第2話 三者三様の悩み
クレスト達が当初の予定通り王都を出発した…予定通りなのは日にちだけである…頃、リミエンでは王都からのプラチナバット便を受け取った三人がパニックを起こしていた。
まずは冒険者ギルドにて。
「アルジェン達の存在がバレたそうだ。
しかも…『妖精等希少魔物保護令』なる法令が発布され、クレスト君のペットが保護されるらしい」
「それは良かったじゃないですか!」
ギルドマスターの執務室に呼ばれたエマが、やったね!と小さくガッツポーズ。
元々それはエマがリミエン伯爵に制定をお強請りした制度であり、エマが喜ぶのは当然である。
「しかし初日にいきなりか…これじゃ危険視されるのも当然だろう。
ベルを付けておいたのに、これじゃ意味が無い。アイツ、また風俗にでも行ってたのか?
…はぁ、頭が痛いよ」
黙って報告書をエマに渡したライエルが、そこで態とらしく額を抑える。
大袈裟ね!と思いながらそれを受け取って目を通したエマも、
「あの人…」
と呟いて顔を両手で覆った。
スオーリー副団長の双子の弟のクラッドリーが、初日の丸焼き事件と女装事件、そして法令発布式の様子を書いて送ったのだ。
人を投げ飛ばすような冒険者が居る冒険者ギルドなんて、無くなっても良いとエマもそう思った。
だが、だからと言っていきなりボードンを燃やしたのはアルジェンが周囲に与える印象を良くないものにしたことだろう。
クレストがずっとアルジェンには攻撃魔法は使わせたくないと言い続けていたのに、その思いが一瞬にして無にしてしまったのだ。
その後はベルがクレスト達の手綱を引くことで上手く回避したようだが…一番の問題はその後だ。
何故、選りに選って私に変身したのよっ!
まさかアルジェンちゃん、私の胸や大事な所までクレストの体に再現してないわよねっ!?
エマがその報告書の中で憤っているのはそこの部分であった。
一方のライエルは話に聞いていた王都冒険者ギルドの駄目さ加減に幻滅し、市民からの冒険者に対する風当たりや不信感と言ったマイナス方向の精神作用が特に気になっていた。
王都からやって来る人々が冒険者の悪い噂を吹聴すれば、現在冒険者のことをそれ程悪く思っていないリミエンの人々にも波及する恐れがある。
冒険者は一般市民からの依頼を受注しなければ、食べていけないのだ。
その一般市民が冒険者に対して不信感を募らせないよう、ライエルはギルドマスターに就任してからずっと冒険者のランク設定に苦心してきた。
それなのに、法令発布式会場での冒険者の大量逮捕である。
王都では冒険者の信頼がガタ落ちしただろうと青息吐息。
そんなライエルの気も知らないで、エマは自分に変身したクレストをどうしてくれようと指をポキポキ鳴らしながら考えるのだった。
その様子を見て、初めてエマが恐いと思ったとライエルがポツリと漏らすのはいつになるだろう。
しかしその後に続く法令発布式後のアルジェンソロライブの様子を読んで、私も見たかったなぁ…と思いっきり頬を緩めるエマに、既に親馬鹿になっているのだとライエルがホッとしていたのだ。
次に商業ギルドにて。
「おいおい…まさか初日からやらかしやがったのか…」
「やらかしたって、あの子が?」
勝手にクレストの執務室でお茶を飲んでいたのは、不動産部のレイドル副部長と人材派遣部のメイベル部長だ。
茶器や茶葉は部屋の主からの指定が無ければ、商業ギルドが適当に選んだ物を用意しているのだ。
サービスと言えばサービスであるが、クレストの持つカードの年会費大銀貨百枚の中から出されたようなものであり、その額からすればゴミのような金額である。
もっともそのカードはレイドル達が押し付けたものなのだが、敢えてここでその事に触れる者は居ないのだ。
つまるところ、知らなければ尻の毛まで毟り取られるとは良く言ったものだ。
クレストがこのカードのことを知る気になれば、別の選択肢もあったのである。
この際、レイドル達の説明責任についてはとやかく言うまい。
アルジェンのやらかした丸焼き事件は冒険者ギルド絡みなので商業ギルドとしてはどうでもよく、クレストが王都の商業ギルドでやったことに付いての話だ。
「えっ、あの子がそんなの考えたの?
ちょっと信じられないけど…夜の生活向けコスプレ衣装に避妊具ねぇ…。
これまた貴族の馬鹿共が狂喜乱舞しそうな商品よね」
「そう言うメイベルも貴族だろ。
どうせアイツのことだ。戦女神とベルの圧力に屈して案を捻り出したんだろう。
まぁ、衣装の方はともかく、問題は避妊具の方だな。
望まぬ出産による問題が回避出来るのは有難いが、赤ん坊が減るのは困りものだ」
オリパラ…パラの方は知らんけど、参加者にコンドーさんを無料配布する意味が未だもって正直分からない。
国や大陸を越えて男女仲良くやろうって精神の、やるって意味をエッチと取り違えた馬鹿なお偉いさんが居るのだろう。
恐らくラブアンドピースのことも、皆でイチャイチャエッチしたら世界が平和になるんだ、と思ってんだろうね。
所詮I○CもJ○Cもその程度の連中の集団で、金のことしか頭に入ってないってことだ。
商業としてのスポーツのないこちらの世界では、とくに農村地域では割とエッチ方面もオープンだから、子供が良く生まれる。
これは乳幼児死亡率の高さを出産数でカバーしようと言う多産多死の考えが根本にあるので当然のことだ。
字面だけで言えば、産めよ殖やせよのスローガンに近いと言えなくもない。
けど、このスローガンが出た当時の背景をよーく考えると、色々おかしいのでそう言う物があったのかってネタ程度にして深掘りはしないのが吉。
その産めよ殖やせよのスローガンとは一切関係は無いのだが、農村地域で子供を多く産む傾向にあるのは、やはり一番に労働力確保の為である。
でもねぇ…子供が増えると出て行くお金も増えるのだ。
収入を増やす為に子供を増やして出銭が増えるのだから、農村地域がお金持ちにならないのは当然だよね。
そこで偉い人がピキーンと閃いた。
「暇してるシティーボーイさ来て貰うべさ。
そんだらワイラは子供さ作らんでよーなるべさ」
こうして冒険者ギルドから低ランクの冒険者の団体がやってきた訳さ。
そったら、都会じゃ全然モテねぇ男らも田舎じゃヒーローみたいなもんだべ。
黙っとっても女の方から寄ってきたんだべさ。
そったら、村の男らなーんも女に手ぇ出してねぇのに、出産ラッシュになっただべさ。
これ、どーなっとるべ?
と言うことで、欲望を満たしたヤリチン共は熨斗付けて都会に返品されたんだけど、これ、血の入れ替えって意味のみにおいては正解だったんだよね。
でも望まない妊娠だった訳で、こう言う場合に避妊具はあった方が良い。
まぁ、これはあって欲しくない一例だ。
逆に赤ん坊が減ったら困るって言うのは、レイドルの頭の中には特定の人物の名前が浮かんでいる訳だ。
その相手に対しては、金持ちは子供をバンバン産ませて、ドンドン消費して、市中に金を回せとハッキリ言ってるからね。
それなのに避妊具なんて使われたら、金持ち連中も一人二人しか子供を産ませないようになるだろうから、商業ギルドとしては大迷惑を被ることになる。
だから薄い避妊具を作ろうなんて計画にレイドルが困惑しているのだ。
それならやはり、アイツには複数の妻を持たせるしかない…そう結論付ける悪徳業者レイドル興業に早変わり。
幸いアイツを好ましく思う女性は片手では足りないのだ。
現時点に於いては第三級市民権ホルダーであるが、第四級にして四人の妻を娶らせよう。
第五級と言うのは現在の制度では存在しないが、そこはリミエン伯爵に相談だ。
妻が四人居れば、最低四人の子供が産まれるだろう。これぞクレストスタリオン計画である。
クレストの意思?
そんなのはどうにでもなるだろう…と根っからの悪人根性を見せるレイドルと、やり過ぎるたら可哀想だよとクチを出すメイベルだった。
「それと、アンテナショップに出店するキャプテンクッシュとガバルドシオンの職人育成費用、及び冷蔵魔道具と魔道コンロのお強請りか。
如何にもアイツの考えそうなことだな」
「それ、認可されたの?」
「最終的に折半になるだろうが、半分出させるとは大したタマだ。
ん…ギルドマスターに対する敬語の使用を拒否?」
「私もあのギルドマスターに敬語は無理…でもハッキリ言うのは…馬鹿ね。
あの子じゃなかったら出禁になってるわね」
四十代の男女が揃ってクレストの取った態度に溜息をつくのだった。
そして最後に領主館にて。
「スオーリー副団長とベル殿が二人とも正式にクレストの後ろ盾になってくれたのか。それなら謁見も心強かったであろうな。
それにしても、随分と彼の肩を持つのだな」
領主館にプラチナバットを送ったのは、元青嵐のルベスである。
ベルがそのように催促したことを伯爵は知らないが、何となくそうであろうと想像は付けている。
「アルジェン保護令、ラクーンの軍への売り込みも成功か。
キリアスの移民のことも何とか切り抜けてくれたな…ん?
ベル殿をあのダンジョンの管理責任者に任命するつもり…か」
ルケイドには既に来年の叙爵後、速やかに管理者のポストに就くようにと書面を送付済みである。
そうなるとベルがルケイドの上司となる訳だ。誰をリミエン側の責任者に据えようかと悩んでいた伯爵にとって、ベルの決断は渡りに舟と言えるだろう。
現在は王都に住居を構えているベルだが、リミエンに定住するつもりがあると言うのも有難いことだ。
著名人が多く住むと言うことは、それだけ人々の話題にリミエンが上ると言うことなのだ。
それとは別に、クレストをトップに据えるキリアス方面対策局には、スオーリー副団長の弟であるクラッドリー殿が副局長に内定している。
まだキリアスに通じる地下トンネルが使えるのなら、トンネルを使った交易を細々と続けながら、魔熊の森ルートの開拓を目指したいと伯爵は考えている。
キリアスの領土獲得を目指すつもりは伯爵には無いのだが、王城側はこの局の隠された目的の一つとしてそれを挙げていることに薄々感付いている。
敢えて火中の栗を拾いに行くような行為であるし、実現可能性を考えてみればキリアスの領土獲得など不可能であろう。
それでも鉄鋼資源に乏しいコンラッド王国としては、何とかしてキリアスの鉱山の一つからでも採掘権を得るために何らかのアクションを起こすのでは無いかと伯爵は想像している。
それと言うのも、五大勢力の内の二つの勢力の最高権力者とクレストが誼を通じていることが理由に挙げられる。
召喚勇者の一人、『赤熱の皇帝』ことセキネさんの率いる軍は捕虜を魔薬によって操り、精神を破壊した上で戦地へと送り込む。
そしてその魔薬による影響は通常では回復不可能だと思われていた。
まさかその回復に成功した捕虜がリミエンに居るとは思いもしないだろう。
リミエンから直接の軍事能力の派遣は難しいが、クレストが保護した将校のラードンの知識を利用すれば、西方を支配する赤熱の皇帝に対して中央の鋼鉄王に一撃を入れさせることは可能であると考えられるのだ。
「それにしてもだ。
スオーリー副団長も引退後は移住を決めた上にベル殿もだ。
後ろ盾と言いながら、実はクレスト殿の首輪として付いて来るのではなかろうな?
だが、あの二人にクラッドリー殿も加わるとなれば、クレストへの対抗戦力としては十分と考え方ても良いだろう。
しかしクレストが二十歳前なのに対して三人とも四十代。
十年後には戦力バランスがクレストに傾くかも知れん。マーメイドの四人はクレストサイドだ。
これなら金貨級以上の冒険者を下手に彼に会わせぬ方が良いのかも。
ライエルと相談だが…アイツは中立か、それともクレストサイドかが問題だな」
クレストとライエル本人が居る前では決してクチには出せない悩みに、リミエン伯爵は悶々としながら通常業務を熟して行くしかない。
だが彼らの抱えている今の悩みなど、この後に届く報せに比べれば、取るに足らないものであったかも知れないのだ。