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第36話 治療開始

「このまままっすぐ! あの山にダンジョンがあるのです!」


 高度僅か五百メトルの低空を速度を落として飛行する黒龍にアルジェンが指示を出す。

 森のダンジョン前交差点にはキャンプ地があり、ここでも村を作る為に何人も働いているのである。

 その作業員達が接近してくる黒龍に気が付き慌てて逃げ出そうとするが、当のアーミンは全く気にすることもなく滑空体制に入って徐々に高度を下げていく。


 ダンジョン入り口には不審者が入らないように二人の門番が立っていて、次第に大きく見えてくる黒龍に逃げても無駄だと悟り、且つ脚が震えて逃げることも出来なかった。


 その二人のすぐ近くにゆっくり籠を下ろし、アーミンがホバリングしながらダンジョン入り口を見て一言。


『入り口が狭い』


 馬車が二台並んで出入り出来る通路であるが、アーミンの体はもっとデカイ。


「ハロハロー、こちらアルジェン。

 …急に野生のドラゴン連れてくるな?

 文句は寝てから言って欲しいのです。

 …それは寝言の間違いだ?

 そうとも言うのです」


 小さな水晶の板を耳に当てるような仕草で一人でぶつぶつと話し始めたアルジェンだが、中に居る魔界蟲本体さんとの連絡なので仕方ない。

 もっとも、わざわざ声に出す必要は無いのだが。


「この入り口が狭くてアーミンが入れないのです。

 一度オコジョに戻るとクールタイムが発生するので、このまま通れるように入り口を広げたいのです」


 アーミンが黒龍から白オコジョに戻ると、また黒龍になる為には一日待たなくてはならない。

 これは黒龍と言えど、急激な変身が体に強い負担を掛けているからである。


「…ダンジョンの魔力は次の工事用にストックしたい?

 それなら仕方ないのです。

 私が入り口を広げるので、アーミンは魔力を私に流すのです」

『マナリンクを使えば良いのだな』


 アーミンから降りたアルジェンがパタパタと飛んでダンジョン入り口の斜面に両手をベタッと付ける。


「拡張を始めるのです。

 『穴マシマシシールド工法、おくちアーン大きく開けて~発動!』」

『気の抜ける魔法の使い方だな…マナリンク…』


 黒龍が現れたかと思えば、次は蝶の羽を持つ妖精が出てきて何やら喋って入り口に張り付き、おかしな呪文を唱えるのだから何が何やら訳が分からないと全て諦めた門番の二人だ。


 だが、今度はダンジョン入り口がピカッと光り、その光が消えると黒龍が余裕で通れるサイズにまで拡張された入り口に腰を抜かした。


 そして黒龍は籠の持ち手を咥えると、ゆっくり中へと入って行く。

 黒龍が通り終わると入り口がまたピカッと光り、元の大きさに戻ったのを見て全て無かったことにしようと決意する。


『ダンジョンの中は我が飛行できるほどの広さがあるのだな?』


 籠を咥えて通路を歩くアーミンがアルジェンにそう問い掛ける。

 念話を使っているからこそ出来る芸当だ。


「ダンジョン産ドラゴン三体とバンパイアが戦闘出来るぐらいのスペースがあるのです。

 もう出口なのです」


 通路の先は魔界蟲三体とオーガ一体を相手にベル達が戦った広場であるが、現在は出荷する木材をストックしておく倉庫と化している。


『ここは随分と変わったダンジョンだ。

 かなり手が加えられているが、余程の変わり者が管理しているのだな』

「今は私の本体さんが管理者なのです。

 中に住む人達の安全第一で暮らしやすく、かつ生産性を向上しているのです」

『本人が納得してやっているなら別に構わんが』


 アーミンも過去に幾つかのダンジョンを冒険したことがあるが、人間と共存するようなダンジョンなど見たことがない。

 ダンジョン管理者が魔力を使って自由自在にレイアウト変更や魔物、宝などの配置が可能なのだが、多くのダンジョン管理者はやる気ゼロか侵入者の排除に動く。


 ダンジョン管理者同士はダンジョンネットワークで繋がっていて、中にはお喋り好きな管理者やノリの良い管理者も居て、D1グランプリが不定期に開催されているらしい。

 クレストはすぐに管理者を卒業したのでグランプリには参加出来なかったが、あのまま管理者を続けていれば入賞は確実だっただろう。

 もっとも、入賞したからと言って何かが貰える訳ではないが。


 広場に出たアーミンは、広場から離陸するとダンジョンの中をスピードを抑えて飛行を始めた。

 広いダンジョンと言え、音速で飛べば乱気流を引き起こして木々にダメージを与える可能性がある。


 中で暮らす人達に与える影響を少しでも抑えようと言うつもりもあったが、外と違って何百メトルもの高度が取れる訳ではなく、結局キリアスからの移民達が黒龍の襲来に恐れおののく結果となった。


 そんな移民達の様子に気が付くこともなく、黒龍はアルジェンの指示に従って真っ直ぐ飛行を続ける。

 牙馬の牽くダンジョン産の馬車で片道一週間を要する道のりだが、それは曲がりくねり、かつアップダウンのある道路を安全に走行した為である。


 道路を無視して直線コースで飛んで行けば、片道約三百キロのコースでも二時間足らずで世界樹の元に到着することが出来たのだ。


「さすがアーミンなのです。

 ダメドランとは大違いなのです」

『アルジェンはそう言うがな、ドランも我を一瞬でリミエンに運んだのだ。

 ダメドラと呼んでは可哀想であるぞ』


 意外とドラゴン属は仲間に優しいのであった。


「分かったのです。

 なるべくそう呼ばないように考えておくのです」


 考えるだけで結果は保証しないと言うことだが、そこまでアーミンも深く気にしている訳ではない。


「さて、パパを世界樹の下に移動させるのです。

 クレールがお迎えに来ているのです」


 アルジェンが言うように、既にこの場にアルジェンとトレードしたクレストのスライムの一匹が待機していた。


「クレール、かなり大きくなっているのです。

 少しダイエットした方が良いと思うのです」


 スライムだから元々まん丸で、太ったと言うイメージはない。

 ダンジョンの中で栄養満点な魔物を多く食べているので、ラルムとピエールより強力なスライムに進化しているだけなのだ。

 太ったと言われて抗議するように触手を伸ばしてアルジェンを軽く叩こうとする。それが遊びだと分かっているので、アルジェンも逃げずに何度かペチペチと叩かれてやる。


『呑気に遊んでいる時ではないぞ。

 マスター・クレストを早く治療せねばならん』

「そうなのです。

 クレール、パパを運んで世界樹の下まで運んで欲しいのです」


 クレールがアルジェンに指示されると、素直に二本の触手をクレストに巻き付け、大切な物を運ぶように慎重に触手を操作して世界樹の根元まで移動する。


 そしてそこで丸いボディをマットレスのような形に変えて、その上にクレストをそっと乗せる。


「クレールもなかなかやるのです。

 では、ここからは私のターンなのです」


 そう言ってアルジェンがクアッドコアスライムの魔石を取り出す。


『それは変わった魔石だな。

 特殊な魔物の物なのか?』

「これは少々訳ありなので、完成黙秘を貫くのです」

『ならば聞かぬ。マスター・クレストなら秘密の十や二十あってもおかしくないだろう』


 アーミンは長生きしているだけあって、細かなことは気にしない性格なのだ。

 無闇に人の秘密を知りたがるような趣味は三千年ほど前に捨て去ったのであった。


「代わりに一つだけパパのとっておきの秘密を教えるのです。

 実は…ほくろから長い毛が一本生えているのですっ!」

『どうでも良い秘密だな、その毛は抜かぬ方が良いだろう…はぁ…』


 アーミンが疲れたように溜め息を吐き、少しだけ期待した自分が馬鹿だったと諦める。


「どこに生えてるか聞かないのです?」

『言いたくば勝手に言えば良かろう。

 それより早くその魔石を使うが良い』

「くっ、とっておきの漏らしても良さそうな秘密だったと言うのに、こんなに簡単にスルーされるとは…悔しいですっ!」


 そう言いながらもいそいそと魔石をクレストの胸元に乗せると、世界樹の方に飛んでいきペタリと両手を付ける。


「世界樹さん、世界樹さん。パパが魔力欠乏症で危険なのです。

 今からパパに魔石を吸収させる処置を行うのです。

 もし失敗したらアーミン黒焦げの消し炭に変えさせるので、暇のついでに私のフォローをしなければならないと良く理解しておくべきなのです」

『我を勝手に脅しの道具に使うでない。

 世界樹は我の炎でも燃やせぬ筈…

 我に燃やせぬ…?

 …。

 燃やせぬか…

 試してみる価値はありそうだな』


 アーミンには変なところにスイッチがあったらしく、天井に向かって軽く炎を吐き、喉の様子を確かめる。


《馬鹿を申せっ!

 お主に燃やされて燃えぬものなどあるまいっ!》


 世界樹の中からそんな慌てたような念話が二人に届く。


『…世界樹の声か?』

「一度パパを直してくれた人なのです。

 でも不完全だったので礼はいらないのです」


 一度死んだ人間を復活させただけでも礼を言う価値はあると思うが、今のアルジェンにそんな常識は通用しない。


《そんなことを言われてもの、死んでダンジョン管理者になった者が復活した例は他には無いのだぞ》

「世界樹を頼るダンジョン管理者なんて居ないと思うのです。

 そもそもダンジョンの中に世界樹があること自体がおかしいのです」

『アルジェン、今はご機嫌を取ってマスター・クレストの治療の手伝いをさせねばならんのだ。

 本心でなくとも敬う振りはせねばならん』

《…黒龍よ、お主の念話は範囲タイプだと言うことを忘れておらぬか?

 今のは儂にも丸聞こえじゃ》


 あっ、うっかり!と言う顔をしたアーミンが今さら取り繕ろうとしても遅すぎる。

 とは言え、黒龍や魔界蟲に世間一般の礼儀や常識を求めるような世界樹の神ではない。

 こうやって人間を助けようとする二人の気持ちは神

にもそれなりに伝わっている。


《お主らがやろうとしておるのは、その魔石を吸収させてクレストの魔石を復活させることじゃろ。

 普通なら体内のどこに魔石が集まるか見当も付かない危険な行為じゃ。


 どこでそんな方法を聞いたのかは知らぬが、その方法を考えた者は血管のことをどこまで考えておったのか…恐らく考えておらんのじゃろうな。


 儂も敢えてリスクを取ることはやめて魔石を壊れたままにしておいたのじゃが、まさかこんなに早く寿命が来るとは思わんかったわい》


 寿命の半分を復活の代償としてクレストから吸い取り、あと四十年は魔力欠乏症が起きないようにした筈だが、と世界樹の神が訝しがる。


 彼が想像する以上にアルジェンとの合体がクレストの体に負荷を与えていたことが原因であり、そもそもアルジェンがクレストの中に入ってKOS化するなど神にとっても想定外過ぎたのだ。


 だが元通りに治したと言った手前、想定外だから儂は知らんと言うのは神のプライドが許さない。


《一度クレストの血管内の魔石粒子をクレールにエクスポートさせる。

 それからその魔石を埋め込み、上書きする形でクレールからインポートするのが一番安全じゃと思うが、それで良いかの?》


 良いかと問われても、アルジェンだって治療方法を詳しく知っている訳ではない。

 骸骨さんから聞いた話をクレストから又聞きしたに過ぎず、万全を期して世界樹を頼ろうとしていただけなのだ。


「パパが治るなら任せるのです。

 私がパパの中に入って治すより安全だと思うのです」

《うむ、それではそのように》


 世界樹から木の葉がヒラヒラと舞い落ち始め、あっという間にクレールとクレストの体を覆い隠す。


《…オンビセイゼイビセイジャサンボリギャテイソ…》


 世界樹から厳かな神の呪文が流れ始まると、辺りは徐々に明るさを失っていく。


「まだお昼前なのに暗くなっていくのです!

 お昼ご飯を食べていないので一食損したのですっ!」

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