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In the luce  作者: RRR
一年生編
20/57

episode18

教室の扉が、ゆっくりと開く。

車椅子に座る梨々香の背に蘭の手がそっと添えられていた。

誰よりも静かな足音で二人が教室に入ると、そこにいた全員が一斉に顔を上げた。

一瞬の沈黙――

梨々香は、息を呑む。

(……怖い)

みんなの顔が見られない。

自分が倒れたせいでクラスは混乱した。

劇の主役を急遽代役を立てさせた。

自分のせいで――

「梨々香、おかえり!」

その言葉を最初にかけてくれたのは前の席の子だった。

続いて、あちこちから声が重なる。

「無理しないでね!」

「ちゃんと休めた?」

「心配してたんだよ、もう元気そうで安心した!」

どの声もあたたかくて、やさしくて。

叱る声も、責める目も、ひとつもなかった。

――こんなに優しい世界があるなんて。

堰を切ったように涙が頬をつたう。

声にならない嗚咽がこぼれても誰も笑わなかった。

ただ、そっと見守ってくれる。

その輪の中に麗もいた。

そして、車椅子の取っ手を握る蘭もまた穏やかな眼差しを梨々香に注いでいた。

教室の空気は、梨々香を包みこむように、あたたかく揺れていた。






それから数日――

梨々香はもう、車椅子を使っていなかった。

疲れやすさはまだ少し残るけれど、笑顔も声もすっかり元通りだった。

HR、教室に入るとどこかざわざわした雰囲気があった。

「え、なに?」

不思議に思って問いかけると麗が言った。

「この前、劇できなかったでしょう? あの日の続きを――もう一度、シンデレラをやろうって話になったんだ」

「え……」

「ううん、続きじゃなくて、最初から。ちゃんと梨々香が主役でね」

驚いている梨々香に、麗はにこりと笑った。

「これは蘭の提案だったの」

振り返れば、蘭が照れくさそうに視線をそらした。

でも、その口元はちゃんと優しい笑みを浮かべていた。

「……一度きりなんてもったいないって。

梨々香のシンデレラはきっと、もっとたくさんの人に届くから」

梨々香の胸にまたひとつ、あたたかな涙がこみ上げた。

(――ありがとう、蘭。ありがとう、みんな)

そして、今度こそ――



「舞踏会?私が行っていいの?」

教室の空間が、物語の世界に染まっていく。

再演――星羅学園高等部一年A組、シンデレラ劇。

主役は梨々香、王子様役は蘭。

クラスメイトしかいなかった講堂には次々と別のクラスの生徒たちが集まり満杯になっていた。

演じる者も、観る者も、あの日の続きを待っていた。

「でも、私を呼んでくれたのは、あなた……ですよね?」

梨々香は自分の口から流れる台詞に驚いていた。

数日間のブランクが嘘のように、セリフも動きもすらすらと出てくる。

きっと、体が、心が、覚えていたのだ。

それほどまでにこの役を、この物語を、大切に思っていたのだと気づかされる。




やがて舞台はクライマックス――

毒の呪いで倒れたシンデレラ。

その傍らにひざまずき、王子様が立ち上がる。

「――あなたのために、私は踊る。たとえ……誰がそれを笑っても」

蘭の踊りは、以前よりもずっと柔らかくしなやかで、あたたかい。

それは“誰かのために踊る”ことをようやく手に入れた王子のダンスだった。

梨々香は舞台の中で眠りながら、その足音を感じていた。

(蘭……)

そして、ラストシーン。

王子がシンデレラにそっと顔を近づける。

――その瞬間。

「わっ!」

カメラ役の子が手を滑らせ、床にレンズカバーを落とした。

“カラン”という音が、空気を裂く。

その一瞬の緊張に、蘭の肩がびくりと動き――

「っ……!」

梨々香の唇に、蘭の唇が、ほんの一瞬、触れた。

一瞬の静寂。

二人の間に流れたのは、時間ではなく“気配”だった。

梨々香が見上げた蘭の瞳。

蘭が見下ろす梨々香の顔。

ただ、見つめ合う。

そして――幕が下りる。

拍手が鳴り響く中、梨々香は控えめに口元をおさえ、顔を赤く染めていた。

(……今の、まさか……本当に……?)

緊張で震える指先。

早鐘のような鼓動。

でも、蘭はいつも通りだった。

いや、いつも以上に“無表情”で、何事もなかったかのようにクラスメイトに一礼していた。

(……勘違い……だったのかな……?)

あの感触も、目が合った時の温度も、全部。

そう自分に言い聞かせながら、梨々香は目を伏せた。

その様子を、舞台袖からにこにこと見守っていたのは――麗だった。

「ふふ、やっぱりシンデレラは、梨々香じゃなきゃ」

と、小さくつぶやいて。





あの日のキス――いや、「事故」だと頭ではわかっている。

でも、心が、忘れてくれなかった。

(あれは、ただの……演技の、延長で……偶然で……)

教室の窓辺に座って梨々香は静かにノートをめくる。

いつものようにみんなに笑って、挨拶して、誰にも気づかれないように。

けれど胸の奥で、今までと何かが確かに違っていた。

(蘭の踊りが好き。蘭の声が好き。蘭がわたしを見てくれると……嬉しい)

そこまでは、ただの「憧れ」や「友情」だと信じていた。

でも、あの日の舞台。

シンデレラとして、王子様に踊ってもらったあの時間。

あのキスのあとに見つめられたあの瞬間――

(私、蘭のことが……)

言葉にしようとしただけで、心臓が跳ねる。

でもすぐに、もう一人の自分がそれをかき消す。

(だめ。私も、蘭も……女の子なのに)

その気持ちがもし蘭にばれたら、きっと嫌われる。

「気持ち悪い」と、遠ざけられるかもしれない。

(だったら、いっそ……この気持ちは隠そう)

そう、決めた。

例えどんなに辛くてもそばにいられるだけでいい。

今まで通りの「友達」として。





けれど――

「織谷さん、今日一緒に帰らない?」

「織谷さん、ここわからなくて。教えてほしいの」

蘭は無意識のまま、どんどん距離を詰めてくる。

自分の弱さや、過去のことさえも少しずつ話してくれるようになった。

梨々香だけに向けられるその優しさに、胸が締め付けられる。

(知らないで……お願い。これ以上、優しくしないで)

恋をしてしまった梨々香と、

まだ何も知らないまま心を開く蘭。

ふたりのすれ違いは静かに、けれど確実に始まっていた。


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