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第6話 あるギルドの災難

 ある日の王都某所にて。


「これより解剖を行う。

 分かっていると思うが、決して気持ちの良いものではない。耐えられぬ者は無理せず退出すること。

 耐えられる者は人体の構造をよく把握し、今後の治療活動の一助として欲しい」


 以前、リタの用途について問われたクレストが、治癒魔法の消費魔力に関する考察をレイドルとメイベルに話したのが切っ掛けとなり、王都でその検証を兼ねた解剖が実施された。


 出席したのは軍に籍を置く治療部隊であるが、それでも半数以上が途中で脱落したと記録が残されている。

 

 これで何も結果に表れなければ、クレストの思い付きを王都に連絡した(させられたが正しい)リミエン魔法士ギルドの面目丸潰れである。

 だが運が良かったと言うべきなのか、解剖を見届けた者達の治癒魔法の効力が上昇したと言う正式報告が発表される結果となり、リミエン魔法士ギルドの評価が一気に跳ね上がる。


 面白くないのは王都の魔法士ギルド本部の役員達である。

 田舎のリミエンに大手柄を奪われ、王都の奴らは遣いものにならないと陰口を叩かれることになったのだから。


 その切っ掛けとなったのは、ちょうど王都を訪れる予定のある濃紺の髪の青年だ。

 その者が王都に到着すれば、一度接触して文句の一つでも言ってやろうと待ち構えていた魔法士ギルドだが、彼らが接触する前に冒険者ギルドで妖精事件が起きたのだ。


 クレストの番犬役として常にベルか戦女神が奴の回りを彷徨くようになり、不用意にクレストに接触出来なくなった魔法士ギルドは一計を案じる。


 実に逆恨みも甚だしいのだが、クレストの評判を悪くするため法令発布式の会場で、アルジェンを危険な魔物だと市民に印象づけ、その主であるクレストに非難を浴びせるように導く計画を立てたのだ。


 予定外なことに、先にスライム坊主と呼ばれるジェルボが発言したことで一度場が荒れたが、それはガースト宰相が抑え込むことに成功した。


 それからすぐにアルジェンを連れたクレストが壇上に姿を見せると、

「みんな~っ! 私は妖精のアルジェンだよっ! のってるかーぃ!」

と群集に向かって話し掛けたのだ。


 そんなアルジェンに対し、「ヘーイッ!」「イェーェイッ!」「アールジェーンちゃーん!」等と若い者を中心に歓声が上がる。

 見た目が美少女のアルジェンに簡単に心を奪われた者達が居たようだ。


 普通の女の子に戻りたいとか、アイドル扱いするなとか、メーワクボーシ除霊違反のゾンビが襲ってくるとか、人を馬鹿にしたようなセリフを吐くアルジェンにガースト宰相が額に青筋を浮かべるが、それでも妖精の保護を群集に呼びかける。


 王宮としてはアルジェンを無害な魔物としたいらしいが、人を火炙りにしたのは事実なのだから危険な魔物だと訴えてやる。

 これなら群集も納得するだろうと思っていたのだが、逆にギルドが雇った者達が次々と逮捕されていく。


 しかし分からないのは、何故彼らがこうも簡単に捕らえられたのかだ。

 群集に紛れていれば特定は出来まいと高を括って送り込んだのだが、まるで金縛りにでもあったように動きを止めて逃走しなかったのだ。


 誰かが何かの魔法を使った?

 それにしても、クレストを貶める為の騒動を起こした者をどうやって特定したのだ?

 あれだけの人が居れば、高い所から監視していなければ誰が煽っていたかも特定出来まい。それにどうやって動きを止めたのだ?


 王家の者には特殊なスキルがあると噂されているが、それを使ったのか?


 それともあの妖精が何か魔法を使ったのか?

 炎の魔法を使うと言うことは、火属性の魔法に適正があるはず。

 耐火の魔道具を装備していたことを知った上で火の魔法を選んだと先程衛兵隊長が説明していたが、そんなのは間違いなく嘘だろう。


 送り込んだ八人の駒が会場から連れ去られていく。

 衛兵達も群集を利用して容疑者の逃走を妨げようとしていたのに、動かなくなった容疑者に不思議そうな顔をしていたので、あの金縛りは打合せに無かった筈。


 まぁ、奴らにはこちらの正体を明かさず騒動を起こすようにと金を渡したのだから、ギルドに捜査の手が伸びることは無いだろう。


 もう少しで四時(三時)のオヤツタイムだ。

 魔法士ギルドは他のギルドと違い、物品販売で金を稼ぐことはしていないので訪れる者はそれ程も居ない。

 だから気兼ねなく午後のお茶を楽しむ事が出来る。


 魔法を覚えたい者に魔法を教えたり、魔法を使って蜂の巣の駆除や鼠退治など市民の役に立つ活動は全部若手に丸投げし、我々上層部は日々優雅で平和に暮らしているのだ。


 そもそもの話、魔法は使い勝手の良いものではない。

 一人の人間が覚えられる魔法は少なくて四つ、多くてその倍と言ったところなのだ。

 だから魔法士は自分の目指す方向に沿うように覚える魔法を厳選する必要がある。


 魔法を使いたい者が最初にやるのは適性検査だ。

 稀に複数の適正を持つ者も居るが、大抵の人間は火、水、風、土の四つの属性のどれか一つの適正を持つ。


 その次から魔法の発動訓練だ。

 基礎となる魔弾と言う魔法をまずマスターしなければ、どんな魔法も発動することは出来ない。

 魔弾自体は攻撃魔法だが、威力は最低レベルでとても実戦に使える物では無い。

 体内のマナを掌に集めると言う繰り返し訓練の結果、イヤでも魔弾が身に付くのだ。


 それから適正に応じた魔法を習っていく。

 冒険者になるなら攻撃魔法、土木工事の職人になるなら土や石の操作系魔法がお薦めだ。

 生活で一番役立つのは水を作る魔法と着火の魔法か。

 風の魔法は迷惑になることが多いのでお薦めではない。


 上がってきた先月の売上に溜息をつく。

 こんな数字を見せられては、折角のお気に入りのオレンジポコの芳醇にしてまろやかな香りが楽しめないではないか。

 依頼件数が減ってきて売上の減少傾向にあるので、少し単価を上げてやろうかとペンを取ったところで執務室のドアがノックも無く開いた。


「魔法士ギルド、ギルドマスター殿。

 少々訪ねたい事がある。署まで同行して貰えないだろうか」


 部屋に入るなり、そう言葉を発した真紅の甲冑を纏った第三騎士団のクルーガー騎士団長の右手が腰の剣の束に添えられている。

 下手に動けば斬ると言う彼の意思表示だ。


 一体何故バレたのだ?



 王都であるギルドの摘発が行われたことなど知らないクレスト達は、初日の午後のオヤツタイムに入るべく勝手に整備した休憩所に腰を降ろしていた。


 午前と同じようにアルジェンの格納庫(アイテムボックス)から寛ぎセットがポコポコと出てくる。

 二度目となれば、王妃達も何も言わずにただセッティングが終わるのを待つだけとなる。

 人生諦めが肝心なのだと既に悟ったらしい。


 メイドのフィリーもこんなラクな旅行が出来るのなら、王宮務めをやめてクレスト付きのメイドになった方が良いのでは、と思うようになる始末だ。

 勿論クレストがそれに気付くことはない。


 テーブルの上には紅茶とアルジェンが食べたい物がズラリと並ぶ。

 オヤツの類いは何故かアルジェンの管理下にある…それで良いのかと疑問に思う者も敢えてクチには出さない。

 下手なことを言ってアルジェンのご機嫌を損なうと、自分だけオヤツ抜きになるかも知れないからだ。


「ところでクレストよ。一つ教えて欲しいのじゃが」


 クレストが買い溜めしておいたクレープを、王妃らしからぬ仕草でかぶり付いて綺麗な歯形を披露したサリアスがクレストにそう言った。


「何でしょうか?」

「法令発布式で騒動を起こそうとした者達が急に動きを止めたように見えたのじゃが、アルジェンが何かやったのではないのか?」


 そこまで言って再びクレープにガブリ。城内では決してこのような姿は見せられない。

 リミエンに視察に行くと言うのが名目だけであることは、既に皆の知るところだ。


「さすがオーヒ様なのです!

 私が魔法を使ったのバレてるのです」


 そうだったんだ。てっきり掴まってもすぐ釈放される権力者の息子達だから余裕かましてたんだと思ってたょ。

 それが違ってたってことは、アルジェンは麻痺の魔法をピンポイントで撃てるから、それ使ったのかのもな。

 でも俺から詳細を言うのはやめておこう。


 ちなみに森のダンジョンで黒装束軍団と戦った時は、ダンジョン管理者の魔界蟲本体さんがアルジェンに魔力を融通してくれたらしい。

 百人近くに麻痺を掛けて、更に重傷者の治療まで出来るなんて無茶苦茶な魔力量だと思ってたけど。

 もし大量の魔力を必要とする無理なお願いがあるなら、あのダンジョンで本体さんのサポートを受けるように働きかけてみよう。


 それはともかく。今は別の問題に対処すべきか。


「あのさ、お忍び旅行だからオーヒ様とか呼ばない方が良いと思うよ」

「フムフムフム、お忍び旅行なら汚職に励む商人達をギトギトにしてやるのです!」

「それ、油屋の油汚れだろ」

「パパのいけずなのです」


 何汚れでも良いけど、桜吹雪の演出がある攻撃魔法の発動も、漆器の入れ物を見せて土下座させるパターンもこの視察中には無しにして欲しい。

 あの御老公の持つ杖が仕込み杖ならもっとアクションシーンが面白かったのに…実に残念。


「ギトギトでもベトベトでも良いから、コッチが頼むまでアルジェンは手もクチも出さないようにな。

 いきなり燃やすのは絶対禁止だぞ」

「例外は空飛ぶ豚よね?」


 サーヤさんが言ったのは、有名な監督のアニメ作品のこと?

 あの人も燃やしたらダメだと思うけど。


「煽てて木に登った豚も丸焼きで良いよね?」


 どこの勇者がそんなネタ仕込んだんだよ…。

 と言うか、今は王妃様扱いしないって話をしてるとこで、木登り豚がどうなろうと関係ないよ。


「そうじゃった…そうだったわね。

 オーヒ様ではなく、サリーと呼べば良いじゃろ」


 青に紫のブチが入ったモンスター?

 それとも魔法を使える女の子?

 サリーと呼ぶようにと言われて、そんなキャラクターが頭に浮かぶ。

 前者は論外、後者で…いや、こっちは年齢的な壁が…


「…何か失礼なことを考えておらんか?」

「き、気のせいです!

 サリーさんと呼ばせて頂きます!」


 王妃様の名前はサリアスなので、サリーさん呼びなら許容範囲!

 一般的なお名前だしね! 

 

「オーヒ様のことはサリーと呼ぶのです!

 それならマブダチの私のことはアールと呼ぶと良いのです!」


 おーぃ、いつの間にマブダチになったんだよ。俺が昨日厨房に入ってた時にか?

 

「それならアールと呼ばせて貰うのじゃ…もらうわ」

「はい!なのです!」


 アルジェンの小さな手とハイタッチして笑顔のサリーさん…胃に穴があきそうだ。


「皆もサリーと呼んでくれ。

 クレストはサリー様で頼むぞ」

「何で俺だけ」

「普段から敬意を感じぬからの」


 確かにそうですけどね。

 国王陛下とか王妃様とか言っても、公式の場でもなければただの人だって分かったし。


「一般人扱いなのでサリーさん呼びしますよ。

 何か王家の紋章の入った持ち物って持ってないんですか?」

「…フィリー、何か持っておったじゃろ?」

「それなら…この…(ゴソゴソ)…王家のエンブレムの入ったピルケースがあります」


 フィリーさんがカクノシンスタイルで見せるのは、黒く塗られたサ○マ式ド○ップスの缶みたいな入れ物に、交差した剣と盾と馬のデザインの紋章が描かれた物だ。


「ははぁ~」

と条件反射で頭を下げる


「何をやっておる?」

「つい癖で」

「癖なら仕方ない。早く癖を治すようにな。

 それでこれをどうするのじゃ?」

「悪い事をした人を見付けたら、戦闘不能なぐらい痛めつけてからそれを出して見せたら、王妃様だと分かるでしょ?」

「お主なぁ、今回はお忍び旅行中じゃぞ。

 後でその地の管理者に書簡で伝えれば良かろう。余計な手間を掛けさせるでない」


 あら、残念。世直し旅の現場を目撃出来ると思ったのに。


「城門を通る時はどうするんです?」

「王妃になる前のギルドカードを持っておる。

 クイーンの称号をチラつかせぬ時はいつもそれじゃ」


 そう言って王妃様の見せたカードは苗字がコンラッドではない。これなら王家に繋がる者とは思えないか。

 後は言葉遣いと態度だけの問題だな。


「お腹いっぱいなのです!」

「あっ!俺のクレープが無いっ!」

「ごっつぁんなのです!」


 話している間にアルジェンに俺のクレープが横取りされたらしい。仕方ない、パンケーキで我慢しよう。

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