episode10
梨々香side
テニス部の練習が終わると、私は今日も一番にコートを出た。
麗には「先に帰るね」と笑って手を振ったけれど、いつもそれ以上は言えなかった。
うまく隠しているつもりだったけど――今日ばかりは違った。
「ねえ、梨々香。ちょっと待って」
校門を出たところで呼び止められ、私はびくりと肩を震わせた。
振り返ると、そこには麗が立っていた。
あの頃から変わらない、真っ直ぐな眼差しで私を見つめている。
「最近、部活終わったあといつもすぐ帰るよね。なんかあるの?」
「……べつに。家の用事とか」
嘘だった。言い訳ももう慣れてしまっていた。
けれど、今日の麗は引き下がらなかった。おそらく昨日のことがあったからだろう。その目は私がまた何か大事なことを隠して苦しんでいるのではないか、と言いたげな不安そうな瞳だった。
「じゃあ、一緒に帰ろう?」
そう言って、私と並んで歩き出す。
断れなかった。
言い訳が咄嗟に浮かばなかった。
そして、公園の前。
足を止める私を見て麗が不思議そうに言った。
「ここで何かしてるの?」
答える前に、視線の先――ベンチのほうを見つめて、私は口をつぐんだ。
「ここで……人と、会ってるの」
言葉を選びながら、私はそっと口を開く。
麗が黙って私を見つめる。
「その人と、ダンスを通して話すっていうか……秘密なんだ。二人だけの、って決めたことだから」
本当は、こんな形で誰かに話すつもりじゃなかった。
でも、麗になら。
そう思ってしまった自分に、どこか後ろめたさがあった。
「ふーん」とだけ麗が言って、少しだけ口元をゆるめた。
「梨々香が“秘密”って言うなんて、なんか珍しいね。でも……なんか、いいな。ちょっと妬ける」
そう冗談交じりにいい、理由もわかったし私は帰るねと麗が踵を返した時だった。
麗の足が止まった。
「あ、一条さん…」。
慌てて麗を隠そうと本能的に麗の前に立った
「……なんで、横浜さんがここにいるの」
静かな声。
でも、私の胸に刺さるには十分すぎる冷たさだった。
蘭が、公園の入り口に立っていた。
私は思わず駆け寄ろうとした。けれど、蘭は一歩も動かない。
その瞳は、私ではなく――麗を見ていた。
「どうして、横浜さんがここにいるの」
蘭の口調に、苛立ちが混じっているのが分かった。
(違う……違うのに)
私の心臓が、どくん、と高鳴る。
説明しなきゃ。でも、言葉が――出てこない。
「あのね、違うの、蘭。これは……!」
けれど、蘭はもう私の言葉を聞いていなかった。
誤解が、確実に広がっていく音がした。
私はその場に立ち尽くし、必死で何かを伝えようとしていた。
けれど、間に合わなかった。
蘭の背中は公園を去っていった。
私は蘭のことを何も知らなかった。
蘭がどうして踊っている姿を見られたくないのかも。
蘭になんて声をかけるのが正解なのかも。
蘭の“秘密”は、最初から何も守れていなかったのかもしれない。




