二十数年前別荘にて 二
※とあるミステリーの真相について触れています。未読の方は先に進まないでください。
二十数年前別荘にて 二
二階の寝室に、社長に案内された。ベッド脇の女性――社長の婚約者と紹介された女性が怪訝な顔でこちらを見ている。
それは私のサングラスとマスクのせいだろう。しかし、私はマスクもサングラスも外すわけにはいかなかった。
「首無し死体――よくできてるでしょう」社長が言った。
「やはり作り物ですか?」
「ええ、人体模型ですよ」
社長の説明によれば、この別荘はとあるミステリー作家の未完成のミステリーに出てくる別荘を模して建てられたとのことだった。
「彼女との婚約パーティにそのミステリー作家も招待してるんでね。ちょっとしたドッキリをね」
社長の説明はわかったが、それを何故私に――
私の心を読んだように――
「あなたが隠しカメラのシステムを構築したと聞いたのでね。ちょっと協力願えれば――」
「協力? どんな?」
社長の説明だと、そのドッキリとは、ここで殺人事件――勿論ドッキリだが――を起こすのだが、できる限りそのリアルな映像を残したいとのことだった。
「これがね、ちょっと」
婚約者が生首のおもちゃを持ってきた。明らかにおもちゃとわかるチープで稚拙な生首の模型――それがベッドの首無しの人体模型の首の部分に置かれる。
――滑稽だった……
――おどろおどろしさは皆無で滑稽だった……
「やはり、これはひどいな」社長が呟く。
「そうですね」私が頷くと、
「ちょっと映像を見せてくれませんか?」社長が部屋を出ていく。
私も社長の後を追い、階段を一階に降りる。
奥のサーバーを置いている部屋で、社長と二人でカメラの映像を確認した。
「ちょっといいかい?」社長は携帯電話でそう言った。
相手は二階の婚約者のようで、二人であーだこーだと話を始めた。
「首を切ってみて」
社長の指示で婚約者が包丁で首を切断した。というか元々、首は切断されているのだが……
「駄目ですね。作り物なのが丸わかりだ」社長が落胆の声を上げる。
「顔を隠したらどうです?」思わずそう言ってしまう。
「近くに鬼の仮面があるだろう? それを――」
社長の指示に婚約者が従う。
「少しはマシかな……」社長が腕組みをする。
「いっそのこと、うつ伏せにしたら?」
私の提案を社長が受け入れてくれた。
社長の指示で婚約者がベッドの上の人体模型をうつ伏せにし、鬼の仮面をつけた生首のおもちゃもうつ伏せにした。
「これが一番ごまかしが効きますかね……」
「うーん、微妙かも……」私は素直な感想を述べた。
「じゃあ、今度は――」
社長の指示で婚約者は――
「おっと、ちょっと失礼」
社長が画面を手で覆った。婚約者が服を脱ぎだしたからだ。
「あの娘は行動がまるで子供のところがあってね。カメラで見ているというのに――」
社長が画面から手を離すと婚約者がネグリジェに着替えていた。人体模型とお揃いだった。
おもちゃの生首と人体模型に代わって、婚約者がベッドに横になった。
「うつ伏せになってみて」
社長の指示に婚約者が従った。
「体形はそっくりでしょう? 人体模型はあの子から直接型を取って作ったんでね。ただ、あの生首のおもちゃがね……」
「で、どうするんです?」
私は思わず、そう訊いてしまった。
「協力してもらえませんかね?」社長が悪戯っぽい顔で私の顔を見た。
私は何も返事しなかった。
「じゃあ、考えといてください」
別荘を去る前に社長にそう言われた。
「いや、しかし、社長……」
「まあ、いい仕事を期待していますから」社長は笑った。「まだ専務なんですけどね。婚約パーティーが終われば、晴れて社長です。まあ、一子会社ですけどね」
* * *
その一週間後、別荘で婚約パーティが催され……
あの惨劇が……
――協力とは?
社長に頼まれた協力とは何だったのか?
前述の文章ではまだ舌足らずだが……
詳細を書けば……
いや、それはまだ書けない……
ああ、それと……
――採用とは……
こちらは書いても差し支えないだろう。
社長の企みはパーティーに出席するミステリー作家に対してドッキリを仕掛けること。
「パーティー会場でマスクとサングラスで変装した男がウロウロしていたら、それなりに不気味で面白いんじゃないですかね?」社長はそう言って笑った。
つまり、ドッキリの演出の一つとして私の扮装――マスクとサングラスを採用したい、とのことだった。
「よかったら、あなたもパーティに来られませんか? マスクとサングラスのその装いでウロウロしてくれたら助かります。適当にオードブルでもつまんで、ビールでも飲んでいただければ」
確かにそのパーティーの日、私はマスクとサングラスをしてそのパーティーに……
まあ、すぐに恥ずかしくなって変装はやめてしまったが……
あのパーティーで私は仕事のことばかり考えていた。
フリーで始めた仕事は稼ぎも少なく、正直辞めたかったし……
いつまでもアルバイトというわけにはいかなかった。
そして確かにあの惨劇が別荘で起こったのだが……
私にとってはそれよりも重要な……
あのパーティは、次の仕事――つまりは今の仕事につながる重要なきっかけだった。
パーティー会場のあの別荘で、黒川さん他、数名のその企業グループ親会社のエンジニアと情報交換ができたのだ。その情報もあって、私はとある医療センターのSEの職につくことができたのだ。
実は少々やばい仕事……
その医療センターは地下である人体実験を行っていた。
そして、その人体実験に協力できるSE――システムエンジニアを探していたのだ。