episode2
放課後の風が、部活終わりの校舎に冷たく吹き抜ける。
校門を駆け抜け、制服のままスニーカーで走る梨々香の息は、白く滲んでいた。
「……蘭……っ!」
あの場所に向かって、全力で走った。
それでも、少し遅かった。
公園の入り口に見えたのは、ダンス用のジャージの上からパーカーを羽織り、リュックを背負って帰ろうとする蘭の後ろ姿だった。
「……蘭!」
振り返った蘭の顔は、驚きよりも少しだけ、寂しさのにじんだものだった。
「……梨々香。どうしたの、そんなに慌てて」
「ごめんね、待たせちゃって……。部活の先輩に、ちょっと呼び止められちゃって」
「田中先輩?」
蘭の問いに、梨々香は一瞬言葉を詰まらせた。
(蘭に心配かけたくない……余計な不安を与えたくない……)
「……ううん、ちょっとした話。大丈夫だよ」
笑ってみせた梨々香だったが、蘭の目はごまかせなかった。
「そう……また、話してくれないんだね」
蘭の声は小さく、かすかに震えていた。
「え?」
「前もそうだった。私がなにか聞いても、梨々香は……何も言ってくれない」
「そんなつもりじゃ……っ」
「……でも、そう見えるの」
蘭は一瞬、視線を落としたあと、かすかに笑ってみせた。
「今日ね、少し早めに練習終わらせて、梨々香と話せたらいいなって思ってたの。でも、来ないから……また忙しいのかなって。そしたら今度は、ここでもしばらく会えないかもしれないって」
「……ごめん、蘭。本当にごめん……」
梨々香は俯き、拳を強く握りしめた。
「テニス部も、生徒会も、なんだかんだで時間がなくて。だけど、本当は……蘭に会いたかった」
その言葉に、蘭の目が少し見開かれる。
「……蘭も、大会が近いんでしょ? だから、頑張ってね。私も、頑張るから」
その言葉に、蘭はようやく顔を上げた。
「……うん、頑張る。だけど……」
すっと、蘭の手が梨々香の手に重ねられた。
「梨々香も、無理しすぎないで。……たとえ少ししか会えなくても、私は……待ってるから」
そう言って、蘭はそっと梨々香の手を包むように握り、顔を上げた。
目が合った瞬間、梨々香の胸が締めつけられた。
その瞳の奥には、優しさと、それに覆い隠された不安が確かにあった。
「……蘭……?」
梨々香がそう名を呼ぶよりも早く、蘭の手がそっと彼女の頬に触れた。
そして、迷いのない瞳で見つめたまま、蘭はそっと唇を重ねた。
それは、何かを約束するようなキスでも、強く求め合うキスでもなかった。
ただ――ここにいたという証のように、優しくて、温かくて、少しだけ切ないキスだった。
「……がんばりすぎないで」
蘭がそう囁いた時、梨々香の目に涙が浮かびそうになった。
涙が今にもこぼれそうなのに必死にこらえながら梨々香が蘭を見上げる
そんな梨々香の顔があまりにも可愛らしく蘭は思わず力強く抱きしめた。
梨々香のこぼれそうな涙をそっと自分の手でぬぐう。
「うん……行くね。明日も、朝練あるし」
背を向けた梨々香の後ろ姿は、蘭の胸に深く刻まれた。
手を伸ばしたくても、その背中はどんどん遠ざかっていくような気がした。」




