第40話 オリビア達は居住地へ
黒龍アーミンのお陰で、思った以上に早く森のダンジョンの最奥に到着することが出来たエマは、世界樹の葉に覆われたクレストをアルジェンと見守っている。
「アルジェンちゃん、今はどんな治療をしてるの?」
ここに来たからと言ってエマに何か出来る訳ではない。
だからと言って、いつどのようになるか分からぬクレストを一人で放置することが出来なかっただけである。
容態は安定しているように見えるが、そもそも魔力欠乏症と言うものは症例が過去何度かあっただけで、一般的なものではない。
過剰な魔力の放出により発症すると言うことと、魔力を失うと言う結果しか知られていないのだ。
「今はパパの体に散っている魔石をクレールに移している最中なのです」
「へぇー、クレストさんって体の中に魔石があったんだ。
だからあんなに魔力があったのね」
きっと何か特別な手法で魔石を取り込んだのだろうと軽く考えたエマに、
「それは違うのです。
人間は皆、魔石を持っているのです。
これはトップシークレットに属するものなので、パパは誰にも教えていないのです」
と、これは内緒だからね、と言いながら秘密を教えるどこかのお喋りさんの真似をするアルジェンだ。
「でも、それがどうして秘密なの?」
「人間は魔石を採る為に魔物を倒すのです。
それが知れると、誰かを殺して魔石を得ようとする者が現れるかも知れないのです」
「…あぁ、そう言うことね」
人間の体内に魔石があると初めて聞かされ驚き、それを秘密にする理由にも合点が行く。
「勇者召喚に人質を大勢集めてやるって聞いたことがあるのは、まさかその人間の魔石が必要だったってことなの?」
出所は不明であるし、コンラッド周辺地域はキリアスを除いて勇者召喚を早々に禁止しているので真偽は不明だが、まことしやかにそのような噂が今でも流れている。
「本体さんには召喚の記録は残ってないので、それは分からないのです。
でも勇者の世界とこちらの世界を繋ぐには、神様のような存在に頼るしかないと思うのです。
仮にその神様カッコ仮と呼ぶことにするのですが、無償では嫌だから何か寄越せと要求したのがその人質なのかも知れないのです」
「神様はただでは動いてくれないよね…それが寿命の半分とかドラゴンのアレなのね…」
人類史上初のドラゴンの何のシーンを見てしまったエマが、アレのあった場所に顔を向けると既に黒い小山は無くなっていた。
「美味しくいただきました的な、何かがあったみたいね。
どうやって食べたのかしら?」
「実は世界樹も、ミハルみたいな樹の魔物が正体なのかも知れないのです」
「アルジェンちゃんなら呼び掛けたら返事がもらえるのよね?」
「今は治療に専念しているので難しいと思うのです。
それに神様がホイホイ出てくると、有り難みがないと思うのです」
でもアーミンに燃やすように言ったの、アルジェンちゃんよね?
◇
オリビア、スオーリー副団長、そして『紅のマーメイド』の四人が、カラバッサを二頭の牙馬に牽かせてリミエンを出た。
サーヤとカーラのコンビは今回も馬で同行し、アヤノとセリカが御者台に座る。
携帯電話も無線もないので、エマの現在地は全く掴めないし、クレストの容態も分からない。
不安しかない六人組は、喋ってはいけない儀式にでも参加しているかのように、殆ど誰も何も喋らない。
たまに出てくる言葉があるとすれば、
「大丈夫か?」
ぐらいである。
その日の夕方に森のダンジョンの居住地に到着した彼女らも、最初に各ギルド支部のある建物を訪ねた。
「げっ! 副団長!」
受付カウンターに座っていた一人が、スオーリーの顔を見るなりそんな声を出す。
荒くれ者が多かった時代の冒険者ギルドでも、スオーリーより極悪そうな顔をした者は居なかったに違いない。
「儂の顔に何かあるのか?」
一目見るだけで不幸な気持ちにさせる能力があります!とは、クチが裂けても言えないだろう。
「いいえ、今日は黒龍の飛来とエマさんが走って来たのと、留めに副団長の訪問で、もうお腹いっぱいな気分です」
と少し冗談ぽく答え、手を左右に振って辛うじて誤魔化した。
「そのドラゴンはどうなったか知らぬか?」
「ドランさんと合体して、王城に戻りました。
ドランさんが黒くなっていて驚きました」
オコジョに戻ってマジックバッグを通過した様子を教えて良いものか、クチに出してから悩む受付嬢である。
「そうか、それなら問題は無いな」
王国の守護龍ポジションなので、王城から離れっぱなしになるのは良くないだろう、と言うのが特に根拠は無いが彼らの見解である。
「ドラゴンは挨拶して行ったか?」
何気なくスオーリーがそう受付嬢に聞くと、
「行きは単にこの上を飛んで行っただけですけど、家畜達が暴れて大変だったそうです。
でもね!
帰りは門の前の広場に着陸しやがったんですよ!
もうビックリしましたよ!
ドラゴンのカチコミ、つまりドラコミかと思いましたよ! もうね、死ぬかと思いましたよ!」
とアーミンに対する怒りのようなものが受付嬢を興奮させてしまったようだ。
それから長々と続く愚痴にうんざりした副団長が、
「キリアス方面対策局の副局長が儂の弟に決まってのぉ、ここに常駐することになる」
と、脅しのようなことをポツリと呟く。
「儂と双子でな、そっくりなんじゃよ」
「おぉ神よっ!
あなたはっ! なんて無能なのですかっ!」
「それはヒドイ言われようじゃわい」
神に向かってなんと罰当たりなことを抜かすのかと呆れ、そんなに儂の弟がここに来るのがイヤなのかと軽くショックを受けるが、自分達兄弟が良く弄られてきたので立ち直りも早い。
「クレストが局長に就くのは決まっておるが、ちょっとトラブルがあって時期は未定じゃ。
弟と顔を見合わせたくないなら、上の者に別の建物を用意させんといかんぞ」
「はいっ! 是非その通りに!」
仕事は出来て人当たりも悪くないからここに派遣されているのだが、次の人材は儂らにビビらん者にせねばと溜め息をつく。
それでも聞きたいことは聞いたので、役場を出て外から来た者達用の建物に荷物を下ろす。
すぐにルーファスがやって来て、先程の受付嬢と同じようにドラゴンが来るなら先に伝達してくれと文句を言われる。
それからエマが一人で走って来て、森の奥に向かって行ったことを当然のように質問される。
込み入った話になるので、夕食後に人の耳の無い場所で話すことにして一度帰ってもらう。
「明日から森の中ですね。
私達が到着するまでに治ってくれていると助かりますけど…」
オリビアもクレストと婚約することとなり、エマと同じようにクレストの元に居たいと言う気持ちが強い筈だと、スオーリーは心中を察する。
「アーミンが居ない以上、空を飛んで行くことも出来ないし。
飛行タイプの人を運べる魔物ってそうは居ませんよね…」
この居住地で空を飛べるのは、カブトムシのゲラーナと鶏達だけの筈。
ダンジョンだから違った魔物も居るだろうが、クレストのように魔物を従える能力を持っていなければ意味がない。
『オリビアさん、来てたんだ』
二人が建物から出たところでドランと合流する。
「アーミンを城に送ってくれたそうじゃな。すまんかったぞ」
『いえいえ、私の取り柄は移動系スキルですから』
そうは言うが、パタパタ羽ばたく翼の向こう側で左右に揺れる尻尾を見れば、喜んでいることはすぐに分かる。
『そのついでに、明日試したいことがあるので付き合ってもらいますよ』
ドランから食べ物以外のお願いとは珍しい。
話の流れからして、やはり移動に関する提案なのだろう。
牙馬とドランが合体すれば、レーシングカー並の速度…は無理でも、地上最速記録は出せそうだが、クラッシュした時の被害を考えると牙馬と合体させたく無い。
それにシャリア伯爵領から出たキャラバンの護衛の時にも散々弄ったので、今さらである。
出来ればドランには安全安心を常に心掛けながら新しい物事に取り組んで貰いたいと切に願うオリビアと、今度はどんな面白いことをやってくれるのか期待に胸が高まる副団長であった。




