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In the luce  作者: RRR
一年生編
21/57

episode19

風が乾いてきた夕暮れの屋上。グラウンドからはリレーの練習の掛け声が小さく響いてくる。

「……最近の梨々香、また無理してると思わない?」

手すりに肘をかけながら、麗がふと漏らす。

「うん。私もそう思ってた」

隣で同じように外を見ていた蘭が、少し眉を寄せる。

「実行委員もリレーも張り切ってて、なんか……頑張りすぎてるよ。」

「だよね」

麗が頷く。

「親にいいとこ見せたいって思ってるのは、分かるの。でも、倒れたりしたら意味ないよ」

「……ほんとにね」

蘭はぽつりと言ってから、少し間を置いて付け加えた。

「麗。私さ……梨々香のこと考えると、なんか変なの」

「変って?」

麗が視線を向けると蘭はほんの少しだけ、頬を染めていた。

「ちょっとしたことで気持ちが乱れるの。嬉しそうに笑ってるとこっちまで嬉しくなるし……疲れてる顔してたら胸がぎゅってなる」

「……うん」

「この前だって何でもないことで素っ気なくしちゃって……そのあと、めちゃくちゃ後悔した。バカみたいにずっとそのこと考えてた」

蘭は手すりにそっと指を滑らせながら淡々と語った。

「私、ただ友達として心配してるだけ……じゃない気がしてきたの。こんなの、変かな」

「……蘭」

「女の子同士なのに、って、やっぱり思っちゃう。私……梨々香のこと、特別に思ってる。けどそれがなんなのかまだちゃんとはわからない」

蘭の目が、赤く染まりかけた空を見つめていた。

「……それって、きっと大切なことだと思う」

麗の声は静かに、でも確かだった。

「好きとかそういうのってさ、相手が女の子だからどうこうじゃないよ。私には、蘭の気持ちすごく素直だなって思える」

「……麗」

蘭は小さく息をつく。

「もう少し、自分の気持ちと向き合ってみようかな。そしたら、何か見えるかもしれない」

「うん。大丈夫、蘭はちゃんと強いから」

「……ありがと」

蘭が小さく微笑む。

その横顔は、少し不安を抱えながらも、確かに何かを掴もうとしていた。

夕日が、ふたりの影を長くのばしていた。






放課後の教室。窓から差し込む西日が、机の端を赤く染めている。

「……蘭って、麗のこと“麗”って呼んでるよね」

何気ないふりをしながら、梨々香は机に広げたノートを閉じた。

「え?」

蘭は席に座ったまま、少しきょとんとした表情で梨々香を見る。

「わたしのことは、織谷さんなのに」

梨々香は笑顔を浮かべているつもりだったけれどその声の奥には自分でも気づかない棘があった。

蘭は少し戸惑ったように黙ってから、ゆっくりと言った。

「……ごめん。嫌だった?」

「ううん、そういうんじゃなくて……」

梨々香は立ち上がって蘭の机の前に歩いていった。そして、勇気を出して言う。

「わたしも……“梨々香”って呼んで欲しいな」

蘭はその言葉に、一瞬だけ目を見開いた。

「……梨々香」

呼ばれた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

その声音はどこか優しくて、真っ直ぐで、想像していたよりもずっと甘かった。

心が波立つ。口の中が熱くなる。顔が火照る。

――嬉しい。嬉しすぎて、崩れてしまいそう。

「……ありがとう」

どうにかそう言って微笑んだものの、視線はもう蘭の顔をまともに見られなかった。

(駄目だ、こんなのじゃ)

自分の中の“恋”が、溢れ出しそうになる。

だけど、蘭の前でそれを悟られてはいけない。

嫌われたくない。遠ざけられたくない。

――今のままが一番いい。

そう思って、梨々香は必死に理性を手繰った。

蘭は、梨々香の様子にどこか不思議そうな顔をしていたけれどそれ以上は何も言わなかった。

放課後の静寂の中、どくどくと鳴る心臓の鼓動だけが梨々香の耳に響いていた。






ある日の昼休み。中庭のベンチに並んで座る蘭と麗。

風は柔らかく昼下がりの空気はどこか気が緩むようだった。

「……昨日、梨々香に“呼び捨てにして”って言われた」

蘭がぽつりと言うと麗は興味深そうに目を細めた。

「ふうん? それで、呼んだの?」

「うん。言われた通り、“梨々香”って」

麗は少し口元を吊り上げた。

「そっか……それ、ちょっといい材料かも」

「材料?」蘭が眉をひそめる。

「梨々香、最近なんか私たちの距離に敏感っていうか、ヤキモチ焼いてるっぽいのよね」

「……ああ、確かに。私が“麗”って呼ぶの、気にしてた」

蘭の声に少し得意げな色が混じる。

「じゃあさ、逆に私達、もっと仲良さそうにしてみようか? あからさまじゃなく、自然に。でもちょっとだけ梨々香がモヤッとするくらいに」

「……おもしろそう。やってみたい」

蘭が珍しく、いたずらっぽく笑った。





その作戦は、静かに始動した。

休み時間。教室の隅で蘭と麗がふたり並んで笑い合っている。

蘭が何かを耳打ち、麗が「やだ、なにそれ~」と肩を揺らして笑う。

蘭はその横顔をじっと見つめて楽しそうに微笑んでいた。

その様子を見てしまった梨々香は思わずペンを強く握りしめた。

「……なんで、あんなに楽しそうにしてるの……?」

胸が苦しかった。

自分の知らない蘭の顔が、麗には見せられている気がして――たまらなかった。

蘭の笑顔が、麗のほうに向けられていることが、悔しくてたまらない。

けれど、自分のこの気持ちは、決して口にしてはいけない“恋”だ。

(私は……蘭が好き。たぶん、そう。でも……)

――女の子同士なんて、絶対にありえない。

蘭に気づかれたら、きっと拒絶される。だから言えない。

その夜。布団の中でひとり、蘭と麗が並んでいたあの光景を思い出して涙がこぼれそうになる。

こんなに、誰かを好きになったことなんて、なかった。

恋がこんなにも苦しいものだとなんて知らなかった。





放課後、誰もいない教室。

蘭はカーテン越しの夕陽を受けながら、自分の机に座っていた。

(今日の梨々香……)

お昼、いつもなら明るく声をかけてくれるのに、どこかよそよそしかった。

目が合ってもすぐに逸らされ、まるで何かを避けるように。

そして、あのとき――

「蘭って最近仲良いよね、麗と」

そんな何気ないクラスメイトの一言に、梨々香の肩がわずかに震えたのを蘭は見逃さなかった。

(あれ……まさか、嫉妬……?)

思わず胸がどくんと跳ねる。

“梨々香が、私に嫉妬?”

(でも、どうして……)

蘭の中に、答えの出ない疑問と、微かな期待が生まれる。

――もしかして、梨々香も、私と同じように、心が揺れてる?

そう思った瞬間、鼓動がまた速くなる。

けれど同時に、今まで感じたことのない怖さもあった。

(もし、そうなら……私はどうしたらいいの?)

友達として仲良くしていたいだけなら、こんなに不安にはならないはず。

けれどそれが「恋」だとしたら。

梨々香が“女の子”で、“私”も女の子で――。

「……そんなの、変だって思われるのかな」

ふと呟いた声が、自分の不安を確かにした。

けれど、確かに今、心の中にあるぬくもりも否定できなかった。

(私は、梨々香に……何を求めてるんだろう)

そんな戸惑いを抱えたまま、蘭はゆっくり立ち上がった。

梨々香にもう一度、ちゃんと目を向けたくて――

けれどその想いが、どこに向かうのかは、まだわからなかった。







夜。ベッドの上。部屋の明かりは消え、カーテンの隙間から漏れる月光だけが梨々香を照らしていた。

(…私、何してるんだろう)

仰向けのまま、天井を見つめながら、梨々香は静かに息をつく。

運動会の準備に追われる日々。

実行委員として忙しくしながらも、蘭の言動が頭から離れない。

今日もまた、麗と蘭が仲よさそうに話していた。

それだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。

(蘭が楽しそうだと嬉しいのに……でも、私じゃなくて麗といるときの蘭を見ている時どうしてこんなに苦しいの)

理由なんて、とっくに気づいていた。

でも、認めてしまえば全てが崩れる気がして目を逸らしてきた。

蘭の声、蘭の笑顔、蘭の指先、蘭のダンス。

全部が愛しくて、全部が苦しかった。

(この気持ちは、友達のそれじゃない)



「ばれたら、蘭に……嫌われる」

ぽつりとこぼした声に、自分で心が折れそうになる。

蘭は優しい。でも、優しいからこそ、私の想いに気づいたら…きっと困らせる。

もう今の関係にすら戻れなくなる。

(だったら、ずっと隠していなきゃ)

そう思うのに、心は泣き叫んでいた。

「しんどいよ……蘭……」

枕に顔を押しつける。

静かな部屋に、抑えた嗚咽だけが響いた。




次の日から、梨々香はより一層“優等生”として振る舞うようになる。

表面上は変わらない笑顔で、誰にでも丁寧に接し蘭にもいつも通りに接する。

でもその裏で少しずつ梨々香の心は削られていた。

運動会が近づく。

「今度こそ親にいい姿を見せる」――それが彼女を支える唯一の柱だった。

けれどその柱は蘭への想いを隠しながらの努力によって次第にひび割れていく。



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