全部、任されたことはちゃんとやりたいんだけど……」
言葉を探しながら梨々香は自分の正直な気持ちを麗に伝える。
すると麗はふっと笑って軽く梨々香の肩を叩いた。
「そう思ったの、梨々香だけじゃないよ。実は私も。
だからね、もう少しみんなで分担するようにしようって、今日ちょうど考えてたの」
「え……!」
「キャプテンと副キャプテンだけで背負うものじゃないからね。
みんなで一緒にやればいいんだよ」
その言葉に、梨々香は胸の奥から安堵のため息が漏れた。
それにね、麗が言葉を続ける
「一人で抱え込んじゃう梨々香が私に相談してくれて嬉しい
また何かあったら相談して」
ずっと自分が頑張らなきゃ、と思っていた。でも麗は、ちゃんと見てくれていた。
同時に――田中先輩も、最近はやけに静かだった。
受験が本格化しているのだろう、梨々香に構う余裕もなくなったのか、あの嫌味のLINEすら来なくなっていた。
少しずつ、日常が整っていく。
梨々香は、少しでも蘭との時間を取り戻したいと願っていた。
「蘭、ねえ夏祭り行かない?」
その日、公園のベンチに並んで座るふたり。
梨々香は嬉しそうに、カバンから取り出したチラシを見せた。
蘭はそれを見て、くすっと笑った。
「行きたい。梨々香と一緒ならどこでも」
「えへへ、よかった」
素直に喜ぶ梨々香の笑顔が、蘭の胸にじんと染みた。
帰り道、いつものように交差点まで歩き別れ際。
蘭は梨々香をそっと引き寄せた。
「……キス、してもいい?」
その声が優しく響いた瞬間、梨々香の目が少し潤む。
小さく「うん」と頷くと蘭の唇が静かに重なる。
深く、熱く。
まるで何かを確かめるように何度も、何度も。
「……んっ……蘭……」
梨々香の可愛い声が夜の空気の中に溶けていく。
「可愛い……梨々香、大好き」
耳元で囁かれて、梨々香は頬を赤らめたままただぎゅっと蘭にしがみついた。
――ふたりの時間が戻ってきた。
そう実感できた夜だった。




