episode12
教室の前方に立つのは、文化祭実行委員の織谷梨々香と横浜麗。
黒板には「文化祭クラス劇案:シンデレラ」と大きく書かれていた。
「じゃあ、主役のシンデレラ役は……梨々香がいいんじゃない?」
誰かの声に教室がどよめく。
「ええっ、確かに似合うけど……!」
「王子役誰がやるの? 麗? 最高すぎる!」
次々に声が上がり、笑いと拍手が起こる。
麗は腕を組んだまま苦笑し、隣の梨々香を見つめた。
「ちょっと待って。梨々香は毎日遅くまで部活もあるし、実行委員もやっているでしょう?主役なんてやっている時間あるの?」
その言葉に、一瞬静まり返る教室。
けれど梨々香は少し驚いたように麗を見たあと優しく微笑んだ。
「ありがとう、麗。でも、私……やってみたいの。せっかくの文化祭だしみんなと一緒に楽しみたいから」
その笑みに、麗は言葉を飲み込む。
「……無理は、しないでよね」
「うん。ありがとう」
そうして、拍手が再び教室を包んだ。
「蘭さんに王子様やってもらうって? 勝手に決めてよかったの?」
放課後の中庭ベンチにて麗の友達が麗に尋ねる。
麗は腕を組み、少しだけ不安げな顔をした。
「梨々香以外のクラスメイトには一応相談したよ
……正直、彼女が私の提案を受けるかどうかはわからない。
でも、私は見たい。二人がまたちゃんと向き合うところを」
「うまくいくかな?」
「わからない。でも、蘭さんなら来る。……きっと」
「ううん。私のせいであんなことになったから。絶対にうまくいくようにする。私が少しでも繋げたい。梨々香が本当に笑えるようになるために」
「……王子様役?」
蘭は教室の隅、窓辺に立ち窓の外を見つめたまま低く言った。
「文化祭の劇で。あなたにやってほしいの」
「どうして、私?」
「あなたの萌芽私よりも似合うと思う。それに、梨々香と仲直りしてないよね?だからあの子は色んなことを一人で抱えてると思う」
蘭はその言葉に、そっと目を伏せた。
「……私でいいの?」
「あなたがいいの。梨々香きっと最初は驚くと思う。でも、嬉しいはず。梨々香は一条さんが好きだから。」
「……考えておくわ」
蘭は麗のいつもに増した真剣な言葉に短くそう答え、窓の外にそっと視線を戻した。
舞台の隅で台本を読みながら、梨々香は小さくあくびを噛み殺した。
文化祭実行員の仕事、部活、勉強、劇の準備……全部を抱えた日々が彼女の肩を静かに、しかし確実に重くしていた。
そんな梨々香に麗が声をかける。
「休んでいいよ、梨々香。私だけでも練習は進められるし」
「ううん……大丈夫。舞踏会のシーンだけ、もう一度やってから、ね」
梨々香がそう言って立ち上がったそのとき、講堂の扉が静かに開いた。
「……遅くなったわ」
そこに立っていたのは、一条蘭。制服の上から軽く羽織ったパーカー姿で、王子様役の台本を片手に持っていた。
「蘭……さん?」
驚きとともに、梨々香の声が少し揺れた。
その隣で、麗はにこりと笑う。
「よかった。間に合ったね」
蘭は静かに梨々香の前まで歩み寄る。
「麗さんに言われたの。あなたの王子様になってって」
梨々香は、しばらく何も言えずに立ち尽くしていたが――
やがてふっと、安堵のような微笑みを浮かべた。
「……うん。来てくれて、ありがとう」
仮設のシャンデリアが照らす舞台の上、スポットライトの元へシンデレラと王子様が向かい合う。
軽やかな音楽が流れる中蘭の手が梨々香の腰に添えられ、もう片方の手がそっと彼女の指を包む。
「いくわよ」
「うん」
足取りがそろいくるりと回る梨々香。蘭のリードは完璧で、流れるようなステップに思わず周囲が息を飲む。
その一体感はまるで本物の王子様とシンデレラのようで見ていたクラスメイトから歓声が上がった。
「すごい……一条さん、本当にダンス上手い……」
「梨々香ちゃんも! 二人ともまるでプロみたい……!」
拍手が鳴り響く中、照れたように微笑む梨々香の横で蘭は静かに一礼する。
その後、脚本係の生徒が手を挙げた。
「シンデレラに嫉妬した継母が毒を盛るって展開どう? 呪いがかかって、真実の愛のキスでしか解けないの」
「それいい! あ!王子様が一人で“本当に愛する者”のためだけに踊るシーン入れようよ! 一条さんのソロ!」
賛同の声が広がり、あっという間に採用が決まった。
蘭がそんな会話に少し困ったような顔で聞いているのを梨々香は見逃さなかった
数日後
最後の一人ダンスの練習に蘭は苦戦していた。
振り付けは完璧でも、動きに何かが足りない。心が追いついていないのだ。
「……今までは、私は何のために踊っていたの?賞を取るため、評価されるため……“誰かのためだけに”って、わからない」
静かに呟く蘭の隣に、梨々香がそっと座る。
「それでも……蘭は、踊ってくれてる。私のために」
「あなたの……ため?」
「うん。蘭に話したいこといっぱいある。でも、あの雨の日も、文化祭の練習も、今も蘭がそばにいてくれて私はずっと救われてる」
蘭は黙って梨々香の横顔を見る。その目は赤くでも強い光を宿していた。
「……私、蘭のダンスが好き。だから付き合わせて。蘭が納得いくまで付き合うから」
「……いいの?」
「もちろん」
それから夜遅くまで、蘭と梨々香は講堂で練習を繰り返した。
踊るたびに、蘭のダンスは少しずつ変わっていった。形ではなく想いが宿っていく。
それはまさに、たった一人の“シンデレラ”のために踊る、心からのダンスだった。




