episode21
校舎の前庭に灯された灯りが後夜祭の賑わいをやさしく照らしていた。
文化祭と運動会が近い星羅学園では一般的な学校とは少し違い運動会の後にグラウンドで後夜祭が開かれる。
音楽が鳴り、ドレスアップした生徒たちが笑い合いながら思い思いのペアで踊っている。
蘭は、その賑やかな輪の外からそっと梨々香の姿を探していた。
星を模した髪飾りを揺らしながら中等部の生徒たちに囲まれている梨々香の姿が目に入る。
その顔には、いつものような笑顔が浮かんでいた。
――いま、声をかけるべきじゃない。
蘭はふと足を止め、胸の奥に微かな寂しさを抱えたまま踵を返した。
次に目を向けたのは、少し離れた場所でひとり腰を下ろしていた麗だった。
けれど彼女の元にも一人の中等部の子がやって来て丁寧にお辞儀をしながら声をかけていた。
「横浜先輩、シンデレラの演技、とても素敵でした。…よかったら、一曲、踊っていただけませんか?」
麗は少し驚いたように目を見開いたあと、すぐに柔らかく微笑み、その申し出を受けた。
蘭は、もう誰も手が空いていないことに気づき踊りの輪から少し離れたベンチに腰を下ろした。
ふと見上げた夜空には、校章にも使われる七つ星が、まるで今夜の舞台を見守るようにまたたいている。
「……ま、こういう夜もあるか」
小さく呟いたそのとき、遠慮がちに蘭に声をかける少女が現れた。
「一条さん…あの、王子様役、すっごくかっこよかったです! 私、一条さんのファンになりました…っ。よかったら、一曲だけ、踊ってもらえませんか?」
その声に驚いて顔を向けると、同じように何人もの女の子たちが次々と集まってきていた。
「私もファンです!」
「王子様が現実にいるなんて思わなかった…!」
「お願いします、先輩!」
囲まれて少し戸惑ったように目を泳がせた蘭だったが、照れくさそうな優しい微笑みを浮かべた。
「……うん。一人ずつになるけどそれでもいいなら」
その一言で、少女たちの瞳がいっせいに輝く。
蘭は立ち上がり、丁寧に一礼すると最初に声をかけた少女の手を取り、ゆっくりとステップを踏み始めた。
そのダンスは、まるで劇中の舞踏会が再現されたかのような優雅さだった。
梨々香にも、麗にも向けたあの笑顔と同じものを蘭は彼女たちにも向ける。
音楽と笑い声が響く中蘭は静かに踊り続ける。
その姿は星羅学園の王子様として今夜だけは誰かの夢の続きを生きる存在そのものだった。
「織谷先輩、もう一曲、ぜひ!」
中等科の生徒たちに囲まれ、梨々香は柔らかく微笑んでいた。
けれどその瞳は、どこか遠く、誰かを探していた。
「ごめんなさい。私、ちょっと踊りたい人がいて――」
そう言って会釈をしそっとその輪を抜け出す。
中等部の子たちからは小さなため息が漏れたが梨々香の背中を追う者はいなかった。
――蘭を探さなきゃ。
ドレスの裾をそっと手で持ち上げながら歩く中視線の先にその姿を見つけた。
月明かりと提灯の光の中で中等部の女の子と踊る蘭がいた。
しなやかな指先の動き、軽やかなステップ。
一歩踏み出すたびにその髪が流れ光を纏っているかのようだった。
「……綺麗……」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
けれど同時に、胸の奥にじくじくとした痛みが広がっていく。
その蘭をこんなにもたくさんの人が見ていて、憧れていて近づこうとしている。
梨々香だけが蘭の特別じゃないことに強い嫉妬がこみ上げた。
(やっぱり……私なんかが、踊ろうだなんて)
踵を返しかけたそのとき。
「……待ちなよ、梨々香」
ふいに後ろからかけられた声に、梨々香は足を止めた。
振り返ると、そこには麗が立っていた。
淡いブルーのドレスを身に纏いながらもどこか凛とした気配を纏って。
「蘭、気づいてるよ。梨々香のこと、絶対に」
「でも……」
「逃げるの? 蘭に会いに来たんでしょ」
優しくも鋭い言葉に、梨々香は唇を噛む。
けれど、もう一度視線を上げると――蘭と目が合った。
そして、すぐに中等部の子たちの「まだもう一曲…!」という声を背にしながらも、蘭はそっと手を振り、笑顔を見せた。
「ごめんなさい、また後で」
そう一言残すと、蘭は裾を翻しながら、迷いなくふたりの元へと駆け寄ってくる。
「……あなたを探してたの。梨々香」
その一言に、梨々香の胸が一気に熱くなった。
麗はふっと笑って、「はいはい、行ってらっしゃい」と背を押した。




