会場警備はトラブルとともに
「うげぇぇ、耳痛ぇ……」
人、人、人。
見渡す限り人しかいない。
王都の住民全員集まってんじゃねーか、ってくらいに、会場となる王都の大通りは人でごった返していた。
精々数十人しかいない村で育った俺としてはゲンナリの一言である。こんなに人が密集するのがヤバいとは思わんかった。
とはいえ仕事は仕事。
サボって【聖女】の身に危険が及びましたー、って状態になった時に責任を負うのは俺である。
「ったく、この中から怪しい奴を見つけろって、くそ難しいことを言いやがる。襲撃してから取り押さえても遅いんだよなぁ」
幸い魔力感知は得意だから、魔法の発動を感知することはできる。だから魔法による襲撃の場合は普通に防げるんだけど……問題は直接攻撃による襲撃と、遠距離攻撃の襲撃は防ぐのが難しい。
人が多いのがやっぱネックだな。
一先ず会場周りをぐるぐると巡回する。
「ダメだ。なんか全員怪しい奴に見えてくる」
本当の意味で【聖女】を信奉してるやつって何人いるんだ? あの子の笑顔も話し方も知らないのに、どうして職業ってだけで崇めるんだか。
……こればっかりは価値観と考え方の違いか。一方を否定するわけにもいかねーし、否定の材料もない。
『聖女様ぁぁあああ!!!』
『こっち向いてえええ!!!』
『美しぃぃいい!!!』
『ぺろぺろおお!!』
なんか一人変な奴おったぞ。
ふとメイン通りの真ん中を見ると、部屋にいる時とも違う──完全な無表情で民に向けて手を振る聖女様の姿があった。
それだけで頭を抱えそうになるのは俺が世間知らずだからだろうか。
「あ〜、やめだやめだ。んなこと考えるのは俺らしくねぇ」
改めて集まった民衆を見る。
笑顔、笑顔、笑顔、渋面……およ。なんかいるな。
誰もが信奉してる中で、敵意……憎しみのようなものを発する少年がいた。
「怪しいな」
俺は知らない振りをしながら少年に近づいていく。
ちなみに俺は鎧も纏っていない軽装であるため、騎士であることがバレることはない。
サラッと少年の隣に立つ。
少年は目にかかる程長い金髪で、服も薄汚れていた。見るからに怪しい……ってわけではねぇけど。
誰も彼もが裕福な暮らしをできていたら世の中争いなんて起こらねぇ。光があれば闇もある。
家を持たず、スラム街で暮らす者もいる、と師匠から聞いたことがある。
「くそっ……【聖女】……憎い……可愛い……くそ!! むっちゃ可愛い……でも憎いっ! くそ!」
「情緒不安定かよ。でも分かる」
少年の発した言葉を聴いて思わず二度見した。
なんか感情がごちゃ混ぜになってんね。でも可愛いのは分かるよ。
「っ、なんだお前!」
「お兄さん、ちょーっとこっち行こっか」
「なっ! 誰が行くか……って力強ッ!」
「こんなイケメンに力強いとは酷いな!!」
「そのセリフ、性別間違ってるでしょ!」
少年と問答を繰り広げながら、引きずって路地裏まで連れてきた。まあ、憎いって言ってる奴を放って置くわけにはいかんからな。
路地裏にとうちゃーく。
手を離すと即座に逃げようとしたため、首根っこを引っ掴んで止める。
「ぐえっ」
「まあまあ落ち着けよ少年。俺はこんな格好してても一応騎士でな。聖女様を敵視してる人間を放って置くわけにはいかねーんだ」
キリッと真面目な表情で言うと、少年は俺を上から下まで睨め付けるように見て、頭の上部に着けている《《猫耳》》を見て──首を傾げた。
「お前が……騎士?」
「おう。俺ほど真面目に職務を遂行してる奴はいないね」
「じゃあ頭につけてる猫耳は?」
「え、なんか売ってたから着けた。楽しい」
「真面目に職務を遂行とは!?」
いやぁ、なんか大通りに売ってたんだよ。
後々言いくるめてメイとかに着けさせたら良さそうだな、ってことで買ったんだけど──買ったなら着けないと失礼じゃね? ってことで装着した。
「ま、猫耳は置いておいて、何で憎しみがあるわけ? まだ未遂だし手荒な手段は取りたくないが」
とは言え何かするつもりなら捕縛するしかないし、ここで誤魔化しても結局は危ないから捕縛するしかねーんだよな、コレが。
横暴だ! とか証拠はあるのか! とかが通じないのが【騎士】なんだよな。
これが自警団だったら証拠無しに捕縛することは不可能なんだけど、【騎士】が多く所属している国の組織『騎士団』の権力はヤバい。
証拠も無いのに勝手に捕縛できるくらいヤバい。
まあ、そんな奴は端から【騎士】を授与されないからあんまり関係ないんだけどな。
ん? 俺も一応騎士と言えば騎士か。何で授与されたの? 神の手違い? ありそうだな。
「だ、誰がお前みたいなふざけた奴に言うか!!」
「でも言わないと捕縛することになるぞ。……一回言ってみろ。何かできることもあるかもしれないだろ?」
すると、少年は苦虫を噛み潰したような表情をする。根本的に人を信じていない者がする表情だ。
だが捕まりたくないのだろう。少年は顔を歪めながらポツリと言い始めた。
「……少し前。母さんが病気になった。医者も手が尽くせない程だって。治すには高度な回復魔法が必要だけど、それを使える者はこの国では【聖女】しかいないって。──だからっ! 王城まで言って直談判したんだっ! 次の"治療行脚"で母さんの病気を治してくれないかって!」
少年は悲痛な叫びを上げる。
悲しげな表情は、次の瞬間には怒りへと変わった。
「……門番に突き返された。それだけならまだ良かったんだ。僕みたいな怪しい人間を王城に入れるわけないから。……ただその談判によって誰かに伝わらないか、って期待した。──そんな時、たまたま城に来ていた《神職教会》のヤツが僕の話を聞いてこう言ったんだ
『"治療行脚"で治す人間は、教会の寄付額によって決めてるのさ』
って……許せない。到底許せないっ!」
路地裏に、少年の吐露が響き渡った。
なる、ほどなぁ。想像の何倍もドロドロしてて反応しがたいんだが。
にしても"治療行脚"で治す人間は寄付額によって決めてる──それは違うな。
確かに教会の人選で治療する人間は決めている。その人選は少年の言う通り寄付額なのだろう。
──けれど、聖女様が直に選んで治療した人間もいる、とメイから聞いた。
勿論、全員治すことができなくても、それで助かった人達が多くいるはずだ。
「それが本当だったとして……どうするつもりなんだ?」
「……警備の隙をついて攫うつもりだったよ。まあ、お前に見つかった時点で終わったけどさ。攫って……母さんを治してもらう」
……うーむ、無計画と。
生憎と警備の隙なんて無い。メイもリースも紛れもない強者であり、二人だけじゃなく【騎士】も大勢警備を担当している。
それを突破することは不可能どころか、【聖女】を狙った不届き者としてその場で斬り捨てられるか、捕まって処刑エンドだ。
ここで俺が捕縛したとて、まあ、普通に処刑される。【聖女】を狙うのは極刑だ。どんな理由があろうと、過去に情状酌量の余地があったとても、それは変わらない。
だからといって危険分子であるコイツを見逃すわけにはいかない。
……くそ、リースには甘っちょろいと言われっけど、その甘っちょろさのせいでこういう思考になってんだよな……。
「治してもらったあとで、どうするんだ?」
「その後は……」
少年は黙った。何も考えていなかったらしい。
「あわよくば……? 聖女様をぉ……?」
「ワンチャンあれば……って何言わせてんだよ!」
「でもヤりたいんだろ?」
「うん」
何だコイツ素直かよ。
シリアスな空気に耐えれなくて茶化したらノッてきたんだけど。いや、これ普通に真面目に言ってるな。怖いわ若い奴。
だがそう来たなら俺のペースに持ち込める。
「バカ野郎がッッッ!!!!」
「……!?!?」
「お前みたいな童貞が!! 美人を襲えるわけねぇだろッッッ!!!」
「は、はぁ!? できるしッ! 簡単だしっ!」
「ばっかお前、土壇場になって尻込みするか、よしんば襲えたとしても『あれ、くそ、どこだよ!』って挿れる場所分かんなくて最悪の初体験迎えることになるに決まってんだろ!!!」
「何でちょっと見てきたみたいに言ってんの!! 嫌に具体的かつ、あながち否定しきれなくて辛いよ!!」
「俺が!! そうなるからだ!!」
「お前かよ!!!」
お互いにはぁはぁ、と息を切らせる。
何の話してんだよ、マジで。さっきまでのシリアスな空気はどこいった。
──と、まあふざけるのはここまでにしておいて。
俺は少年の肩をポンっと叩いて言う。
「お前の母さんはそれを望んでるのか? 人を傷つけてまで自分の病気を治したいと思ってるのか?」
「っ、そんな綺麗事で! ……聖女だって、あんな冷たい顔してるんだ! きっと内心でバカにしてる!」
「私情で人を傷つけちゃあ、おしまいだよ少年。悲しみも、怒りも分かる。それに至る理由も痛ぇ程分かる。だがな──攫われた聖女様の気持ちを考えたことはあるのか?」
「……っ!」
どいつもこいつも自分のことしか考えてねぇ。……いや、それは当たり前の話で、人には人の事情があって……譲れないことだってある。
少年の背景を考えれば、そういった凶行に及ぼうとする理由も納得できる。
だけど。
俺は知っている。
無表情でも、冷たいようにも見えても。
聖女様はただの女の子なんだよ。
「外面だけ見て人を決めつけるなッ! 聖女様だって攫われりゃあ不安にもなる。痛いことをされれば痛い。そんな、当たり前のことを見ようともしないで──どいつもこいつも色眼鏡でしか見やしねぇ。なあ、少年。お前今、最悪の人間になろうとしてるぞ」
少年は顔を歪めた。
ようやく自分がやろうとしてたことの愚かさを理解したのだろう。……未遂だからな。これで捕縛せずに済むだろう。
少年は地面に膝をつき、ゴン! と地面を叩いて言った。
「──猫耳さえッ! 猫耳さえ着けてなければ純粋にお前のこと尊敬できたのにっッ!」
「それはマジでごめんだわ」