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第23話 リミエン散策日記(Part.2)

 王妃達がリミエンの町を護衛も付けずに歩くことは本来許されるものではないが決定事項。

 スライム二匹とアルジェンの鉄壁の警戒網があるからこそ許される暴挙である。


 これが王都であれば、メイクで誤魔化しても声や立ち振る舞いから王妃であることがバレる可能性もあるが、リミエンなら王妃を良く知る者も殆ど居ないので、それ程の心配は無い。


 そう考えての単独行動であったが、美に対する欲求に負けたフィリーがうっかり王妃と呼んでしまった。


 突然の王妃の来訪に驚いたエメルダであったが、王族が身分を偽り町を歩くと言うことは、市民と同じように接して欲しいと言う意思表示に違いない、そう判断して対応したのだった。


 正体を知っても態度を変えぬエメルダに、リミエンの商人は何とも逞しいものだと感心させられた王妃が謂われるままにテーブルの上に手を置いた。


 見慣れぬ形をした道具でパチンパチンと小気味良い音を立てて爪が切られていく様に驚き、軽くヤスリを掛けて形を整えると小瓶に入った液体を爪に塗る。

 これで爪の皺が見えなくなり、その上からピンク色のマニキュアを重ね塗りして完成だ。


 下地もマニキュアのベースも錬金術師が強力な接着剤を研究していた時に偶然出来たもので、今まで特に用途の無かった出来損ないの品である。


 岩トカゲの皮からゼラチンが取れるように、元々が廃棄予定の魔物素材が原料なのでマニキュア自体は実はそれ程高価な物では無い。

 ただし、上手に塗るにはコツがあり、技術料込みだと庶民が気軽に手を出せる価格帯より少し上に設定されている。


 爪のおしゃれが終われば、企業秘密のオイルを手に塗って施術は完了である。


 このオイルはリミエン近郊で栽培する植物の種子から採れるものなので、製法をいつまでも秘匿するのは難しい。

 生活必需品でも無いので本来商業ギルドもそこまで重要視する予定は無かったのたが、条件達の強い要望があって研究が急ピッチで進められて居る曰わく付きの物である。


 王妃の手の仕上がりにウットリしていたフィリーにも、ご機嫌な王妃が気を効かせて施術を受けさせる。

 このようにお付きの者の事も考えて行動出来ることが、王妃がメイド達からも好かれている要因の一つだろう。


「この店は手のケアが専門なのか?」


 フィリーの施術中、暇になった王妃はアルジェンとミニッチュさん相手に捕らわれ王妃ゴッコで遊んでいて、ミニッチュさんの作ったレールに縛られた状態で真面目な顔して問い掛ける。


「今のところはそうですが、いずれは髪の毛やマッサージなどにも手を広げようと思っております。

 ですがオイルはまだ正式に販売されておりませんし、技能を持つ人材の確保など出来ておりませんし」


 その為に必要な物は他にも無かったかと思い出してみて、資金がやっぱり足りないわよねとガッカリするエメルダに、王妃が思わね提案を持ち掛ける。


「それなら王都に戻って探させてみようかの。

 今ならリミエン移住を希望する者も少なく無いじゃろ」


 王都で商店や工房に就職するには、有力者の紹介を必要とするのが慣例となっており、能力があるからと言って簡単には就職出来ないのもリミエン移住希望者が増加する要因である。


 悪しき習慣のようにも思えるが、これには知的財産の保護と言う概念が希薄な若者を雇う事でレシピや製法が流出するのを防ぐ意味がある。

 一概に良くない事とは言えない為、王城側も黙認せざるを得ないのが現状である。


 これはリミエンでも同じ事が言え、エメルダが契約書も無しに奥様ネットワークで協力者を募った結果、チャムのような問題児が仲間に加わったのである。


 製法を秘匿する気も商業ギルドを頼る気も無かったクレストに大きな問題があるのだが、チャムの乱は如何に人を集めることが危険かをエメルダ達に教える良い切っ掛けとなったのも事実である。


 しかし当事者であるクレストが、森のダンジョンや王都でホイホイと人を集めてしまうものだから、レイドルはまたあの馬鹿がトラブルを起こすのではないかとヒヤヒヤしている状態だ。


 チャムの件は王城にも報告が入っており、契約書作成の重要性を若手職員に教えるケーススタディのテーマとして活用されることが決まっている。

 勿論クレストには無許可である。


 王都で人材を探してやると言われたエメルダがは慌てて手を振り、

「それには及びませんわっ!

 王妃様のお手を煩わせるなど」

と断ろうとするが王妃の中では決定事項だ。


「この爪とお主のような美しい手が手に入れるのに一年も待たねばらぬと言うのは酷な話じゃろ。

 フィリー、済まぬが後で商業ギルドに手配を掛けてくれ」


 クレストの真似をして親指を立てるが、少しばかりサムズアップのタイミングが違うようだ。


「私はただの衣装担当ですよ。

 そう言うのはちょっと苦手で…」

と、王妃にもノーと言えるスーパーメイドに対してニヤリと笑うと、

「ならリミエン移住の許可は出せんな」

と手を振った。


「それは狡いですっ!

 わかりました! ギルドに行って王妃様の悪口をいっぱい言いながら手続きします!」

「クレストさんとレイドル副部長みたいな関係ね」


 二人が聞けば即座に否定する感想を述べたエメルダが道具をしまいつつポツリと漏らす。


「レイドルはかなりの遣り手らしいの。

 クレストの手綱を上手く捌ける者はそうは居るまい」

「クレストさんって、実は問題児?」

「当然じゃろ。勝手に千五百人もの移住者の受け入れを決めるような者が何処に居る?」

「そうね、上司にはなりたくないわ。伯爵様も追認するのにとても苦労なされた筈よ」


 二人の回答に、リミエン移住の決断を早まったかと後悔を始めたフィリーであった。

 


 エメルダ雑貨店の次に王妃達が訪れたのはキャプテンクッシュだ。

 ここでブランチを楽しもうと、二人は朝食をミルクだけで済ませたのである。


「あ、アヤノ達だ」


 フィリーが指差す先は店の中のカウンターの前で、壁に掛かったメニューを見てウンウン悩んでいる紅のマーメイドの四人が居た。


「今なら懐も温かいし、高いの行っちゃう?」


 そう言うのは勿論カーラである。彼女がメンバーの中で一番小柄で、一番欲求に忠実なのだ。


「ワッフル、パンケーキ、フルーツ、ドリンクのセットで銀貨二枚半…4人で大銀貨一枚よ。

 今なら確かに食べられるけど…」

と悩むのはアヤノである。


「ユー、言っちゃいなよ、特盛りセット四人分!」

「うーん? ん? えっ? おーひ…サリーさん?!」


 背後からおかしなセリフが声が聞こえ、肩をトントンと軽く叩かれて振り返ったアヤノの視線の先には、昨日まで同行していた王妃様とフィリーが居た。

 驚いて思わず王妃様っ!と呼びそうになったのをギリギリ堪えるアヤノに王妃が少しだけ内心で賞賛を送る。


「おはよう、昨日ぶりね」

「おはようございます!」


 ビシッと背筋を延ばして朝の挨拶をするマーメイドの四人の姿はまるで軍人のようであり、どう考えても店の雰囲気にそぐわない。


「サ、サリーさんも朝御飯をこちらで?」

「そうじゃ。腹を空かせてやって来たんじゃ。

 今なら一番ボリューム満点の豪華セットが二人前は食べられたそうじゃ。

 フィリーもイケるじゃろ?」

「サリーと違って一人前で十分です」

「そうか。

 済まぬが、あのセットを七人…八人前頼む」


 躊躇なく銀貨二枚半のセットを店員に頼むと、フィリーに支払いを命じて何食わぬ顔をする王妃。

 だがどう見ても、ここに居る人数より二人分は多いオーダーが入り、店員が本当に良いのかと悩んでしまう。


 後で二人合流するのね、と素直に思うことにした店員にフィリーがチャリンと八人分の代金大銀貨二枚を渡すと、

「さすがサリーなのですっ!」

と、アルジェンがバッグから顔を出して小さな親指立てる。


 だが残念ながら、店員の位置からはアルジェンが見えていない。

 自己主張の強いアルジェンは、店員に認識してもらえなかったことに気が付くと、バッグからパタパタと飛んで出るとカウンターに立つと、

「超絶美少妖精アルジェン、ここに参上なのです!」

と言って、いつもの横ピースを店員に向けた。


 これで普通ならアルジェンに驚く声が聞こえてくるのだが、

「えーと、お客様、妖精さんでもカウンターに勝手に立たないでください…」

と店員が王妃達の予想外の反応を示してみせた。


 アルジェンとの初対面で、このような塩対応が取れる者もそうは居まい。


「そう言う変わった生き物はクレストオーナーの関係ですよね?

 妖精の一人や二人で驚いていたら、この通りで店員は勤まりませんよ」

「ラビィで耐性が付いたのかの?」


 達観なのか、それとも悟りを開いているのか。


「いえ、水晶みたいなトカゲが猫に変身して、ワッフルを咥えて飛んで行くご時世ですから…まだ妖精の方が現実味ありますよ」


 不思議な生き物を見てもっと驚くかと思えば、意外にも冷静な対応を見せた店員に対し、ツマラナイ奴だと思っていた王妃達であったが、ドランが普通にその辺を飛んでいるのなら、リミエンっ子にレア生物への免疫があってもおかしくないと納得したのだ。


「分かったのです。

 次からはドランにはオヤツを与えなくて良いのです」

と少し不貞腐れながらそう言うと王妃の頭にπルダーオン、王妃の頭をワシャワシャと掻き混ぜるがこれは意外と気持ち良い。


「あ、それと私の分にはストローを付けて欲しいのです。

 人間用のグラスは大きすぎるのです」


 このオチビちゃんが一人分も飲めるのかな?と疑問に思いながらも、

「畏まりました。ストローもご用意致しますね」

と差別することなく対応してみせる。


「この店は自分で二階に持って上がるスタイルなんじゃな」

「このスタイルはクレストオーナーが考えたらしいの。

 これならそう大きな建物は必要ないからね」

「持って上がる時に転んだら目も当てられないのぉ」


 普段は荷物を持って歩くことのない王妃が、豪華セットを二人前も持って階段を上がれるのか不安になっていた。


「お皿は専用の箱に入れてお渡ししますし、コップは捻じ込み式の蓋が付いてるから、落としても大丈夫なようになってますよ」



「なるほどの、そう言うところはクレストらしい細かさじゃ」


 自分の食べる物は自分で運びたい、そんな子供じみた欲求が安全に満たされると分かり、ホッとした王妃にこっそり生温かい笑顔を送るフィリーであった。


 パンケーキとワッフルが焼き上がると、スクリュー式の蓋が付いたコップと弁当箱ぽい物が買い物籠的な物に入れられて渡された。


「これなら落とす心配は無いの」

「サリーは不器用ですからね」


 こんなクチを聞いてよくフィリーがクビにならないものね、と感心することアヤノ達だが、クレストとレイドル副部長もこんな感じだっと思い出し、どこにも仲良しは居るものねと納得したのだった。




 

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