回想する鹿野信吾(尾崎凌駕との会話)
※とあるミステリーの真相について触れています。未読の方は先に進まないでください。
回想する鹿野信吾(尾崎凌駕との会話)
「机上でミステリーを書いている時と、実際に経験するのはまるで違うんだ。記憶も定かではないし、事件当時の恐怖と混乱は凄まじかった。白状する、僕は本当に臆病者なのだ。ホラーとか怖くて読めない……」
確か私はそう言った。
「生首……、それに首のない死体……」
尾崎凌駕も同意してくれた。
「そうだ。いや、それよりその切断面が……」私は怯え切っていた。「今、思い出してもぞっとするのだ」
「なるほど」尾崎凌駕が理解を示した。「何が祝福された死だ、と」
「そうだ。予想され、期待される光景……。ミステリーなら当然の光景……」
「何か、そう書いてあったな。君は近藤社長の斬首された切断面をハッキリと見た?」
「ああ、おぞましい……。君も見たんじゃないのか? 切断面を」
「俺が?」尾崎凌駕が怪訝な声を上げる。
「近藤名誉会長は切腹して――」
「ああ、あれか――確かに介錯されて……。確かにおぞましい映像だった」
「僕は近藤社長の斬首された生首も胴体側の切断面も実際に見たんだ。死体の頭のあるべき空間に何もなくて……、ただその切断面が……。上が尖った三角屋根とその下の丸みを帯びた四角の骨――それが頸椎だった。更にその下に開いた食道と気管二つの孔がポッカリと――。二つの頸動脈の出血はそれ程でもなくて、それもあって、首の断面の組織がありありと、手に取るようにわかって……」
「やめてくれ、近藤名誉会長のやつを思い出してしまう」尾崎凌駕が首を横に振る。
「小説家なら一つ一つ克明に描写するべきなんだ。埴谷雄高がプルーストを褒めていて、花が散る描写を――」
「もういいよ」尾崎凌駕が遮った。
「そうだな。僕も思い出したくない。ただ僕はあの時、ハッキリとそのおぞましい近藤社長の斬首された首の切断面を見たのだ。ベッドの上で――」
「離れで見て気を失った、予想され、期待された光景がそれなんだな」
私は沈黙する。
沈黙せざるを得ない……
予想され……
期待されたのは……
それではないのだ!
切断面ではないのだ!
――記号化すれば更に見やすい……
これでも特徴はつかめているな……
――しかし変だな?
何かが可怪しい気がする……
国構え、合、呂、チョンチョン、チョンチョン。
――これは一体?
そう、尾崎凌駕は何かに気付いた!
「何かがおかしい? そう思わないか?」
しかし、私は返事をしなかった。
返事できるわけがない……
尾崎凌駕は会長の首の切断面を見てスケッチし、
この創作漢字を作り出した。
私はあの事件時の社長の首の切断面を思い出している。
二つの切断面には決定的な違いがあるはず……
会長はうつ伏せ……
社長は仰向け……
しかし、私にとって……
上が尖った三角屋根とその下の丸みを帯びた四角の骨――それが頸椎だった。更にその下に開いた食道と気管二つの孔がポッカリと――
つまり、社長もうつ伏せ……
それが何を意味するか?
私に返事できるわけがない……
ただ、尾崎凌駕は……
探偵は気づいていたのだ……




