社長の頼み事
※とあるミステリーの真相について触れています。未読の方は先に進まないでください。
社長の頼み事
二十数年前、事件のあったその一週間前――
別荘で社長にあることを頼まれたのは事実だ。
「映像を繋ぐことは可能でしょう?」社長はそう訊いた。
要するに――
あのチープな生首のせいで、リアルな映像を残すことが難しいことになっている。顔を仮面で隠して、うつ伏せにしてしまえば、何とか誤魔化せそうだが、最初からそうするわけにはいかない、と――
それで、生身の人間――例えば婚約者の彼女がベッドに横になり、仮面を装着した上でうつ伏せになる動画と、人体模型と仮面をつけた生首のおもちゃをうつ伏せにベッドに寝かせ、その首を撥ねる動画を繋ぎ合わせる――
それ自体は簡単な動画の編集作業にすぎないが、それで違和感なく映像が繋がるかは別問題だった。チープな素材なので、低予算の特撮映像のようにしかならないでしょう、そう社長に言ってはみたのだが――
「そこを技術力で何とかするのがエンジニアでしょう?」
社長はそう言って引き下がらない。更に――
「あとで映像を編集するんじゃなくて、リアルタイムで何とかなりませんか?」
社長は更に無理なことをお願いしてくる。
それは技術的には可能だが……
ちょっとしたスクリプトを書いて走らせて、ある時刻になったらモニターしているリアルタイム映像から、予め用意しておいた映像に切り替えるだけだ。
ただ、それが違和感なく繋がるか? それは別問題で、用意できる素材のリアルさと、役者のミリ単位での演技というか……
いや、無理だろう……
リアルタイムで見ている者も、後で残された映像を見る者も、映像のつなぎ目に気づくだろうし、何よりおもちゃの生首が不自然だった。仮面をつけてうつ伏せとはいえ、その切断面が不自然だった。
そもそも、切断前から切断されているのだから、それはごまかせない。
一応、検討しますと社長には伝えたところ、社長は嬉しそうに、
「恐らくですが、先刻のあのエンジニア――本社グループのエンジニアが、パーティの夜、あのサーバー室に泊まることになるんでね。ドッキリはミステリ作家の先生だけではなく、あいつにも仕掛けようとね」
で――
結局のところ、その仕事は断った。いや、仕事ですらなかった。
数日後、社長には依頼された仕事の対価を示す、見積もりをメールしたのだが、金を取るのか? と激怒の返事が来た。
無償で仕事を請け負うフリーのエンジニアなんていないのだが、その辺の感覚が社長にはわかっていなかったのかもしれない。
パーティ当日にも社長から再確認のメールが来たが、
無理です。カメラの映像はただ真実のみを記録します。
そう返事のメールを送った。
技術的には――
生成AIが発達した現在なら、元の素材がどうであれ――
いや、おもちゃの生首などなくても、CGで作った映像と実際の映像を違和感なく繋げる。いや、実際の映像からあり得ない虚構の映像を作成して――、所謂ディープ・フェイク映像を作成できる。しかもリアルタイムに!
しかし、あのパーティは二十数年前だった。
黒川の推理は外れだと私は証言する。
隠しカメラの映像は真実を映していたのだ!
確かに社長は私に頼み事をしたが、私はその依頼を断った。
そのミステリーの
第一部 二章 に
振り返ると今まで電話していたのか、スマホをジャケットの内ポケットに戻しながら私に微笑みかける男がにこやかに立っていた。
そう社長の事が書かれているが、それは――スマホではなく、携帯電話だが――私のメールを読んだ時のものだろう。
ミステリーには書かれていない――当然、尾崎諒馬はそれを知らないので――が、パーティーの夜に社長と電話で話して私はハッキリと依頼を断っている。
第一部 十章 に
近藤は「あることをする予定だったが結局やめる」そう言っていた。
そうある。社長はリアルなフェイク映像トリックがおじゃんになったので、ドッキリそのものをやめるつもりでいたのだ。
繰り返すが、結局のところ――
隠しカメラの映像は真実を映していたのだ!




