このミステリーは一体? (探偵から見て)
※とあるミステリーの真相について触れています。未読の方は先に進まないでください。
このミステリーは一体? (探偵から見て)
「このミステリーは、つまり? 一言で言うと?」神が訊く。
「密室物でしょう」探偵が断言する。
探偵は話を続けた。
ほんとは密室物が書きたかったんです。
本格と言えば密室ですから。
尾崎諒馬のデビュー作「思案せり我が暗号」にそうあるんですよ。彼は本当は密室物が書きたかった。
ええ、それが「針金の蝶々」だったわけです。
しかし、それは未完成のまま、暗礁に乗り上げていた。本人も完成に程遠いと諦めていた。
恐らくその密室トリックは……
例えば、針金の蝶々は形状記憶合金でできていた!
そういう陳腐な物理的なトリックなんじゃないか? と思いますが……
「なるほど」神が頷く。「しかし、実際はただのドアチェーンだった」
探偵は頷いて話を進める。
尾崎諒馬が書こうとしていた本格ミステリー「針金の蝶々」と、それが発端になって実際に起こった、まるで本格ミステリーのようなあの事件――
あの事件は決して尾崎諒馬が計画して実行した事件ではなく、彼が巻き込まれた事件――それは間違いないでしょう。
彼が最後勝男を斬首して殺害したのだとしても、それは計画犯罪ではなく、事件に巻き込まれた結果なのでしょう。
甘いですかね? まあ、事件から二十年以上経過してますし、一応、司法で決着はついている事件ですし……
とにかく言いたいのは……
あの事件は密室の謎がすべて!
犯人は判明しているから、フーダニットではない!
如何にして密室は構成されたか?
そういうハウダニット!
「密室の謎」神が呟く。「その前に密室は何故、密室殺人なのでしょう?」
探偵はなるほどという顔で話を続ける。
曲がった針に糸を付けてドアの隙間から操作する。
雪玉で掛け金を固定し雪が解けたら掛け金が落ちる。
それに類似して……
形状記憶合金でできた針金の蝶々
つまり密室トリックがそういう「犯人は外にいて、中から部屋に鍵を掛けるトリック」ということなら、何も中に他殺体がある必要はない!
あの事件も首のない人体模型が――リアルな人体模型があったわけで、それを離れに放り込んで密室を構成すればよかったはずですよね。
近藤夫妻――現実世界では尾崎夫妻は尾崎諒馬にドッキリを仕掛ける計画を立てたわけですから……
しかし実際に殺人事件が起こった。
最初の姉良美殺害の犯人……
いや、これは置いておきましょう。
次の良美ちゃん――旧姓祐天寺良美殺害の犯人は近藤社長――つまり勝男。
この殺害現場――母屋二階の寝室は密室ではなかった。
最後の近藤社長――勝男殺害の犯人は尾崎諒馬=鹿野信吾。
この殺害現場――離れは密室だった!
「ちょっと異議がありますが……」神が遮る。
探偵はほくそ笑んで、話を続ける。
まあ、いいじゃないですか……
離れの殺人の犯人、尾崎諒馬=鹿野信吾は、針金の蝶々なしで――つまりドアチェーンでも密室が構成できた。
で、あれば――
なぜ首を撥ねたんでしょうか?
凶器の牛刀は密室の中にあった!
何故? 自殺に見せかけて殺さなかったのでしょうか?
密室の中に死体と凶器があれば、自殺に見せかけることができる。
そもそも密室とはそういうものでしょう?
虚無への供物の最初の二つの密室……
密室ゆえに――
最初の密室は病死!
次の密室は事故死!
そう警察は判断を下した!
密室とは本来そういうものでしょう?
「いや、それでは――」神が口を挟む。「祝福された死にはならない」
探偵は笑って話を続ける。
なるほど、本格ミステリーとはそういうものなのかもしれませんね。
密室は密室殺人でなければいけない。
殺人――つまり殺意があって人を殺す!
動機が重要ですね。
「母屋二階の殺人は――」神が呟く。「実は事故だったのかも……」
なるほど。うっかり瀉血処理を終わらせるのを失念してしまった、とかですか……
つまり殺意――動機はなかった。
母屋二階の「心臓を抉って斬首」、それは死体に対して行われた!
確かに勝男のサイコパスの猟奇性が発揮されたが、殺人ではない。
ただの死体損壊!
確かにそれは犯罪ですが、その刑は殺人より遥かに軽い!
この犯罪の法定刑は3年以下の懲役です。
しかし、離れの殺人は――
笑っている勝男を尾崎諒馬=鹿野信吾がいきなり斬首している。
斬首の後、心臓を抉っている!
殺意は明らか!
その動機は?
「その動機は?」神が促す。
いや、これが本格ミステリーだったら……
そんなことで人を殺すだろうか?
そういう動機なのかもしれませんね。




