第45話 帰還の前に
目醒めの翌日、何故かスオーリー副団長が朝からじゃれ付いてくる。
「おらおらおらおらっ!」
一声発するごとに風が唸る音を残しながら煌めく銀色の光りは、玩具ではなく本物の剣である。
どれもが当たれば即あの世行きになりそうな一撃一撃を、ガツン、ガツンと音を黒い手が受け止める。
何故かは知らないが俺の体にアーミンの遺伝子が混ざり混んだらしく、部分的に黒い鱗を纏えるようになったのだ。
ガントレットを装備しなくてもそれと同等の防御力がありそうで、こんなものは見たこと無いぞ、試しに戦え!と副団長が玩具を見付けた子供のように催促してきたのだが…
俺の気分的には素手である。
受け損なうと間違いなく手がポロリ…確実な攻撃が受け止められた副団長の目が輝きを増すと、攻撃が徐々にエスカレートしていってエマさん達を未亡人にするつもりかと言いたくなるような激しい攻撃のオンパレード…それを次々と受け止め、最後に放たれた突きを白羽取りのような手捌きで受け止めると、副団長が舌打ちをした。
「最後の突きまで止めよったか…バックステップで逃れた者なら何人か居たが、止めたのはお前が始めたじゃ」
「どうせ病み上がりだからって手を抜いてんだろ?」
「そんなつもりは無いんじゃがなぁ」
「それなら老化だと諦めてくれ」
黒い鱗を拭き取るように撫でると、そんなものはなかったかのように綺麗さっぱり姿が無くなる。
魔力で出来ているものなので、魔力の供給をカットすれば無くなるのは当然のこと。
「それなら、お前に面倒を見てもらおうかの。
リミエンに別荘を持っておってよかったぞ」
「おっさん、呆けるにはまだまだ早いぞ!」
どうやらこの人を年寄り扱いすると、俺に無用な精神的ダメージが返ってくるらしい。
取り扱い注意とメモせねば…。
「それにしても、まさか素手で儂の剣を受けて平気とはのぉ…これでもコンラッド十傑と言われる中に入っておったんじゃが…少々自信を無くすわぃ」
「今の俺の力はドーピングみたいなもんだ。実力じゃないから気にすんな」
俺の存在そのものがこの世の理から外れてるようなもんだし、手が鱗化するようなおかしな能力が増えた程度なら大してことじゃないだろう。
これがいつの間にか全身鱗に覆われるようになったら大問題だけど、幸いにして鱗化は俺の意思でコントロール出来ている。
「クレストが珍しく儂に優しい…何か悪い物でも食ったか?」
「ブリュナーさんの飯しか食ってねえよ!
しかも副団長が一番多く食ってんだぞ!
うちは時間無制限の焼き肉食い放題の店じゃないんだからな!」
昨夜は俺が意識を取り戻した記念にと焼き肉パーティーになったのだが、俺は軽く甘さ控えめのパンケーキで焼き肉を丸めたものを一つ食ったのと、あとは果物を剥いてもらって適当に摘んだだけだ。
食いしん坊キャラではないので、起きたら『肉~!』と叫ぶこともない。
エマさんとオリビアさんは久し振りにお腹いっぱいになるまで食べれたと漏らしてたっけ。
昨日まではろくに食べてなかったとアルジェンがこっそり教えてくれたんだよね。
そのアルジェンとドランさん、カオリ、スライム達はいつもと変わらぬ食いっぷりだったそうだが、魔物だから人間とは価値観も違うし、本能に忠実なのだから当然だろうと思う。
逆に食欲が無い時は病気を疑わないといけないが、魔物を診療出来る医師なんて居ないだろう。
俺と副団長のじゃれあいを少し離れて見ていたアヤノさんとセリカさんを副団長が手招きする。
昨日までは毎日この二人と朝の鍛練をしていたそうで、青嵐や戦女神と言う王国を代表するパーティーメンバー、それに騎士団の副団長まで練習パートナーにしている冒険者って紅のマーメイドしか居ないんじゃないかな?
相手が一流になればなるほど、求めてくるものもより高度になるだろう。
俺はブリュナーさん以外と訓練したことはないが、恐らくベルさん達もブリュナーさんみたいに鬼のようになってしごいているんだろうな。
おっと、そうだ、この鱗化した腕ならブリュナーさんのナイフも止められるかな?
帰ったら試しに…いや…あの人なら斬れない物は無いとか言いそうだから、この技は奥の手にして隠しておこう。
それより指先に魔力を集めたら、爪がドラゴンの爪みたいにならないかな?
せっかく部分的に鱗化出来るようになったんだから、その先にそう言う変形技を思い付くのは転生者なら当然だよね。
ボーっとアヤノさん達が吹き飛ばされていくのを眺め、年甲斐もなく何ハッスルしてんだよと副団長にブーイング。
セリカさんにはダメージは入っていないだろうけど、ショルダータックルで真正面から吹き飛ばすのが騎士団の戦い方かよ?
アメフト部と間違ってないかよ?
二人の次はオリビアさん…オリビアさんも盗賊退治で名を上げたから、玩具にちょうど良いと思われてるのか…。やっぱり名を上げるもんじゃないってことだろうけど、もう遅い。
オリビアさんは遠距離の魔法攻撃から始めて、副団長にバンバン当たってるけど効いた感じが無い。
多分手加減しているのと、副団長の防御力が人間離れしているせいなのだろう。
光輪の武装モード偽炎・斬は手加減の出来ない攻撃なので、さすがにこれを副団長にぶつける訳にも行かず、接近戦に持ち込まれると戦士ではないオリビアさんには副団長を相手にするには荷が重い。
あっという間に倒されてゲームオーバー。
それでも満足した副団長が戻ってくるとニコニコ顔で、
「お前が羨ましい。
随分と見所のある者達に慕われておるな」
と、何かイヤらしい顔をする。
「当然、四人の枠は決まっておるんじゃろ?
早いとこ手を出してもらわんとな」
おいおい、オリビアさんにもまだ手を出してないってのに何てことを言うんだよ。
政治的なアレコレでオリビアさんまでは仕方ないと諦めたけど、嫁が四人と言うのはまだ踏ん切りが付かないし、出来れば回避したい。
「屋敷も当てがあるそうじゃし、引っ越しついでに皆と結婚するのはどうじゃ?」
「どういう論理の飛躍だよ?
引っ越しは…まだ正式には決まってないと思うけど」
「いや、カンファー家から了解が出ている筈だ。
年末までには引っ越しすると思うぞ」
「そうなの? 随分急な気がするけど、年明けからルケイドは男爵なのか…な?」
「恐らく年明け早々から新人貴族の修行に入り、誕生日迄にはそれなりの振る舞いが出来るように鍛えられるじゃろうよ。
儂としてはお前も一緒に貴族入りを果たしてもらった方が有難いんじゃが」
元日本人のルケイドが貴族入りね…アイツには常識はあるからそう大きな問題は無いと思うけど、俺は無理。
ブンブンと首を横に振って基礎嫌いをアピールする。
「それだけ首が振れれば体調には問題無いじゃろ。
死にかけたついでに性格も治ってくれれば良かったものを」
「うるせぇよ。あいにくそう言う病気じゃなかったからな。
まぁ、なるべく波風立てないよう気は付けるから心配するなって」
「儂が貴族だと分かってその態度…波風しか立てん、の間違いじゃろうが。
早いとこマナー教室に戻らせんとな」
体の心配が無くなったと思えば、次は結婚やマナーの問題ですか…色々面倒見てくれようとしているのは分かるけど、もう少し俺の好きなようにさせてもらいたいものだ。
でも、結婚したら好き勝手をするわけにも行かなくなるし、ある程度は確かにマナーも身に付けないと行けないか。
骸骨さんの影響が無いなら俺だってそれなりに…と言うか、骸骨さんはどうなったんだろ?




