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第26話 医務室ではお静かに

 商業ギルドで報告書を書いて、持って行く途中で倒れてしまった。

 倒れていた間に骸骨さんと対話することが出来て、アルジェンに持たせている俺の半身であるスライムの魔石を吸収するようにアドバイスを受けた。


「…知らない天…」

「あ、起きた、残念」


 ボンヤリと視界に入ったのは雑用係のスレニアさんだ。ベッドに寝かされている俺に抱き付くように寝ているのは何故?


「まさか裸じゃないよね?」

「確かめてみる?」


 いくら非常識の塊のスレニアさんでも、意識の無い俺に裸で抱き付くなんてことはないよね?


 ヨイショと体を起こすと少しクラッとしたが、頭を打ったような痛みはない。倒れる前に壁に手を出そうとしていたので、後ろに向いて倒れなかったのが良かったのかも。


 起き上がってベッドから出たスレニアさんも服を着ていたので、悪さはされていないと思う。


「倒れてから、どれぐらい時間が経ってる?」

「半時間も経ってないと思うわ」


 それならここに運ばれて、医者でも呼びに行ってるってところかな。


「そうか。じゃあ、帰るわ。ただの魔力欠乏症だし」

「その欠乏症になること自体が普通じゃないと認識していないのは、さすが私のクレスト様ね」


 そんなこと言われても、地球には無かった症状だし。

 

「スレニアさんのものじゃないから。

 で、ここは商業ギルドの医務室?」

「その素っ気なさも素敵です!

 せっかく午後の医務室で二人きりなのに、ドキドキしていない筈はないですよね?

 心拍数爆上がりで、私が倒れそうなんですけどっ!」


 そんなの知らんがな…。


「あの、水をもらえない?」

「はい、喜んで! すぐに持ってきます!」


 彼女には何か仕事を与えて置く方が扱い易い。雑用係に命を掛けてるような人だからね。


 スレニアさんが居なくなったので、落ち着いて脈を取ってみる。脈が飛ぶこともなく、頻脈も徐脈もなさそうだ。

 しかし急に倒れるとなると、治るまでは馬に乗ったりしない方が良いかも知れないな。


 手を握々してみても特に違和感は無いが、若干体温が下がっているような気がするし、寒気もする。

 命に別状は無いと思うが、少し安静にしておいた方が良いのかも。


 水が届くより先に部屋に入ってきたのは知らないオジさんとオバさんだ。白衣を着ていないが、多分医者なのだろう。


「意識不明は戻ったようだね。

 顔色は少し悪いように見える、貧血かもな」

「いえ、魔力欠乏症ですね」


 魔力を生み出す魔石は心臓のすぐ隣、心臓から出て行く血管の出口付近にある。そこで作り出された魔力が血液と共に体中を駆け巡るのだ。

 俺はその魔石が壊れた状態であるらしい。

 神様が寿命の半分と引き替えに再生してくれた体なのだから、魔石も修復してくれれば良かったのに。


 で、魔石が壊れて魔法を使えなくなった俺 は、魔力粒子と化したアルジェンを取り込むことでKOS(ナイトオブシルバー)化により戦闘能力を得ることが可能となった。

 そのKOS化が肉体にダメージを与えるのかと心配していたが、そうではなくアルジェンを取り込むこと自体が悪影響を与えるのだと骸骨さんに教えられたのだ。


 魔力を取り戻す為の方法も教えてもらったが、それはアルジェンと相談だな。


 俺が考え事をしている間に診察が終わったようで、

「本当に魔力が殆ど無い」

と深刻な顔でオジさんが告げる。


「だから言ったでしょ」

「…そう言う者を見たのは儂は始めてじゃな。

 激しい戦闘でそうなる者は居ると聞くが、それで生きて戻れる方が不思議なんじゃろ?」

「それを俺に聞くなよ。事実戻ってきたんだし」


 王都でも同じようなことを言われてるから、俺にとっては今さらって感じなんだけど、この世界の人は魔力を失うことに恐怖を感じるのだろうか。

 憐れむような目で俺を見る医者に、

「そんなに気にするな」

と軽く言って手を振る。


 処置無しと判断してか、後から入ってきた事務員に二言、三言、何か伝えてから医者のオジさん、オバさんコンビが医務室を出る。

 医者の割にとことんモブに徹しているな、と苦笑していると、

「馬車を用意しましたので、本日は御自宅で静養なさってください」

と事務員さんが事務的な口調で伝えてくれる。


「馬車…出来ればラクーンを回して欲しいんだけど」

「はい、そう言われるだろうとレイドル副部長が仰られていましたので、そのように致しております」


 随分手回しの良いことで。

 昨日まで俺達が使っていた二台のラクーンは、輸送業ギルドが所有している。俺が寝ている間にちょっと貸してくれと連絡を入れていたんだね。

 恐らく今日は点検を行った筈だけど、異常は見付からなかったのだろう。


 自動車と違って最高時速は三十キロ程度だし、サスペンションやベアリングもビステルさん作なので、往復五百キロ程の走行では車体に影響が出るとも思えない。


 でも考えてみれば、精密な装置を使えば使うほどメンテナンスが重要になってくるんだよね。

 ラファクト鋼材店が荷物の運搬を兼ねて繰り返し走行試験を実施しているそうなので、短期間でガタが来るとは思っていない。

 でも納車後の一ヶ月か走行距離千キロでの新車点検は必要だよね。


 レイドルさんの気遣いに少しだけ感謝していると、バタンとドアを開けてスレニアさんとイスルさん、それとルケイドが入ってきた。


「お水を持って来ましたよ!

 栄養満点の特製ドリンクも作ろうとしたら、スレニアに邪魔されてさぁ」

「当然の判断だな。

 ちなみに何を入れようとしてた?」

「ニンニク、卵黄、マムシの血、岩トカゲのキモと…」

「生臭くて絶対飲めないって。加熱処理しないと腹を壊すのは確実だよ」


 仕方なく、と言った顔で水の入ったグラスを渡そうとするスレニアさんに礼を言い、右手を出す。

 俺の手を掴んで、

「口移しのサービスを」

と惚けたことを言うスレニアさんの頭にイスルさんの拳骨がゴツンと落ちる。

 どうやら彼女達は平常運転らしい。


「クレスト兄でも王都に往復して疲れたのかな?」


 俺が一度死んでいることを知っているルケイドだから、何らかの異常が俺の体に起きているのではないかと心配しているのだろう。


「色々と気疲れしたからね。

 王都なんて行くもんじゃないよ」

「でも向こうにはこっちに無い食べ物とかあるんじゃない?」

「乳製品、黒砂糖、赤芋は多く流通してたみたい。あと、クレープってスイーツがあったぐらいかな。

 そう言うのは商業ギルドの方が詳しいだろうね。

 で、ルケイドは偶々ギルドに来てたのか?」


 ルケイドならソルガムシロップ、ステビア、ゼリーなどの関係でここに来ていてもおかしくない。

 洗浄剤と紙に関しては、製品開発部で実験に参加していた人達が部署を作って一元管理しているそうで、今はルケイドの手を離れていると言っても良い。


「今日はテストキッチンでゼリーとプリンの研究をしてたんだよ。

 クレスト兄がプリンは尻だ、なんて言うから結構揉めててさ」


 そんな事で大の大人達が本気で揉めてる方がおかしいと思うが。

 スレニアさんが居るのでおかしな方向に話が行く前に話題を変えなければ。


「実は王都でマシュマロの原料を見付けたけど、まだ製品化は出来てないんだ。

 ルケイドも研究してみるか?」

「今でも大変なんだよ。気軽に遣ることを増やさないでよ」

「ルケイドは方針だけ決めて、研究員を雇ってやってもらえば良いんだけど」


 尤も、その為の人件費がルケイドには出せないんだよね。

ソルガムシロップの方は、上手く出資者を集めて栽培と工場建設の目途が立ったと報告書にあった。


 ルケイドのバックには商業ギルドと伯爵様が付いているので、利益を横取りしようとたくらむ者もそう居ないだろう。


 ステビアは材料が森のダンジョンから産出されることもあって、伯爵様が号令を掛けて出資者を募っている最中だ。

 工場はの森のダンジョン前キャンプ地に工場を建設する方向で調整を進めているらしい。


 ルケイドは来年から森のダンジョンの管理者も任されるのだから、研究三昧の生活が出来る内にマシュマロの基礎研究だけでもやらせてみようと思っていたのでとても残念だ。


「今日は早く帰って休んだ方が良いよ」


 俺が居るとまた何か頼まれそうだから早く帰ってくれ、と言うニュアンスをルケイドが漂わせている気がするが、きっと気のせいだろう。


「あっ、ルケイドに頼みがあるんだけど」

「えっ!」


 気のせいでは無かったようだ…


「薔薇を育てたいんだ。

 ウドルの町に薔薇を育ててる人が居てさ、ご馳走になったローズヒップティーが美味かったんだ」

「それぐらいなら世話はないと思うよ」

「よし、薔薇の栽培はルケイドに任せるよ。

 貯水池までの薔薇回廊と貯水池リゾートに薔薇園を作るからさ」


 これがレイドルさんと俺の間の会話なら、間違いなく言質は取ったとばかりにニヤニヤしながら俺に丸投げするんだろうな。


 俺は敢えて範囲を言わなかったのに、そこを確かめずにイエスと言ったら貴族の社会では負けなんだよ。

 そう言う5W1Hをわざと無視する話法が貴族の常套手段だとマナー教室で教えられたんだよ。


「薔薇…回廊? 何、それ?」

「通路に薔薇を沢山植えるんだよ」

「それは分かるけど…片道五キロだよ、ずっとそれで?」

「そうだよ。アーチ状にして至る所に薔薇を咲かせたいんだ。色を変えたり種類を変えたりしてさ。

 観光名所になるぐらいにするつもりなんだよ」


 この件は俺に任されているので、俺の好きなようにやらせて貰う。

 土木工事自体はアルジェンにお願いするつもりなので、気持ち豪華なオヤツで釣れば問題なくやってくれるだろう。


 後はルケイドと薔薇オバさんのロジエさん次第だけど、カオリも居るので何とかなる気がする。

 全長五キロのカオリ棚…薔薇の美しさに見蕩れながら歩くもヨシ、動き回る薔薇の魔物と戯れながら歩くもヨシ。


 でも、その薔薇回廊で物を食べるのはやめた方が良いだろう。

 カオリから生まれたカオリジュニアなら、カオリ並の知性と食欲を持っているかも知れないからね。

 カオリがそんなに増殖するかどうかは知らんけど。


「ルケイドさん、安請け負いをしてはダメですよ。クレストさんが普通の事を頼む訳は無いんですから。

 お給料はしっかり出してくれると思いますが、きっと給料以上の要求をしてくるでしょう」

「そうかな…でも薔薇回廊ね…まさか温泉旅館に薔薇のお風呂とか作るつもりじゃ?」


 ローズヒップティーは飲んだことも名前を聞いたことも無いので反応しなかったイスルさんだが、

「ルケイドさん! 何をチンタラやってるんですか!

 至急薔薇回廊の設置を手伝ってあげてください!

 給与が足りなければスレニアが体で払います!」

と、薔薇風呂に反応してルケイドの肩を掴む。


「イスルん、なんで私を売るんですか!

 私はクレスト様の大人の玩具になるつもりですよ!」

「そっちはエマさんで間に合ってるから残念ねっ!

 スレニアだって薔薇風呂には入ってみたいでしょっ!」

「当たり前です! さぁ、クレストさんが長考モードに入っている間に工事を始めますかっ!」


 彼女達の前では綺麗な物と美味しい物を連想させてはイケないのだと、改めて認識するルケイドの肩を二人が掴んでガクンとガクンと前後に揺さぶる。


「ストップ!ストップ!

 勝手に工事を始めたらダメでしょ!

 パース図も何も無くてイメージも分からないんだから無理!」


 自分の土属性魔法をアテにされても、観光名所に相応しい造型なんて出来る訳がないとルケイドが素早く能力の限界を算段した。


「最後まで希望を捨てちゃダメです!

 諦めたらそこで工事終了ですよ」

「終了以前に着工してないから」


 ルケイドが早く長考モードから復帰してくれと願っていると、意外と早くクレストがリブートした。


「ルケイドには後でウチの新しい子を紹介するから、今日晩メシ食いに来いよ」

「熊、妖精、樹、カブトにトカゲと来てるから、鳥系かな?」

「それは楽しみにしてな」


 ルケイドもドランさんの事を知っていたのか。

 ツケで買い食いしてるそうだから、結構知られてるんだろうな。


「私も行きますっ!」 

「スレニアが行くと刃傷沙汰になるからダメ!

 私が行きます」

「ごめん、込み入った話になるから二人はナシね」


 女性の前で下手にウチに来いと言う言葉を使うのはマズイらしい。特にスレニアさんは非常識の塊だからな。


「まさか男性もイケるクチだったなんて…」


 思わずスレニアさんの頭に垂直チョップを落とした俺は悪くない。

 

 そんな馬鹿話をしているとレイドルさんと御者が迎えに来た。


「報告書は受け取ったから心配するな。ライエルにも筆写して渡しておく。

 暫く家でゆっくり休め。元気になったら幾らでも仕事はあるから心配するな」


 レイドルさんなりに労ってくれているのだろうが、俺の代わりに誰かに任せるって選択肢も用意して欲しいものだ。

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