首は生きている
※とあるミステリーの真相について触れています。未読の方は先に進まないでください。
首は生きている
二人は再び人体標本室に戻った。
黒川は四万本の電極が脳髄に突き刺さった生首標本の前で脚を止めた。隣には一万本電極の生首と――
少し離れて小説内で二人の良美、または勝男と良美と紹介された生首標本がある。
「あなたが顔を知っているのは勝男と首猛夫だけでしたっけ? 二人の良美は?」
「知っていますよ。会長とは長い付き合いでしたしね。ただ、佐藤稔――小説内でいえば、水沼、ペンネーム坂東善は顔は知りません」
「あのミステリーでも黒服は確かそう言っていましたね。尾崎諒馬――小説内で鹿野信吾、彼も本名佐藤稔ですが、彼の顔も知らない?」
「ええ、新聞記事に写真が載っていたそうですが、そんな有名な作家でもないし、小説にその新聞記事の写真が画像として載っていましたが、顔にはモザイクが……」
「顔にモザイク……で、生首の標本だと顔のパーツが無くなって脳髄が剥き出しに……」
「惨いですね」
「ええ」
「首は生きている。生きている首……生首」黒川がまたその文言を口にした。
「いえ、首は死んでいます」私がポツリと言う。
別にうんざりしたわけではなかった。
「首猛夫は雇用されているわけではなく――つまりフリーランスで、苗字は佐藤」黒川が唐突に言う。
私は観念した。
「この小説『求めよ~』に私は、
コンピューター・エンジニアとして大手メーカーに就職したが、数年で退職し、とあるフリーの仕事――エンジニアではない――をすることになった。だが、そのフリーの仕事も少しもうまく行かず……
そう書いてますね」
「エンジニアではないフリーの仕事――殺し屋ですか?」黒川が笑った。
私も笑ったが、否定も肯定もしなかった。
「アルバイトで糊口を凌いでいた――って、殺し屋の仕事はお金にはならなかった?」
「しかし成功報酬は――って、やめませんか、この話は」
「生首――首は生きてこの部屋にいる。つまりあなたは首猛夫……。藤沢と名乗って尾崎凌駕に会い、ここにもやってきていた首猛夫は実は、SEの佐藤さん、あなただった。首猛夫も本名は佐藤だ。尾崎凌駕は失顔症、相貌失認の障害のため、それに気づかなかった。あなたはトイレで鏡越しに首猛夫の顔を見たとか書いているが、単に自分の顔を鏡で見ていただけでしょう? 違いますか?」
「で、どうするんです? 警察に突き出しますか?」私は肯定も否定もせず、質問に質問で返した。
「まさか」黒川は笑った。「私はあなたに感謝してるんです。勝男を殺してくれたんでね。それは映像に残っている。オリジナルの映像にね。犯人は尾崎凌駕ではない」
「それですべて解決ですね。謎はすべて解けた?」
「いえ、密室の謎がまだ残っているでしょう?」
「あなたが探偵役ですか?」
「うーん、少し荷が重い気がしますが」黒川が笑う。
「次の章、書いてみませんか? ご自由に」
「なるほど、自分で書けば『自同律の不快』からは逃れられるわけですね。では今日はこれで――」
黒川は帰ろうとした。
「あ、最後に――」私は彼を呼び止めた。
「何でしょう?」
「あのミステリーでは、青服が隠しカメラの映像をリアルタイムで監視する――つまり、一階のサーバーのある部屋に泊まるのはきっかけがある、そう言ってます。きっかけは勝男が姉良美の首を撥ねたのがわかったから――
青服が『佐藤良美さんが自宅で殺されたことが我々が招集されたきっかけでして』
そう言っている。しかし、社長は私に、
『恐らくですが、先刻のあのエンジニア――本社グループのエンジニアが、パーティの夜、あのサーバー室に泊まることになるんでね。ドッキリはミステリー作家の先生だけではなく、あいつにも仕掛けようとね』
そう言ったんです。その時点でそのきっかけが――勝男のサイコパスが発露するのがわかってたのでしょうか?」私はそう尋ねた。
「いえ、そうではないでしょう。とにかく単にリアルな殺害シーンを映像に残すことでワクワクしてたんでしょう。リアルタイムで誰かに見せたかったんじゃないですか?」
「あくまで単にドッキリ?」
「ええ、ただ」黒川は真顔になって「勝男は尾崎諒馬のミステリー執筆を応援していましたからね。しっかりとリアルな映像を確実に残したかったんだと思います。それでサーバーに誰かエンジニアを貼り付かせたかった。録画ミスが無いように――」
「勝男も実は尾崎諒馬を応援してたんですか? 本格ミステリーを馬鹿にしてたんでは?」
「いえ、応援してたと思います。勝男はミステリーは好きでしたし……、まあ現実にも……」
「そういえば、勝男も『求めよ、さらば与えられん』と尾崎諒馬を鼓舞してた、とかどこかに書いてありましたね。一見馬鹿にしていたように見えたのも、実は奮起を促していた?」
「さあ、そこまではわかりませんが」黒川は笑って「とにかく、勝男が尾崎諒馬のミステリー執筆を応援してたのは確かです。あの別荘で祝福された死――凄惨な殺人事件を――、いや、まあ、では私はこれで」
黒川は去っていった。そして去り際に――
「次の章、書いたらメールしますよ」
私は生首標本を前に――
首は生きている、生首――
いや、首は死んでいる……
そう呟いた。
実際、それらの標本は死んでいるのだ。
既に人間ではなかった。
哲学的ゾンビですらない……
生きてはいない……
ただの物体に過ぎなかった……
ただ祝福されてはいない……




