第32話 黒水晶
『クレストさんが倒れましたっ!』
エリック皇太子の居室に移動したドランが、念話だと言うことを忘れて叫びながら黒龍を探す。
広い王城であるが、ドランならどこにいてもアーミンから発せられている魔力を感じとることが可能である。
だが初めて通る入り組んだ廊下に阻まれ、中々思うように進めない。
アルジェンには食っちゃ寝しているだけのダメドラ認定されているドラゴン種の例に漏れず、アーミンも基本的には食っちゃ寝して暮らしている。
時刻は朝食の後、一番勉強に身が入る時間帯と言うこともあって、アーミンがお守りをしているアレクセイ王子が家庭教師から文字を教わっているタイミングだった。
その王子の肩に乗っかり上からボーッと王子の描く文字を眺めていると、突然ドランの念話が届いたのだ。
『クレストが倒れただと?』
アーミンの念話は人数制ではなく範囲内に居る者全てに届く。
基本的に大雑把なドラゴン種だけあって、ひそひそ話はしない性格なのだろう。
「なんだってっ!?」
アーミンの言葉に家庭教師が驚き大声で叫んだものだから、隣の部屋に控えていた侍女が慌てて入ってきた。
「何かありましたか!?」
努めて冷静を装う侍女だが、アレク坊やにアーミンが何か悪さをしたのかと勘違いしてアーミンを睨む。
『ドランが来て、クレストが倒れたと叫んでおる』
侍女に睨まれたぐらいでは何とも思わぬアーミンがそう答え、
『ドランが迷子になったようだ』
と溜め息をつく。
『家庭教師よ、我はドランを迎えに行くので付いてまいれ』
見た目は冬毛の白オコジョだが、正体はドラゴンの中でも最強の一角と呼ばれる黒龍である。ただの家庭教師が逆らえる訳もなく。
コウモリのような翼を背中から生やしたアーミンが、パタパタと羽ばたきながら廊下を進む。
アーミンの頭には王城の構造が完璧にインプットされているので、焦ってメチャクチャに飛び回るドランの先回りをすることが可能だった。
『アーミンだ!』
やっと合流が出来てほっとしたドランが安堵の息を吐く。
『クレストが倒れたとはどう言うことだ?』
『それだよ! なる早で世界樹の元に行かなきゃならないんだって!』
『この近くに生えていたのか。
なぜ倒れたのだ?』
『魔力欠乏症が急激に悪化したみたいなんだよ』
『それはマズイな。急がねば』
ドランの念話は家庭教師には届いていないので、肝心な内容が全然伝わらずヤキモキさせるだけだ。
『家庭教師よ、そう言う訳でリミエンに急がねばならん』
「どう言う訳か説明してください!
私にはアーミンさんの言葉しか聞こえてないんですから!」
『…なら、もっと早く言え。二度手間だろっ!』
ひどい言われようだが、これぐらいで気にしていては王城勤務は無理である。
ガースト宰相の魔力を探したアーミンが、ドランと家庭教師を連れて執務室を訪れた。
ちなみに家庭教師はノックする為だけに連れて来られた。アーミンもドランも、ノックできるような手を持っていないのだから仕方ない。
ドアを開けたのは宰相本人ではなく若手職員であるが、これはドアの向こうに危険人物が居た場合の対処の為だ。
決して宰相が動くのが面倒だからではない。
『宰相! リミエンに行ってくるぞっ!』
スルリと若手職員とドアの間をくぐり抜けて室内に入ったアーミンが挨拶も無しにそう告げた。
「いきなりどうした?」
と面食らったようにガーストが聞き返す。
『マスター・クレストが魔力欠乏症の発作で倒れたのだ。
我はマスターを治療できる場所に連れて行かねばならぬ』
この部屋に来るまでにドランとアーミンの間では情報共有が出来ている。
「なんだとっ!
して、サリアス王妃は何と申しておったか知っておるのか?」
『オーヒはクレストさんが戻って来るまで待つって』
『…ドラン、宰相には聞こえておらんぞ』
『あっ、チャンネル付け替えないと…マイクテス・マイクテス、聞こえます?』
「その声はドランさんか?」
『そうそう、僕です』
少々面倒臭い蜥蜴だと思ったガーストだが、この念話はこれで使いどころがあると考えていた。
『改めて。オーヒはクレストさんが戻るまでリミエンで待つそうだよ』
「なっ! 緊急事態に何を考えておられるのだ!」
『さぁ? なのでアーミン借りるよ。こっちもなる早で連れて来いって言われてるから』
王国とアーミンの間に正式な契約書を交わした訳でないので、ダメと拒否する根拠がないことをガーストは思い出す。
もしここでアーミンの機嫌を損ねるような対応を取った場合、アーミンによる王国守護を失う恐れもあり得る。
これまた根拠は無いが、クレストとアルジェンの関係を考えればそうなる可能性を否定出来ないのだ。
「分かった、すぐに向かってくれ」
『無論じゃ』
アーミンは仕方ないとして、王妃をどうするかである。国政上、王妃の不在で困ることはそう多くはないがゼロではない。
女性だけの会合や茶会などが時に行われるのである。
現時点では彼女が視察旅行中であることは極々一部の者しか知られていない。
が、不在が長引けば病床説や夫婦喧嘩説が自然発生するものだ。
そうならぬよう、王妃には早目の帰還を願うガースト宰相である。
『じゃアーミン、飛んで行くよね?』
『その事じゃがな、我がドランの中に入ればマジックバッグで移動出来んか?』
『えーっ? 痛くない?』
『最初は痛いかも知れんが我慢せぃ。すぐに慣れて気持ち良くなるじゃろ』
何を馬鹿なことをと思うガースト宰相を無視して、二匹のドラゴンがパタパタと飛んで部屋を出る。アーミンの先導で廊下を高速飛行し、出くわした者達が驚き悲鳴を上げたがお構い無し。
もと来たエリック皇太子の部屋に戻ると、
『魔粒子化』
と唱えて黒く輝く粒子となったアーミンがドランの体を包み込む。
『強引は嫌われるよーっ』
と逃げようともがくドランの体が徐々に黒みを帯びて行く。
アーミンの魔粒子が見えなくなったときには、ドランは全身が黒光りする黒水晶龍へとその姿を変えていたのだ。
『似合うではないか。高級感が三割増しだぞ』
『もー、ひどい! 真っ黒じゃないか。まっころころすけ出ておいでーだよ』
『訳のわからんことを申すな。早く移動せぃ』
『ハイハイ、仕方ないなぁ』
イヤイヤと言う素振りを見せるがドランの尻尾は嬉しそうに揺れていたのを目撃した者は居ない。
装飾の施されたマジックバッグの入り口まで飛んで来ると、
『これで入れんなら、お主を喰うてやるからの』
と冗談ぽくアーミンが囁く。
『僕は絶対うまく行くとは一言も言ってないよ。
それとアーミン、なるべく魔力の放出を抑えてね』
『ふん、意気地の無いやつめ。
少々冒険するぐらいが生きるにはちょうど良いと言うことを知らんのか』
『僕はアーミンと違って頭脳労働者だから安全第一がモットーなんだよ』
何処かで聞いたようなワードが入っているが、アーミンに分かる訳も無く、
『マスター・クレストが治ったら、ドランに稽古を付けねばなるまい』
と呟き、ドランの顔を青く…ではなく、更に黒くしたかも。
アーミンは無視してマジックバッグに飛び込んだドランは、異空間の中で目印になるクレストの遺伝子情報を便りに移動する。
『マジックバッグの中は物でごった返しておらんのだな』
『多分だけど、全部魔力データ化されてるんだろうね。
物が沢山あったら移動するのが大変だから、無い方が良いし』
『なるほど…魔力式は…ふむ、理解した』
『理解って?』
『次からはドランに入らんでも使えそうだ』
『…僕のアイデンティティが無くなるから、それはやめてね』
アーミンの方が長生きしているし、種族的に格上なので能力が高いことは想定していたが、まさか初見でこの異空間移動を出来るようになるとは予想外のドランだった。
『もうすぐ出口だよ。
ここで迷子になったら一生出られないから、アーミンは無闇に入らない方が良いよ。
たまにおかしなアイテムが浮かんでるんだけど、きっとアーミンみたいなのが化けて出来たんだと思うから』
ドランが指差す先には羽の生えた女性の彫刻が施された杖が浮いていた。
ただし怖そうな絵の覆面を被っていて、その説明文には、
『ヒールロッド・ダンプバージョン 悪役のように見えるが実は治癒魔法のスキルが上達する不思議な杖。クレーンバージョン、ブルバージョンを揃えば治癒効率アップ』
と意味不明なことが書かれている。
『ヒール違いだな』
『アーミンも下手したらヒールだったんだよ。
僕のお陰でラクしてご飯が食べられるようになったんだから、少しは感謝してよね』
『お主はクシャミで飛ばされておったぞ。役に立っておらん』
『あれも作戦のうちだよ』
ドランは適当に言って誤魔化そうとするが、アーミンも別に本気で言っている訳ではない。
ドラゴン同士でじゃれあっているようなものだ。
お喋りが終わった頃にはポカンと空いた白い空間の前に居て、
『この先が、リミエンのクレストさんの部屋だからね、誰か居ると思うけど迷惑掛けないようにしてよ』
と、アーミンに注意するのを忘れない。
音もなく白い空間を過ぎるとそこはドランにとって見覚えのある室内だ。
いつの間にか人数が増えているが、さっき言った通り想定済みであり問題は無い。
『ただいま! アーミン連れて来た!』
念話のチャンネルをエマとスオーリー、それとライエルに設定してそう告げる。
「おかえ…アーミン? 黒っ!」
とアーミンと合体したドランを一目見てエマがそう叫ぶ。
『アーミン、皆に挨拶ね。
その前に出てよ』
『そうだな…蜥蜴の尻尾切りっ!』
おかしなワードを唱え、キラキラと黒く輝く魔粒子になってドランから出たアーミンが白いオコジョの姿に戻る。
『オーヒ、久しぶりだな』
「アーミン、来たか。思ったより早くて助かる」
王妃とスオーリー以外はアーミンを初めて見るので、先に聞いてはいたが喋る白オコジョに驚いていた。
「マスター・クレストは…」
翼を出してパタパタとクレストのもとまで飛んで行くと、ピタリと胸元に着地した。
そして前脚でトントンと叩き、頭を付ける。
『ふむ…なるほど…』
頭を上げたアーミンが腕を組むような仕草をするが、物理的に無理である。
「何か分かったのかの?」
と王妃が問いかける。
『分からんことが分かった…』
「つまらん冗談を抜かしておる場合か?」
『前例が無い、そう言うことだ、冗談ではない。
森のダンジョンに急がねばならんが、黒龍化はどこでやる?
この屋敷の庭か?』
ここでエマが我に戻る。
「アーミンちゃん、来てくれてありがとう。
私はエマ、クレストさんの婚約者よ」
『やはりそうか。
我は黒龍のアーミン。マスター・クレストがそう名付けた。もう少し威厳がある名前でも良い気がするが…』
今は名前のことは良いから本題に入ってと思うエマだが、相手が見た目は可愛いオコジョでも、実は黒龍では下手なことは言えないだろうとクチには出さない。
『アルジェンは外でマスターを乗せる台を用意しておるのだな。
それが出来ればすぐ飛んで行くぞ。
して、世界樹までアルジェンが案内してくれるのだな?』
まさかアーミンがこんなに早くやって来るとは誰も思っていなかったので、実はまだ具体的なことは決めていないのだ。
『アーミンがダンジョンの中を飛んで行けば、一番奥まで一日も掛からないと思うよ』
「でも私が乗って飛んで行くのは…」
『アルジェンの作っている物が二人乗りなら問題無かろう…聞いてみるか』
『それなら僕が…もしもし、アルジェン、どんな感じ?』
ドランが二本脚で立ち上がり、何かを持つ仕草をしながらそう空中に話し掛ける。
『…なるほど、カオリの蔦で作った籠に毛布を敷いてスライムで補強したんだ。
エマさんは乗れそう?
…ママは後から僕と来てくれ、だって。
…パパに貰ったブーツを履いて走れば一日で着くって』
自分の脚で走って一日で着くと聞いて、エマだけでなく全員が混乱する。
「ドランさんと?
一日で? どう言うこと? ドランさんと合体して?」
『そうだよ。僕がアシストすると、体が軽くなって凄く早く走れるから。それでクレストさんの帰りが早かったんだよ』
ちびすけでも、さすがドラゴン…と思う反面、私はクレストさんとは違うのよ、と断りたいが断れないことにエマが葛藤しつつ手で顔を覆う。
しかし、急ぎたい気持ちが非常識とも思える怪しい能力に手を出すことを受け入れてしまったのだ。
「見た目は変わらないよね? その…」
『クレストさんの時は全然変わらなかったよ。
良くアルジェンがクレストさんに入ってるけど、変わらないでしょ。あれと同じ感じだよ。』
「そうなのね、それなら問題無いわよね」
外から見て走る速度以外におかしくないなら、とドランとの合体を選択したエマに他の者達が微妙な視線を向ける。
ここは皆も素直に私の味方になってよ!と嘆くエマだった。




