第41話 オリビア合流
森のダンジョンの中でも外の世界と同じように一日がある。
天井にある光石や灯石と呼ばれる鉱石が、外の世界の明るさとリンクして夜明けと夕暮れを演出するからだ。
クレストの治療を開始して今日で二日目、見た目には全然変わった様子はみられない。
世界樹の下まで来てみたものの、あまりにも代わり映えが無さすぎる。
言うなら集中治療室に居る患者を外から見ているようなもので、違うのは距離だけだ。
「随分時間が掛かるのね」
「血管中の魔石のカスみたいなものなので、丁寧に取り除いているのです」
人工透析のような行為なので時間がかかっても仕方ない。
世界樹の葉で覆われて見えないが、下に居るクレールの中にはクレストの血液を吸い取り真っ赤に変色しているのだ。
そしてクレールをフィルターにして粉々になったクレストの魔石を完全に回収し、元の形に戻してからクレストに埋め戻す予定だ。
今の時点では生命維持の為にクアッドコアスライムの魔石を仮に埋め込んである。
元々はそのような面倒な工程を踏む予定ではなかったのだが、世界樹の神フラクヌスがエクスポート、インポートに例えた作業の本筋はそう言うことである。
ただ、そんなことをして治療前のクレストと全く同じになるのかは、実のところフラクヌスにも分からない。
理論と現実は違う言うなら、それは理論が間違っているか、検証方法やその他外的要因の影響のためだと考えるべきだ。
だが今回の治療は前例の無いことなのだから、違う/違わないの判断基準が無い。
あくまでフラクヌスのこうなって欲しいと言う、要望、願望、希望なのである。
命は助かりました、でも記憶はありません…では話にならないのだ。
実は余裕綽々のように見せかけていたフラクヌスには構うことなく、クレストは心配だが退屈過ぎるとアルジェンが駄々を捏ねる。
子供みたいなところがあるので、何もせずじっとしているのはアルジェンには無理なのだ。
そこで目に入ったのがクレストのアイテムボックスから放出され、持ち帰らなかった品の数々である。 今は退屈凌ぎに使える良い玩具となるだろう。
◇
一方の居住地では…
樹の魔物であるミハルの上に立つのは、オリビアの持つ火と水の適正を表す青と青のツートンカラーの魔道鎧ビアレフだ。
「この鎧を着れば、本当に最奥まで飛んで行けるのね?」
と、ビアレフの中からくぐもったオリビアの声が聞こえる。
『元々飛行性能はあったし、キリアスの皆さんが日々使い倒してアップグレードを繰り返してるから大丈夫』
自信満々に言いきるドランはオリビアではなく、現在そのビアレフと合体しているのだ。
ビアレフ自体が魔力の塊のようなものであり、自身の体を魔力粒子に変化させることの出来るドランにとって、ビアレフとの合体は人の中に入るより簡単な芸当であった。
「本当に大丈夫なのかしら…」
「オリビアさん、その鎧を着ると物凄く強くなれます!
性能は保証できますよ!」
オリビアは初めてのビアレフ化にまだ不安があるが、過去にピンクビアレフ化したアヤノが大丈夫だと背中を押す。
「そうなのね…でもこの鎧、確か長時間は使えないのよね?」
『今の稼働時間は一時間ちょっと。
それだけあれば、世界樹までひとっ飛びです』
昨日アーミンと世界樹まで飛んで行った感じでやれば、うまく行けるとドランは自信満々。
ただし根拠は無い。
『制御は私がします、オリビアさんは到着するまで寝てても大丈夫』
「寝るにはまだ早すぎるわよ、朝御飯を食べたあとよ」
寝ていてくれた方がラクだと思うドランだが、特にその事にこだわっている訳ではない。
『じゃあ、ミハル!
射出用意っ!』
「射出って何っ?!」
ドランの号令の後、オリビアの悲鳴は完全に無視され、ミハルの頭頂部に魔力が集まり始める。
オリビアが不安に駆られる中、
『五…四…三…二…』
とカウントダウンを始め、
『一…ファイヤーっ!』
の号令でミハルの魔力が爆発的に放出、オリビアが纏ったビアレフを一瞬にして発射角四十五度で天井スレスレの高さまで打ち上げたのだ。
「ほぉ、あの樹の魔物にはあんな芸当が出来るのか」
とスオーリー副団長は羨ましそうにオリビアを見送ったのだが、その当の本人は何が起きたのか分からず茫然自失状態だ。
「物凄い勢いで飛んでったわね。
カーラのハリケーンより上を行ってるわね」
「オリビアさん、大丈夫かしら?
同情しかしてあげれないけど」
「クレストさんが戻ってきたら、一人に一つビアレフ貰えないかな」
「私は飛ばすの専門で良いわ。
ビアレフを作って貰えたら、私がサーヤを飛ばしてあげるわ」
とマーメイドの四人が一言ずつ。
「大量生産可能なら軍用配備も検討したいが…」
強力過ぎる兵器を大量に揃えると、他国が色々と煩くなるのはこちらの世界も同じこと。
ビアレフの斧はゲラーナと戦っても勝てる攻撃力を有しているのだが、普段は樹を伐り倒すと言う何とも平和な用途に用いられている。
「…が、あんな色物を軍に抱えさせる訳には行かぬか」
副団長が色物と言うのはビアレフなのか、それともミハルなのか?
どちらにせよ、ミハルはこのダンジョンから出られないので、軍属となってビアレフを提供することは無いだろう。
「さて…ここでじっとしておってもどうにもならぬ。
儂らも出るぞ」
そうマーメイドの四人に声を掛けると、彼女達もてきぱきと動き出して慌ただしく居住地を出発したのだった。
そしてビアレフの中のオリビア達は…
「ちょっと! あれはヒドイわよ!
人間は矢じゃないんだから、発射したらダメ!」
『でも最大効率を発揮させたらオリビア死んでるかも知れないから、あれでも手加減したんだよ!』
「手加減されても意識飛んでたわよっ!
あんな危険な物は使用禁止!」
『えーっ! クレストさんなら喜んで使うと思うけど』
「あの人を判断基準にしちゃダメよ!」
『そうかなー?
うーん…うん、聞かなかったことにしよう』
やっぱりクレストさんが連れて来た子だけあって、優秀なところはあるけど、どこかずれているのよ…とオリビアが内心溜め息をつく。
それでも墜落することもなく、射出時の衝撃さえなければ、ビアレフでの移動は快適そのもの。
姿勢制御もドランが行うので、手足がダランと垂れ下がることもない。
アニメや特撮のヒーローが空を飛んで移動するシーン、あれって普通なら手足が重力で下を向いてしまうから、そうならないように体を硬直させないといけない…と思うのだ。
そんなヒーローより遥かに楽々なフライトを続けること一時間ほど。
オリビアの目に世界樹がはっきり見えてきた。
実はあまりに暇過ぎて眠っていたところをドランに起こされたのだ。
『こちらファイヤーバード、ドランザム、着陸許可求む』
無線通信を意識したような、格好をつけたドランに対し、受信したアルジェンの反応はと言うと、
「勝手にビアレフを改造しないで欲しいのです!
それに長時間のフライトは故障の原因になるのです!」
と、怒気の籠った返信が来た。
どうやらドランの行為は無許可だったらしい。
「そう言えば…背中がさっきから熱くなってきたわね…」
「カチカチ山じゃないのです!
早く着陸してビアレフを解除しないと、爆発するかも知れないのです!」
「えっ! ドランさん、緊急着陸っ!
早く脱出しないと!」
アルジェンの言葉にオリビアが慌て、世界樹まであと少しのところに着陸した。
「オリビア、早くビアレフを外すのです!」
「外し方は? 知らないわよ!」
「仕方ないのです!
…『緊急パージ!』」
急いで飛んで来たアルジェンがビアレフに手を当てると、赤と青のツートンカラーのボディから色が失われて灰色になる。
そして角砂糖が溶けていくように姿を消して行った。
「…ヤバかったのです」
そうポツリと漏らしたアルジェンを見て、焦ったこの子なんて初めて見たわとオリビアが記憶を思い返すのだった。




