第7話 夜襲か?
リミエンへの帰路について初日の夜。
街道から少しだけ奥まった場所を勝手に丸く整地し、そこにタイニーハウスを並べる。
格納庫が使えて、魔法がガンガン使えるアルジェンが居てくれて本当に助かる。
「これがスオーリーの言っていた移動式住居か」
「いえ、移動式のは車輪を付けて馬に牽かせるので、もう少しコンパクトです。
これは俺達専用のコテージですかね」
サリーさんがタイニーハウスを興味深そうに外から眺めた後、ドアを開けて中に入る。
「中にキッチンまであるとは。何とも贅沢な旅をしておる。
確かにお主、最初の頃は目立ちたく無いと言っておったそうじゃな」
「この中に入れば外から見えませんよ。
それに街道から離れてますし」
「そう言う問題ではないと思うが…」
クレスト達が王都に来た後から、街道におかしな建物があったと言う報告が数件寄せられていたのだが、犯人はコイツだとサリーは確信した。
建物に入れば目立たない…確かにそうだが、釈然としないのは気のせいではないとサリーは思うが、それ以上言うのは諦める。
クレストに付いて来ると、自分の常識を疑うとスオーリーに散々聞かされているのが功を奏した…と言うことだ。
「王妃様、フィリーさん、ステラさんとアリアさんはここで寝てもらいます。
俺とケルンさんとマーメイドの四人はラクーンで寝ますから」
「ズルイぞ。
我もラクーンで寝たいのじゃ。一泊してみんと評価が出来まい」
「…分かりました。それなら女性同士で話しあって決めてください。
男二人はラクーンで寝ますから」
その程度の我が儘なら受け入れても良いだろう。それに王族用のラクーンを作るに当たっての意見が出るかも知れないし。
可倒式のベッドは軽量化のために寝心地を犠牲にしてるからね。
それでも寝袋で地面に寝ることを考えれば、ずっと安心で快適だけど、王族の人って移動時は寝袋使うのかな?
寝ることだけ考えたら、何もキャンピングカーみたいなの作らなくても、荷馬車にソファーベッド乗せたら良いんだよね。
幌付きなら寝られるでしょ。
夕食は王城の料理人が作ってくれたアレコレ。
栄養バランス? 何それ、美味しいの?と言わんばかりに炭水化物とお肉タップリの料理がテーブルを埋め尽くす。
お酒は王妃様の持ち込みでかなりの高級酒らしい。一瓶で大銀貨二枚のワインが冒険者ギルドにあったけど、きっとあれより高いに違いない。
ステラさんとケルンさん、マーメイドの四人がそのワインに飛び付いた。
「クレストは飲まんのか?」
「お高いお酒はちょっと苦手でして」
「それならクチ移しで飲ませてやろうか」
「いえ! 結構ですっ!」
王妃様のクチ移しってどんなんだよ?
まだ酔ってないと思うけど、実は酔ってるパターン?
「あと、魔物か何かの襲撃の可能性もあるから護衛の人は飲んでも飲み過ぎないように」
「はぁーい…」
こんなに明らかにテンションの下がったアヤノさんも珍しい。
でもこうやって馬鹿騒ぎしてるところを見せておけば、敵になる人達が居たとしても油断するかもね。
◇
「目標は一キロメトル先でキャンプを張った模様」
「まさかとは思ったが。
本当に宿泊地間の中央、何も無い場所を選ぶとはな。どれだけ馬鹿なんだ?」
部下から報告を受けた隊長が腕を組む。
「このルートで一番襲撃を受ける可能性が高いのは森の中を通る時だから、今日の襲撃は無いと踏んだのか?」
この情報だけでは作戦を実行するわけには行かず、覆面の男は次の報告を待つことに。
それから少し遅れて、二人目がおかしな報告を持ってきた。
「対象は酒盛りを始めました。女の護衛連中も楽しそうに飲んでいます。
ですが…空き地に家が建っていました」
「家だと?
あの真四角の馬車を家と見間違えてたんじゃないのか?」
「あれよりずっと大きいです。見間違えなんかじゃありません」
「そうか…明日は宿泊地を利用するはずだ。
やるなら酒を飲んで油断している今日がチャンスか。
全員、対火焔装備の確認を。
魔力隠蔽器の動作チェックを忘れるなよ」
それから数時間後、星明かりだけに照らされた深夜である。
野営地に接近した男達は二台の馬車と馬房と家を視界に収めた。
普通ならテントを張って不寝番を置くものだが、見張りが居ないだけでなく、焚き火どころか料理に使ったはずの竈さえ無い。
奴のような金持ちならマジックバッグを持っていてもおかしくない。
見張りが居ないのは、この辺りには魔物が出ないと分かっているからだろう。
王都に近いこの場所は騎士団の巡回も頻繁であり、盗賊ももう少し王都から離れた場所に拠点を置く。
我々のような存在が居ることなど頭に一切無く、ないと安心しきっているのだろう。
そう判断した隊長は、直径二十メトル程の綺麗に整地されたキャンプ地へと脚を踏み入れたのだ。
噂に聞いた紅のマーメイドの情報では、野外活動のプロが居るとのことだったので足元に気を付けつつ近寄ってみたが、鳴子の付いたロープが雑に張ってあっただけだ。
動物や魔物なら掛かるだろうが、夜盗に対してこんな稚拙な罠を仕掛けるとは、どれだけ無警戒なのかと呆れる。
むしろこれは襲撃する者を油断させる為の罠なのではないかと逆に疑いたくなる。
対象は空き地に不自然に建っている家の方ではなく、二台ある馬車の長い方で寝ていることまでは調べが付いている。
その馬車に距離十メトルまで近付いた所で火を掛け、対象が出て来たところをバッサリ斬る計画的なのだ。
今回の計画の為に用意したのは、クレストも愛用していた火蜥蜴の革製の防具とダンジョン産の対火焔能力を持つ指輪型の魔道具だ。
これならアルジェンの魔法攻撃に対応出来ると判断してのチョイスだ。
火蜥蜴の防具は上下一式の王都価格が大銀貨九十五枚で、指輪はオークションで大銀貨五百枚程度の品である。
それと魔力隠蔽器と呼ばれる新兵器だが、セリカがモニターとして使用した防御力アップのルーンを作ったのと同じ工房の作品で、現在モニター募集中の段階である。
革鎧の内側に貼り付けてあり、常時人の体から放出されている魔力を半分近くにカットする機能があると宣伝されている。
だが、その機能のせいで攻撃魔法を発射すると威力が半減してしまう。
その為、馬車の十メトル手前まで近寄ることにしたのだ。勿論正確に距離を測れる訳ではないが、訓練によってある程度目測を鍛えることは可能だ。
音を立てないようにジワリジワリと歩を進め、残り二メトルの地点まで到達し、魔法発動の準備を…と思った瞬間、先頭に居た隊長の足元が突然裂けて穴に落下したのだ。
それが合図になっていたのか、後ろに続く五人の足元も僅かに遅れて裂け目を作り、次々と落下した。
彼らが悲鳴を上げなかったのは特殊訓練の賜だろう。
しかしトラップが発動したと言うのに、馬車からも建物からも、誰一人として出て来る気配がない。全員熟睡していると言うことだ。
幸い深い穴ではなく死亡者は出ていない。
隊長が穴から這い出そうと壁に手を掛けた時だ。足元から土で埋められ始め、ジワジワとその土の嵩が増していく。
これは恐らく土属性の魔法によるものだ。
紅のマーメイドの魔法使いは風属性の適正持ちであり、土属性の魔法を使うことは出来ないはず。
そうなると一体誰がこの魔法を?
必死で藻掻くがその努力は報われず、彼らの首の高さに達した土は急に鋼のような硬さとなって完全に彼らの動きを封じる。
それからパタパタと小さな羽音が聞こえると同時に彼らは意識を失ったのだ。
そして迎えた朝。
地面に並んだ六つの首を一番早く起きたクレストが見付け、
「うげっ!」
と驚きの声を上げた。
こんなことが出来るのはアルジェンしか居ない。
顔色からして眠っているか、意識を失ったのだと分かる。殺すと俺が困ると言ったのを覚えていたのだろう。
しかしコレ、どうしたら良いんだろ?
見なかったことにして埋めるのが一番良いのかと本気で考える。
街道から離れた位置だから、ここには人も来ないだろう。後から来る騎士団に引き渡したいんだけど、来るのを待ってたら半日掛かるんだよな、と呑気に思うのはさすが歩く非常識。
嘘か本当か、舞台が違えば通行人にノコギリで首を…なんて残酷な刑もあるらしいがコンラッド王国には無い。
目隠ししてグルグル回ってホクドウでガツン…なんて遊びもやりたくもない。
俺達を起こさず退治してくれたのだから、ついでに完全に生き埋めにしてくれてたら知らずに済んだんだけど。
少し遅れて出て来たケルンさんも六人を見て「うーん」と唸るが、どうすれば良いのか分からない模様。
コレをやった当事者が珍しく寝坊したのは、夜中に起き出して魔法を使ったせいだろうか。
タイニーハウスから出て来た女性陣の先頭は王妃様だ。意外にも朝には強いらしい。歳のせいか?
「そこに並んでおるのは何じゃ?
それと、おかしなことを考えておらんよな?」
どうしてこの世界の人達、特に女性達ってこんなに鋭いのだろう?
「恐らく俺を殺しに来た人達でしょう。
起きたら生えててビックリです」
「お主が植えたのではないのじゃな?」
「俺にこんなの無理ですよ。穴を掘る道具も無いし」
アルジェンのアイテムボックスにはスコップとダンマリなのにシャベルが入ってるけどね。
ところでシャベルとショベル、どっちが正しい?
どうでも良いけど、重機の方はシャベルカーとは言わずにショベルカーって言うから、ショベルと呼ぼう。
「植えた張本人はまだ寝ておるのか?」
「はい。生き埋めにするのに夜更かししたんでしょうかね」
アルジェン達ならほぼ一瞬で片付けたと思うけどね。
「それで、コレ、どうすれば良いんです?」
「犯罪者なら取り調べねばなるまい。後から来るスオーリーに任せれば良い…と言いたいが、こうもガチガチに地面を固められておると引き抜くのも大変そうじゃ」
王妃様がカチコチに固められた土を足で確かめてそう言った。
アルジェンに硬化魔法を解除してもらわないと掘り起こせないと思う。
骸骨さんコレクションの『星砕き』を使えば割れるかな?
「仕方ないのぉ、アールに頼むか。
起こしてきてくれんか」
「分かりました」
ラクーンに戻り、バッグから頭だけ出していたアルジェンを起こす。隣にカオリも寝ていて、二人ともスライムベッドで気持ち良さそうなのが羨ましい。
「おはようなのです!」
「うん、おはよう。
起きてすぐで悪いけど、夕べ生き埋めにしてくれた人達、掘り出してもらえる?」
「スイカ割りの的にちょうど良いと思うのです。ホクドウの試し切りなのです!」
ホクドウは刃物じゃないから切れないよ。
やるなら試し打ち?
「コンラッド王国は法治国家だから、犯罪者であっても即殺処分はしないから」
「放置なのです?
それなら植えたままにしておけば良いのです」
「それはホウチ違いだね。取り敢えず、後から来る人達に引き渡せるようにしたいから。
でも、守ってくれてありがとうな」
「えへへっ!当然なのです!」
御礼を言われて嬉しそうに顔にへばり付くように抱き付いて来る。アルジェンなら硝子窓にもベタっと張り付けるだろうね。
カオリも目?を覚まして腕に抱き付く。体が木製のマネキンみたいでシュールなんだけど、慣れてくると可愛く思えるのは不思議だな。
カオリの背中を撫でてホッコリした気持ちになりながら、ペリッとアルジェンを剥がして外に連れ出す。
サーヤさんが遥か上空によって向けて矢を放ち、目を覚ました六人の前にグサッ!グサッ!グサッと次々に矢を立てるパフォーマンスで披露しているが、結果だけ見ると線香を立てたみたいに見える。
「サーヤ、矢が勿体ないわよ」
とカーラさんが的外れな指摘をするが、確かに的は外して…いや、この場合は狙った位置に命中してるのか。
「目隠しして魔弾の連射訓練してみようかな。
良い具合に的が六つあるし」
ポケットから目の絵が書かれたアイマスクを取り出したカーラさんが五メトル程離れた位置でアイマスクを…あの子なら本気でやるかも。
基本中の基本とは言え、カーラさんの魔弾は熟練度マックスまで鍛えた技だ。
鉄製の鍋の底を抜くぐらいの威力はあるから、当たったら痛いでは済まないだろう。
「まずは魔弾六連射っ!」
パシュッ!ボフッ!と発射音と着弾音が繰り返し耳に届くが、目に見えない魔弾の軌道を今の俺が確認することは出来ない。
着弾地点から全員の耳にかするように発射したのだと思うが、被疑者にそんなことして良いのかな?
「スオーリーがこの前を通るのは半日後じゃろ。それまで待つのも面倒じゃ。
アールよ、コヤツらを街道脇に移植してくれるか?」
「はーい、それぐらいは文字通り朝飯前なのです!
今朝はお替わりを三回しても許されると思うのです!」
「いつもは二回かの?」
王妃様も真面目に質問しなくても良いと思うけど、今日の朝食はアルジェンの働きに感謝して好きなだけ食べさせてやろう。
サーヤ・カーラのコンビの脅しで意気消沈の六人を生き埋めにしていた土が一瞬で消え去ったのは、恐らくアイテムボックスに収納したからだろう。
「カオリ! 新技を披露する時なのです!」
アルジェンの声に反応したりカオリが右腕を突き上げる。
するとポンポン跳ねながら赤いスライムのラルムがやって来てカオリを包む。
見ようによっては、一輪挿しに挿した薔薇とも言える…よな?
どうするのか思えば、マネキンボディから元の植物のボディに変身して、突き出した薔薇のツタみたいな腕がスライムの触手のように伸びていく。
「カオリの薔薇のツタとラルムの触手を融合した特製ロープ、カオルムバインド!
適度な弾力性と強靭性を兼ね備えたこのロープは、お肌に優しい天然素材百パーセントなのです!」
それ、天然素材と言うより魔物素材だよな?
「しかも用済み後は地中に埋めれば肥料に変わるので処分も簡単なのです!」
魔力が抜けたら、魔物素材も普通の動植物の素材自体に変わるからね。
ドラゴンみたいな反則級に強い魔物は別だけど。
「更にカオリジュニアがワラワラ生まれてくると面白いけど、そんな機能は無いのです!
でも薔薇が生える可能性はあるのです」
カオリジュニアは居たら面白いけど、天空に浮かぶ島とか普段人が接触しない場所にに引っ越しだな。
薔薇が生えるのは…カオリからローズヒップの採れる薔薇が生えるのか?
それって、カンファー家のあのハゲ山でも栽培出来る? 帰ったら試してみようかな。
でも北側の斜面だと陽当たり悪くて良く育たないかも。
「それで、私達はこの人達の尋問はしなくて良いのですね?」
とアヤノさんが王妃様に質問する。
「構わんじゃろ。
経緯を手紙に書いて持たせておけば、向こうで勝手にやってくれる。
クレスト、移植が終わったら手紙を頼む。
アール、移植の前に朝食セットを出してくれんか」
「了解なのです!」
イバラのロープに縛られた六人を移動させる前に、アイテムボックスからテーブルやら椅子やら取り出すと、俺達に食事の用意を頼んでから機嫌良く六人を街道に連れて行くアルジェンだった。