第34話 オリビア達も出発します
黒龍がクレストの運搬を行う為にリミエンにやってきた。
突然現れた巨大な龍の姿に驚いた住民達だが、何事もなくアーミンが去って行った後でクレストの屋敷に何があったのかと大勢が押し寄せた。
スオさんが王家の紋章入りピルケースを見せて場を沈めようと一人頑張ったが、大根役者振りが露呈しただけであえなく撃沈。
観衆達はライエルの精神鎮静化魔法で何とか押さえられているが、その効果が切れるのは時間の問題だ。
これは困った…とスオ三郎が焦っていたところ、
「やっぱりあの黒龍は兄貴が召喚したんすね!」
と若い男性の声が観衆の後方から聞こえて来た。
その声が聞こえた者が彼達の方に一斉に視線を向ける。赤い上着を着た少し馬鹿正直っぽく見える青年だ。
「カーツ! 戻ってきてたのか!」
「あぁ、ずっと森のダンジョンとゴブリン階層を往復してると、皆の顔を忘れるからな」
「アハハ、お前馬鹿だから間違いねえわ」
馬鹿と呼びながらもその口調はバカにしたものではなく、親しみの込められたものだった。
「ビックリして大勢集まってんのは分かるけど、ここにはチビ達も居るんだし。
黒龍もどっか飛んでったみたいだし、ライエルマスターも困ってるみたいだし、悪いけど家に戻ってもらえない?
兄貴なら黒龍を呼ぶぐらい普通にやりそうだし」
どれだかクレストのことを課題評価しているのかと心配になるライエルだが、市民達から好意的に受け入れられているなら大丈夫だと、多少の問題は見ぬ振りすることに決めたようだ。
「カーツとは何処の誰じゃ?」
と、初対面の王妃が何処にでも居そうなその若者のことをライエルに訪ねる。
「ゴベンチャーと言う五人パーティーの冒険者です。
リミエンの平和を守る役目をクレスト君に委ねられた馬鹿手のホープで、何故か子供達に人気があります」
「若手のホープ…には見えぬが、馬鹿手のホープなら…納得じゃ。
それにしてもリミエンの平和を守るとは、大きく出たもんじゃな」
どう見てもそれ程強そうに思えないと言うのが、カーツに対する王妃の素直な感想である。
「彼らを追い払う為に言った言葉を真に受けただけですよ。
しかしそれで彼らが真面目に依頼に取り組むようになって冒険者の評価も上がってきたのですから、狙ってやったとしたならクレスト君は大した策士です」
そんな訳がある筈も無いが、冒険者ギルド的には結果オーライ、むしろウェルカムである。
「カーツに言われちゃ仕方ねえ、皆、帰るぞ。
チビっ子を苛める悪い大人ってレッテル貼られるのも勘弁だからな」
リーダー格の青年の号令で屋敷前に集まった群衆が少しずつ散り始めた時だ、玄関が開いて出発の支度が終わったエマが姿を見せた。
「エマの姉貴! クレスト兄貴が倒れたって…姉貴が覚醒っ?」
既にドランと合体が完了したと言うことは…エマの額に光るドラゴンの紋章が浮かんでいると言うことだ。
「あ、カーツ君。
邪魔だからどいて! まだコントロールが難しいのっ!」
軽く足を踏み出したつもりが、歩幅が大幅にアップしているので歩く感覚が全然違うのだ。
「あっ! ゴメっ!」
カーツを避けようとしたがゴツン!と膝蹴りが腹に命中、見事一撃KOを奪うことに成功する…。
「だからどいてって言ったのに!
後は任せたから!」
ダンジョンへと急ぐことを優先したエマはカーツを放置し、急いで通りを走りだす。
「そう言えば…覚醒って言ってなかった?」
残念ながら屋敷の中では誰も額に光る紋章のことを教えていない。
シエルはその程度なら問題ないと他人事のように思っていたし、ロイとルーチェは合体してもその程度の変化しかなくガッカリしたのだが、気を使って黙っていたのだ。
ドランさんが合体しても、特に手足など見える範囲に変化は無かったのでエマも鏡で確認しなかったのが悪いと言えば悪いのだし。
通行人にぶつからないように気を配りながら、何とか城門を出たところで二頭の牙馬を連れてきたオリビアと鉢合わせになる。
「あ、オリビアさん、今からダンジョン行ってくる」
「さっき黒いドラゴンが飛んで行ったように見えたんだけど、もう来てたのかしら?」
「うん、ドランさんが連れてきたのよ。
私は先に行くから、オリビアさんも急いでね!」
『エマママを世界樹まで連れて行ったら、オリビアを迎えに行くから』
エマの中からドランが念話でオリビアに声を掛ける。そのせいでオリビアの視線がエマの額に集中するのは当然だろう。
「私はブリッジちゃんと行くから」
『アーミンは王都から長い間は離れられないから、急ぐなら僕と合体した方が早く着くと思うし』
「大丈夫! ブリッジちゃんも凄く早いから、合体は無しにして!」
『ダメよダメよも何とかのうちって言うし、遠慮しなくて良いから』
こんな恥ずかしい紋章みたいな物を額に光らせるぐらいなら、まだ牙馬に揺られる方がマシと思うオリビアだったが、まだ何故オリビアがそれ程ドランとの合体をそんなに嫌がるのか分かっていない幸せなエマである。
エマと別れたオリビアは城門前にランスとブリッジを待機させて町に入る。
「黒龍の次は神様か魔王でも連れて来ますかね?」
と衛兵隊のグレス副隊長が、オリビアに冗談半分でそう告げる。
転生者ならフラグが立つぞと思うだろうが、オリビアも転生者ではないので多分大丈夫だろう。
魔王セラドリックなら既にクレストの中に居るのだが、中の人の正体はクレストにとって最高機密事項であり、これだけは墓場にまで持って行くつもりである。
ただし、セラドリック本人が暴露する可能性もあるので、その時は諦めるしかない。
「個人的には、出来れば可愛い動物を希望しますね。
外に牙馬を待たせていますので、念のため見ておいてくださいね」
「あの子達はクレストさんより利口ですからね」
オリビアがそんな話をしながらギルドカードを副隊長に見せて城門を通過すると、通行人達から聞こえて来るのは黒龍の話ばかりであった。
普通に町の中で生活していれば一生目にすることのない魔物であり、攻撃さえしてこないのであれば間近で見たいと願っていたらしい。
だが、実際に直近で見た者達は脚が勝手に震えるような思いをしたのだから、ドラゴンなんて生き物は離れて見るのが丁度良いのである。
オリビアが大通りを歩いていると、領主の私兵や衛兵達が人々の前でさっきの黒龍は危険ではないので安心してくれ、と説得している現場に出くわした。
だがそうですか、分かりましたと納得させるのはやはり難しいようだ。
「皆のもの! 注目せよ!」
突然拡声器の魔道具を通してそんな声が聞こえてきた。
声の出元を辿ってみると、一段高い場所に立つ伯爵の姿が目に写った。
「我はデューゴ・リミエン伯爵である。
先程の黒龍飛来の件について、市民の皆に報告しに参ったので落ち着いて聞いて欲しい」
さすがに伯爵本人の出馬となれば、人の話をろくに聞かない無頼漢であっても興味を持って注目せざるを得ない。
ザワザワとざわめきが続く中、軽く咳払いして伯爵が語り始める。
「王都より正式な連絡があったのだが、皆も一度は名前を耳にしたことがあるだろうが、冒険者のクレスト殿が先週末に王都で飛んでもない活躍をして見せた。
それが先程の黒龍のテイムである」
テイムを知るものはそこで驚きの声を上げ、知らない者は知っている者に聞き始めたので場が騒がしくなった。
「テイムとは、言わば魔物を自分のペットや家畜と同じように扱えるようになるレアなスキルである。
格上の魔物には成功させることは極めて難しいとされているが、クレスト殿は黒龍との戦闘後に対話をもって説得し、黒龍がクレスト殿に従うことに決まったのだと言う。
その黒龍はコンラッド王国の守護龍として、王城に預けられることになっている」
戦闘は一切無かったのだが、実況中継をされてしまった以上は無かったことにするのは不可能。
それならば詳細は伏せることにするが戦闘のあったことを事実とし、その後の対話によってテイムされたこととしたのである。
クレスト本人には魔力が無かったとしても、妖精のアルジェンを連れているのだから空を飛ぶことも出来たのだ。
黒龍に何か攻撃を繰り出したことにしてもそれ程おかしくはない、と言うのが王城側の妥協点である。
「しかし、クレスト殿は魔力欠乏症を煩い、その結果今朝方になって際どい様態となったのである。
そのピンチを救うべく、王都より黒龍アーミンが急いで駆け付けて来てくれたのだ。
皆の中には黒龍が脚に何かを提げていたのを確認出来た者が居るだろうか?
黒龍は大きな籠にクレスト殿を乗せ、治療の出来る場所を求めて飛び立って行ったのである。
急に黒龍が出現して皆は大いに慌てたことだろう。
だが、かの黒龍もクレスト殿の突然のピンチに慌てた為に事前の連絡もなくリミエンの中に出てきてしまった、と言うのが今回の結末である。
クレスト殿の家令が領主館に報告に来ていた時に、想像以上に早く黒龍がやって来た為に事前通告が叶わなかったが、それだけ黒龍も慌ててやって来たのだと大目に見て許してやって欲しい」
黒龍を許してやれと、弱者側に優越的心情を持たせて情に訴えるのが今回の伯爵の作戦である。
「最近クレストが大人しくなったって言うのは、魔力欠乏症が原因だったのか」
「何でも森のダンジョンでバンパイアと戦ったらしいからな。
それで迷子になって、トラップに掛かってキリアスに飛ばされたって話だ」
市民達には事実は伝わっておらず、口伝てで話の中身を少しずつ変えながら噂が広まった結果、何が何処まで真実なのか誰も分からない状況となっている。
だがクレストが行った道路工事の成果を見ても分かるように、人間離れした魔力量を誇っていたことは事実である。
その事が、クレストなら飛んでもない事をやらかしても当たり前だと、リミエンっ子に思わせるようになったのだから結果的に良い方向に収まったと言えるだろう。
伯爵の話を聞いて、黒龍がクレストの仲間だと知れた市民達がそれなら仕方ないと散り始める。
オリビアもサクラの一人になって、クレストの黒龍だったのか、ビックリさせるなよな、と笑いながらその場を離れて行く。
そして戻って来たクレストの屋敷では、食糧など消耗品が全てマジックバッグに詰め終わり、後は出発するだけと言う状態になっていた。
エマの膝蹴りを食らったカーツも意識を取り戻し、やっぱり姉貴は半端ねぇっ!と神を崇めるような仕草をしながら帰って行ったそうだ。
森のダンジョンに向かうオリビア、スオーリー、そしてマーメイドの四人が揃ったところでカオリがラルムとピエルを連れてオリビアの肩に飛び乗った。
スライム達もピョーンと大きくジャンプしオリビアの頭頂部にドッキングする。
それを見てか、カオリが慌ててスライムの上に移動したのでオリビアの頭の上が人に見せられない状態に…。
さすがのスオーリーとブリュナーも、この姿に笑うのを堪えるのが無理だったらしい。
何故笑われるのか分からなかったオリビアが鏡を見て固まった…。
カオリをオリビアの頭から肩に移し、スライム達は肩掛けバッグに入れて準備は万端だ。
「では、行って参ります。
家のことはブリュナーさん、シエルさんに任せます。
ロイ君、ルーチェちゃん、ラビィ、お留守番を宜しくね。
王妃様、フィリーさんは…」
ここで二人には何と言葉を掛けようかと悩むオリビアだ。
「早う行かんか。お主もクレストが心配で堪らんのじゃろうが。
我は適当に過ごさせてもらう。
騎士団もスオーリーが戻らんと指揮を出せる者がおらんしな」
ドランさんが居ない今はマジックバッグを使ったドラネコ便が使えないので、最速の連絡手段はプラチナバットになる。
毎日早く戻れと催促されるだろうが、そんなものは無視して、クレストが戻ってくるまでここに居座るつもりの王妃がオリビアの背中を文字通り押してダンジョンに向かわせたのだった。




