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第35話 騒ぎの後

「何とか収まったか」


 黒龍出現による混乱の後始末の為に町に出て、何度か演説を行った伯爵が胸を撫で下ろす。

 時刻は正午十六時を過ぎた頃だ。良い具合にお腹も空いているので、予定通りクレストの屋敷へと向かう。


 玄関のドアをノックするとすぐにドアが開いてメイドが出迎えた。

 玄関はリミエンでは珍しい靴を脱いで上がるタイプで、家の中をスリッパを履いて歩くのは初体験である。


 リビングに案内されると、一見子熊だが実は実力者であるラビィが猫と子供二人と遊んでいた。


「昼飯に来る客言うのは伯爵はんやったんか」


 とても伯爵相手の言葉遣いではないが、ク魔族であるラビィには人間の位などお構い無しである。


「リミエン伯爵様、ようこそいらっしゃいませ?」

「リミエン伯爵、ルーチェと遊ぶの!」


 ロイは一応丁寧な対応をと頑張ったが、結果はまだまだの出来である。

 ルーチェにはまだ敬語の理解が出来ていないので平常運転だ。


 マローネだけは人見知りしてソファーの裏に隠れたが、ロイが操る猫じゃらしに釣られすぐに出てきた。


 王妃とフィリーは冒険者ギルドまでライエルに着いて行き、若手冒険者を雇って貯水池リゾートに遊びに出掛けたので、伯爵と会うことはなかった。


 ライエルも王妃が来ていることを誰かに言うつもりは無かった。

 まさかスオーリーがばらそうとするとは思っていなかったが、不発に終わったことに実は安堵していたのだ。


 ブリュナーが伯爵を屋敷に招いたのは、ルケイドと屋敷を交換する話をするためである。

 所有権は父親にあるが、ブリュナーも当主として相応しくないと認識しているのでそこは敢えてスルーしているのだ。


 料理はマジックバッグに大量にストックしてあるので、来客の一人や二人が増えても問題はない。

 どんな組み合わせにするかを悩む程度である。


「今日はスライム達が居ないので、好き嫌いはダメですよ」


 ピーマンと椎茸が嫌いなルーチェがみじん切りを避けようとしているのをシエルが咎める。

 そうやって残せるようになっただけでも幸せなことなのだが、だからと言って嫌いな物を食べさせる必要があるのか無いのか、判断に悩むところである。


「カンファー家の屋敷の件だが、この帰りに寄って直接話をする。

 ルケイドがこの屋敷を気に入っていると言うことなので、護衛を雇う条件付きで許可を出すつもりだ」


 ニジマスの身が入ったパスタをクルクルとフォークに巻いてクチに運び、途中でフォークが止まらなくなる伯爵だ。


「ラスティ殿を家令に迎えるつもりのようですから、護衛も兼務で考えて良いでしょう」

「そう言えば、あやつに以前会った時にクレストにフラレて落ち込んでおったな。

 どうやら良い遊び仲間になると思っていたようだ」


 その代わりをブリュナーが務めているのだが、それは今さら言っても仕方の無いことだ。


「私は親方様に選んでいただき、大変嬉しく思っております。

 改築は私の好きなようにして良いと任せていただきましたし。

 親方様の要望は靴を脱いで上がるところだけでございます」

「スリッパはなかなか良いものだな。

 領主館を改築する金が無いのが実に残念だ。

 しかし、新興の男爵が町の中に住むとは時代が変わってきたと考えるべきであるか」

「単に価値観の相違でしょう。

 彼からも親方様に近いものを感じます」


 転生者ならこの世界の者とは違う価値観を持って当然であり、金銭に余裕があれば少しでも暮らしを改善したいと願うのも至極当然。

 ビステルはクレストと違って上手く自分の欲求を消化していたので、不遇スキルを持っているが特に大きな問題もなく暮らせている。


 ルケイドはそもそも年中金欠なので論外であるし、クレストの周りに集まってきた他の転生者達もそう大きなトラブルを起こしたことはない。


 生前のクレストは精神的に未熟だったにも関わらず、骸骨さんの遺産と言う大金を手に入れてしまったのだから、目立つ行動を取ってしまうのはある意味仕方のないことだろう。


「他の貴族達も見栄を張らずに慎ましく暮らしてくれれば、貸金業者にデカイ顔をさせずに済むものを。

 だが、見栄が経済を回しているのも事実である…思うように行かんものだな」


 食事中にするような会話ではないと思うが、根が真面目な伯爵なので食事中にも仕事の話をついしてしまう癖がある。


 ロイとルーチェは話に全く付いていけないので完全に無視してラビィとマローネを膝に乗せて一緒に食べる始末だ。


「そう言えば、町の中では黒龍の出現であちらこちらで騒動が起きていたが、この屋敷は大丈夫だったようだな」


 急に話題を変えたのは、子供達が退屈しているのに伯爵が気が付いたからだ。


「若手冒険者のカーツと言う人が、ここに集まって来た人達を上手に静めてくれましたよ。

 ゴベンチャーと言うパーティーのリーダーと伺っております」

「そうだよ! カーツ兄貴が子供を苛めるなって言ったら、来てた人達が兄貴に言われたら仕方ないって帰ってくれたんだ」


 シエルとロイがカーツのお陰で助かったと報告をする。

 クレストを兄貴、エマを姉さん認定している彼らに少々苦手意識を持っているクレスト達だが、ゴベンチャーは何故か住民達に好かれているのだ。


 そのうち本当にリミエンの平和を守る存在になるかも知れない勢いであるが、腕っぷしの強さはロイと良い勝負をするレベル。

 身体能力を向上させるスーツが開発されれば、間違いなく彼らゴベンチャーが最初に袖を通すことになるだろう。


「そのような者が居るのだな。

 待てよ、ゴベンチャーと言えば…おかしな歌を歌いながら行進する変り者だと聞いた気がするが」

「そうだよ、いつもダンダダ ダンダンダン ダンダダ ダンダンダンって歌ってる」

「ルーも聞いたことあるの!」


 そんな者達が人気者…リミエンの住民は本当に大丈夫か?と少し心配になってきたリミエン伯爵であった。



 そのカーツがリーダーを務めるゴベンチャーは、現在貯水池リゾートで王妃を接待していた。


 クレスト邸から住民達が引いて行った後、クレストのことはアーミンとアルジェンに任せるしかないと開き直って予定通りリゾートに行こうとしたのだが、護衛役のマーメイド達も森のダンジョンに向かって出ていってしまっている。


 仕方なくライエルに相談したところ、まだ今日は依頼を請けていないパーティーがあればその者達を護衛に付けると言う条件を出したのだ。

 そしてゴベンチャーがめでたく王妃の護衛に付くことになったのだ。


 貯水池リゾート周辺はかなり開発が進み、鹿タイプの魔物も既に姿を現さなくなっている。

 そうなると、魔物相手の護衛ではなく人間相手の護衛を付けることになるのだが、まだ正式なオープンはしていないし、他の冒険者達が依頼兼遊びに訪れているのでそれ程心配する必要はない。


 このリゾート地でトラブルを起こせば出禁になると通達が出されているのも、ライエルが王妃の行動に許可を出した要因の一つである。


 それにここがオープンすれば、連日添乗員のような係が配置されてそれが冒険者の仕事となるのだから、ゴベンチャーの面々には施設に慣れさせておこうと言う考えもあるようだ。


 木とロープで作られた数々の遊具を目にして、

「ここは軍の訓練施設ではないのだな?」

と王妃が真顔でカーツに質問する。


「この施設は俺達冒険者が、一から全部作ったものなんだ。

 クレスト兄貴が地面を綺麗に整地して作ったキャンプ場と競技場も名物なんだぜ。

 その競技場には透明な屋根が付くって話で…あれだよあれ!

 あそこに柱が立ってて作業してるだろ。

 あそこが競技場になるんだ」


 カーツが指差した方向では、既に何本も柱が立てられ、クレーン車擬きを使って梁の取り付けが行われている最中だった。


「凄い女の職人が居てさ、あの鉄製の梁を一人で作ったそうだ」


 その職人とは勿論レアスキル持ちのビステルのことである。

 ビステルがクレーン車擬きに吊り下げた籠に乗り、スキルを使ってリベット留めを行っているのだ。


 金属なら自由自在に加工できるビステルの『メタルフォーミング』なら、まともな器具の無いこの国でも鉄製の梁を持つ建物を生み出すことが可能なのだ。


 ただ、スパンが三十メトルを越える梁を陸で作っても、ここにあるクレーン車擬きでは重量オーバーで吊り上げることが出来ない。

 そこで、櫓を組んで幾つかのブロックに小分けした梁を現地でセコセコと繋ぐ工法を採用しているのだ。


 リベット留めの後に『メタルフォーミング』で完全に一体整形することで、強度も確保可能である。

 一つ問題があるとすれば、ビステルの死後に誰も解体が出来ないことであろう。

 その頃には巨大なゴーレムがコンラッドでも運用可能になっていることを期待するしかない。


「しかし…よくこのような大掛かりな施設を作る気になったものだな」

「あの競技場は柱と梁は鉄製だけど、他は土属性魔法で作ってるから、それ程大変じゃ無かったみたいだけどな」


 それは実際に手を動かしていない者の認識であり、魔法士達はそれなりに大変であった。

 呪文一つで作業が終わるのだから傍目には簡単そうに見えるかも知れないが、高度に制御された工作魔法を使うのはハーフエルフ達が道路工事の魔法を使えるようになったまで経緯を知れば想像が付くだろう。


 ビステルがリベット留めをしている最中、上空を凄いスピードで黒い何かがビステルの頭上を通過した。

 リミエンを出て森のダンジョンを目指すなら、この場を経由するのが最短コースである。


 その姿は梁を設置していたビステルにもはっきり見えていたが、

「何か知らないけど、籠を提げてたわね。

 あれは間違いなくクレちゃん絡みね。

 新しいペットかしら?」

と、他の作業員がパニックを起こしていた中で一人だけ呑気に見送ったのだ。 


「ビステル姐さん! ドラゴンが!」

「慌てなくて大丈夫だわ。どうせクレストさんの仕業だから。

 多分リミエンから森のダンジョンに何か運ばせてるのよ、気にしなくて良いから続きをやるわよ!」


 この日からビステルには『怖いもの知らず』の称号が付くことになるが、この世界には称号が付いても恩恵は無い。

 だが彼女の場合、さっきまで感じていた高所作業の不安感が何となく薄らいでいったような気になったとか。

 そんなビステルの活躍で、梁の設置は予想以上に早いペースで進められていく。

 

 そう言う事情は知らない王妃達が、その後めちゃくちゃアスレチックした…ゴベンチャーの面々より遥かに優れた身体能力を見せ付けた王妃に『アスレチッククイーン』の称号が付いたのも必然である…のか?


 彼女達が遊び終わった後に名物の天然温泉で汗を流す。

 外からは見えないように目隠しがされているので景色を楽しむことは出来ないが、温泉旅館が出来るまでの仮設施設なので問題は無い。


「早くこの湯に薔薇の花を浮かべて浸かりたいものじゃ」


 フィリーとゴベンチャーの女性メンバーのペディーを連れて湯船に浸かる王妃が両手にお湯を掬いながらそうもらす。


「後片付け大変そうです」


 まだ薔薇風呂未体験のペディーがなんて馬鹿なことを言ってるのかしらと呆れるが、王妃は気にしない。


「一度体験すれば納得するじゃろう。

 確かに回収するのは手間じゃが、リミエン名物になることは我が保証するぞ」

「お金持ちのすることはよく分かりません」

「いずれリミエンにはたくさんの薔薇が咲き誇るじゃろう。

 そうなれば単価もそう高いものではなくなる。

 美肌効果とリラックス効果、それに男を惑わす効果もある湯が安く使えるのじゃ、リミエンはますます発展するじゃろうな」


 そうなる為にも、クレストには早く良くなってもらいたいと願う王妃であった。

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