天職
私は今、ネイルサロンに来ている。
ここは、デパートの中の一角にあり、会社の帰りや休日によく利用をさせてもらっている。
休日の今日、新たなデザインを施すために私はまたこの店に立ち寄った。
いつもとちがうのは、私が指名する担当の人に急用が入り、どうしても帰らなければならなくなったとのことで代わりの人から施術を受けている。
一応、希望の仕上がりイメージを伝えたが、不安だ。
こんなケースは初めてだ。 なんだか落ち着かない。
落ち着かない理由ははっきり言って、他にもあるが。
上手くやってくれるだろうか。
彼女の手元と自分の指先を交互に目を配る。
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さっきから彼女が私の手元を必要以上に凝視しているのは、私もさすがに気が付いている。
無理もない。左手の指が3本しかないのだから。
ネイリストになる前、病弱で入退院を繰り返していた私は、久しぶりに家に帰ったとき、気分転換にマニキュアを施していた時期があった。
素人ながら時間をかけて塗り、上から100均のストーンを張ったりして工夫を凝らしたりしていた。
ある日、いつものようにネイルをしていた時、熱中してしまい、時計を見ると夕方を過ぎていた。
買い物に行かなければと思い、いったん中断してあわてて支度をする。
早く続きがやりたい。でも冷蔵庫は空だ。そして一人暮らしだ。
外に出て家の前の通りに出る。信号が青になったと同時に小走りで横断歩道を渡り始める。
その時、、、
急ブレーキを踏む音とトラックが左から現れたところまでは覚えていたが、左半身に衝撃を感じ、私はそのまま意識を失った。
気が付くと、私は体と左腕を包帯でぐるぐる巻かれて病院のベッドに寝ていた。
なんとなく左腕を見ると、左手の指が3本になっていた。
しばらくぼんやり指を眺めていた私だったが、
私は「ネイルをしなかった指」だけが失われている事に気がついたのだった。
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きついリハビリを乗り越えて、奇跡的に前と同じに体を動かせるようになった私は、相変わらず病弱だったが生活保護を受けながら専門学校を卒業してプロのネイリストになった。
それまでは本当に大変だった。まず左利きだったので両利きになる必要があった。
さらに最初のうちは、客を不快にさせるからという理由で、どの店からも採用をされなかった。
しかしなぜか、私はまったく諦める気にはならなかった。
そのような中、ようやくこの店で雇って頂けることになったのだ。それからも私は努力を続けていつしか順調に指名を増やせるようになるまでに至った。
私は施術しながら今回、初めて担当するお客様の顔を盗み見た。
・・会話はないものの、先ほどとは明らかに表情が違う。私の技術にすっかり目を奪われているご様子。
そうこうしているうちに、オレンジとホワイトを基調とした明るい色のフレンチネイルがみるみる内に仕上がっていく。
「可愛い」ついにお客様が感嘆のため息と同時につぶやく。
(手応えあり)と私も心の中でつぶやいた。
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私は今、ネイルサロンに来ている。
ここは、デパートの中の一角にあり、会社の帰りや休日によく利用をさせてもらっている。
休日の今日、新たなデザインを施すために私はまたこの店に立ち寄った。
いつもとちがうのは、私が指名する担当の人が辞めてしまい、代わりの人から施術を受けている。
5本の指から繰り出される技術にどこか物足りなさを覚えながらも、「しかたないよな」と思う。
たくさんのセレブや芸能人が彼女の虜になっている。
今や美容業界で彼女を見かけない日はなくなっていた。
完