第27話 お休みなさいと大盛況
商業ギルドで魔力欠乏症の影響で倒れてしまった。
症状的には貧血と似たようなもので、寝れば動けるぐらいに回復する。
担架や車椅子に乗せるという習慣が無いのか、それとも軽症だからか分からないが、御者に手を引かれて歩いてギルドを出る。
ギルドのロビーで少し注目を浴びたが、急病の者が居てもおかしくないだろうし、興味の対象から外れていると認識されたのか、すぐに向けられていた視線が逸らされた。
新製品の見学に来ていた王妃達は、とっくにギルドを出てガバルドシオンか何処かのお店に居ることだろう。
ラクーンで町の中を走るのは割と快適で、自宅まで安全運転で送り届けられた。
当然ギルドから我が家に先触れが出されており、門の所でブリュナーさんとシエルさんが待機していた。
台車に椅子を乗せて固定した、なんちゃって車椅子が用意されていたのはさすがというか、出来る家令は一味違う。
でも門から玄関まで、そんなに長い距離がある訳でもない。歩いて家に入ろうかと思ったが、ブリュナーさんとシエルさんの無言の圧力に屈して大人しくなんちゃってに乗って玄関に入る。
こう言う時に上がりかまちのある住宅は不便なんだよね。
靴を脱いで上がり、リビングに入るとすぐにソファに座り込む。
「あんちゃん、病気かいな?」
とペシペシ俺の脚を叩きながらラビィが聞いてくる。
どうやらマローネと遊んでいたらしい。
以前は全然俺に寄り付こうとしなかったマローネだが、最近は普通に甘えて来るようになってきた。
ひょっとして俺の魔力が嫌いだったのかも。
「ドランさんは?」
「昼メシ喰うて遊びに出てったで。
上手い屋台教えたる言うて、オーヒんとこに居るんちゃうか?」
水晶のような舌に味覚を感じる機能があるとは思えないが、ドランさんも結構な食いしん坊だからね。
「あんちゃん、魔力が足りんで病気になっとんちゃうか?
ワイのチョーカー、貸したるで…ワイの手や外せんねん」
「それ、首輪だよ。
それにラビィ専用だから俺には使えないんだ」
「そうなんか…まさか迷子札は付いてないやろな?」
「そこまで気が回らなかったよ。付けようか?」
勿論冗談だし、ラビィも分かってて言っているだろう。
「マローネ連れて散歩してくるわ。
あんちゃんはオヤツ食うて寝ときや」
「そうするよ」
「マローネはん、散歩行くで」
俺の膝に乗っていたマローネだが、散歩と言う言葉を覚えたのかパッとラビィの背中に飛び移った。
まさかのブレーメンスタイルである。
「ほな、行ってくるで。何かお土産こうてきたるで」
「ラビィの好きなもの食ってこいよ。
オヤツは大銅貨三枚までな」
「…リンゴはオヤツに入らんよな?」
そんなの誰が同様考え方てもオヤツに決まってるだろ。
首を横に振ると少し頭が痛かったのですぐにやめる。
「ほな行ってくるわ」
と言ってリビングを出て行ったラビィ達と入れ替わるように、ブリュナーさんとシエルさんが入ってきた。
「魔力欠乏症に効くか分かりませんが、蜂蜜入りホットワインをどうぞ」
スレニアさんが作ろうとしたスタミナ満点の怪しいドリンクと違って、ブリュナーさんの作ったものなら安心して飲むことが出来る。
麦芽糖も入っているのか、思ったより甘いのは栄養を考えてのことか。
「階段はまだ上がらない方が良いでしょうね」
「脚に力は入るから大丈夫。部屋で寝させてもらうよ」
リビングにずっと居てもすることが無いし、皆が戻って来ても俺が居たら落ち着かないだろう。
「オリビアさんは?」
「子供達を連れて町に出ていますよ。ルーチェの運動も兼ねていますからね」
「それならロイズ達にヘタに心配されないで済むね」
「私は心配しておりますが」
ブリュナーさん達には苦労を掛けるけど、それいつものことか。
支えられながら階段を上がり、パジャマに着替えてベッドに座る。
タイミングを見計らってシエルさんが水差しを持って来てくれた。
「それと、今夜はルケイドを晩飯に誘ってるから」
「薔薇回廊の話をされるのですね」
「うん、アイツが一番頼りになりそうだし」
元日本人なんだから、俺が作りたいものを少しはイメージ出来るだろうと根拠は薄いが勝手に期待する。
魔力的にはアルジェンに敵わないが、美的センスは絶対アルジェンよりある筈だし…あるよね?
「そんなに急がなくても宜しいのでは?」
とシエルさん。
「折角伯爵様が俺に一任してくれたんだ。やる気があるうちに進めたくてね」
健康的な問題は無いと思っていたのに、実は爆弾を抱えていたと知って少し気弱になっているところもある。
心臓が悪い訳では無いので、目を閉じて寝るのが怖いとまでは思っていないが、ポックリ逝く可能性がゼロでは無いとなると、後でやろうと先延ばしにするのは心配になるものだ。
「分かりました。
それであれば、他にも遣りたい事があればなさっていてください。その方が気も紛れるでしょう」
俺の気持ちを察したのか、ブリュナーさんがそう言ってくれたが、人に言われると自分が急に病人みたいに思えて来るから不思議なものだ。
「ですが、まだ顔色が少し悪いようなので、少しお休みになられる方が宜しいかと」
「了解、そうするよ。
あ、カオリは?」
「物干し場に出て日なたぼっこをされております」
「そうか、アイツも自由なやつだな」
元が薔薇の生け垣でのんびり暮らしていた魔物だからか、日の当たる場所でボーッとしてるのが好きなみたいだ。
二人が部屋を出てから少しだけ寝ようと布団を被り目を閉じる。
それから何も考え付かないうちに眠りに落ちた。
◇
クレストがそんな事になっているとは露程にも思わないのは当たり前だが、王妃達一行はガバルドシオンで楽しく遊んでいた。
若手職人達の生活費の足しになればと、販売スペースを貸して彼らの作品と言うか商品を展示即売する活動も始めていて、意外とバリエーションに富んだ品揃えに飽きが来ないのだ。
職人達もいきなり商業ギルドに持っていって審査を受けるより、ここで客に改善点を指摘してもらった方が良い品を作れる事に気が付いたらしい。
何人かの若手が競うように新商品を作り出しては、ガバルドシオンに展示するようになり、技術の向上に意欲を示すようになったとバルドー達ベテラン職人も喜んでいる。
占有販売権の取れそうな商品があれば、店に展示する前にギルドへ持って行く予定であるが、そんな選れた商品は簡単に出てくるものではない。
先程持ち込まれたばかりの、鏃を吸盤に変えた玩具の矢を試射して年甲斐も無く喜ぶ王妃、着せ替えに人形に完璧なメイクを施しご満悦のフィリー、双六にルーレットの付いたボードゲームで遊ぶマーメイドの四人、縫いぐるみや人形を飾る玩具の家の住人となってママゴト遊びをするアルジェンとドランさん…実に平和な店内である。
ドラゴンシールド焼き…略してドラ焼きの試食で接待を受け、飲食が可能な雑貨店も悪くないと心底思う王妃が王都にこのスタイルを作ろうと画策を始めたのは内緒の話。
ちなみにこの店でドラ焼きを作るのは、ファブーロ服飾店でメイドを勤めていた女性である。
試食の係から無事にジョブチェンジを果たせたらしく、常にドラ焼きの新作を考える日常を送っているそうで、エメルダ雑貨店のエリスと一番仲の良い相手でもある。
滅茶苦茶甘くしたワッフルをドラ焼きの具にしたのも彼女のアイデアだ。
ワッフル入りドラ焼きは素人考えのコスト度外視の為にクッシュさんには不評であるが、実はガバルドシオンの中では一番人気のメニューであり、近々正式メニューとして登場予定だ。
王妃の正体はバレておらず、王都から来た貴族の娘として適当にあしらわれているのが現状である。
童心に戻り馬鹿みたいにはしゃぐ王妃に、ここに連れて来て正解だったとフィリーがホッとしながら神業メイクを人形に施していく。
人形なので使うのは塗料であるが、フィリーの手に掛かれば化粧品と同じ扱いとなるのは、恐らく彼女の持つメイクスキルの賜物であろう。
シオンがフィリーを人形の専属として雇用を考えるぐらい神懸かっているのだ。
ガバルドシオンの中心メンバーであるバルドー、ガバス、そしてシオンは二階の会議室でクレストが持ち込んだ大会用のチェスボードの打合せの最中だ。
単に盤を大きくして、駒を直角に曲げただけでは見た目が良く無いと言うのは何となく想像が付く。
角度を付けて斜めから見ると、手前の駒で後ろ駒が見えなくなるからだ。
遠くからでも形状がハッキリと分かるように作らないとダメなのだが、幾らハッキリ作ろうとも物理的に隠れてしまっては意味が無い。
「これ、どう考えても解決策は一つですよ」
試しに壁に固定した盤に二つの駒を立てて眺めていたシオンが口を開く。
「平面にするしか無いじゃろうな」
「ヘッドの部分を絵にして書くと言うことか」
バルドーとガバスも正解に辿り着く。
将棋の駒のような文字の代わりにイラスト化する訳だ。
地球では当たり前となっている手法でも、芸術品とも呼べるチェスの駒を簡略化すると言う発想を思い付くのはそう簡単なことではない。
彼らがイラストにして浮き彫りにすることで、芸術性を持たせると言うアイデアを出すのに一時間を要することとなった。
クレストが居れば五秒で済んだことだし、実際それぐらいのことは速攻で思い付くだろう、そう甘く考えて教えなかったクレストの落ち度である。
方針が決まれば最初にデザイン画を作り、サンプルを作成する。
マスのサイズを十センチとして、一番簡単なルークを一つパパッと作り上げる。
「問題は、このサイズで凸凹の嵌合が上手く行くかだ」
磁石が無いのでブロックのように丸い突起に駒を突き刺す訳だから、凸凹の精度がかなりシビアである。
「面倒だから、試作段階ではコルクボードを盤に使いましょうよ。
ワンセット分作って、オーナーに見てもらった方が間違い無いわ」
中途半端に転生前の記憶が残っているシオンがアイデアを出し、それもそうだとバルドーとガバスが頷き大会用チェスセットのサンプルがその日のうちに出来上がる。
そして一局打ったバルドーが、
「あのチェスボード…ブロックを使わんでも良かったと思わんか」
と漏らす。
「貴族に尖った物を持たせる訳にはいかん。
きっとそう考えてブロックにしたんじゃないかの」
そんな事を言いながらも、実はクレストは何も考えずにブロックを使ったんじゃないかと疑うガバスであった。
ちなみにだが…三人がチェスボードの試作をしている間、店内にはアルジェンとドランさんが居ると聞き付けて押し寄せた客(単なる野次馬だが、一つでも商品を買えば客である)が、開店以来初となる行列を作っていた。
三人がそのことを知らずに試作に集中出来たのは、従業員達の優しい気遣いがあったからである。
なお、マーメイドの四人が臨時の店員として働かされたのだが、給料はドラ焼き払いである。
両手に操り人形を嵌めた王妃とフィリーがアルジェン、ドランさんコンビと戯れる様子に多くのリミエンっ子達が心を癒された一日となった…と、衛兵隊のグレス副隊長が日誌に付けようかどうか悩むのはまた別の話。
一方的の商業ギルドでは、森のダンジョン産の果物を試食したいと要望があった事に付いて対応が協議されていた。
その結果、常に試食を用意摺るのは不可能であるが、週に一度のペースで販売会を開き、そこで試食をさせてアテモヤ等のダンジョン果物を購入してもらおうと言う方向で決定した。
ぶっちゃけて言うと、危険性はあまり無い場所で横っ跳びする猿と戯れながら収穫可能な果物であり、それが幾らでもポコポコと採れるのだから単価など知れている。
それが他の果物とのバランスを取る為に高値で販売するのだから、商業ギルドはボロ儲けな訳だ。
こんなに美味しいダンジョンを発見したクレストに、商業ギルド関係者は足を向けて寝られないと思うべきだと考えるレイドルだが、やはりアイツに素直に感謝するのは感情的に無理だと葛藤するのだった。




