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第22話 リミエン散策日記(Part.1)

「サリーっ! 最初は『エメルダ雑貨店』に行くのです!」


 クレストが商業ギルドに向かった後、サリアス王妃はフィリーとアルジェンを連れてリミエンの町を散策に出ていた。


「その店の主人がガバルドシオンの一人じゃろ?

 今は大した商品はないのではないか?」

「行けば分かるのです!」


 王妃が肩に掛けるバッグから頭を出したアルジェンがナビゲーターを勤めるので、初めて来た町の中でも迷うことは無い。


「ホントに護衛無しで大丈夫なのよね?」


 アルジェン以外に同行者が居ないので、フィリーは王妃の安全が気になって仕方ないのだ。

 周囲に聞こえないように王妃の耳元にクチを近付け、王妃に聞く素振りでアルジェンにそう聞く。


「この辺りはラビィが一匹で歩いても大丈夫な場所なのです」

「熊ちゃんが一人で?

 凄いね! 偉いね!」


 ラビィを熊ちゃん呼びするのはフィリーだけである。


「私達が王都に要っている間に、屋台で好きな物をツケで貰っていたそうなのです!

 実に羨ましいのですっ!」


 クレストのペット達はみんな食い意地が張ってるからね…と納得するフィリーと、昨夜の屋台飯を集めた晩ご飯を思い出してツバを飲み込む王妃だ。


 王城のシェフの作る料理はまずくないが、B級グルメとも呼べる屋台料理にはそれとは違う魅力があるのだ。

 手に串を持って食らい付くような食べ方は城の中では出来ないが、ここでならそれが不行儀と言われることもない。


 たまには王城の窮屈な暮らしを離れて、市民として暮らすのも悪くはないと思う王妃だが、それは何不自由なく暮らせるだけの金銭を得ているからであることを忘れてはいない。


「あら、貴女方。

 クレストさんのお客様なの?」

と、反対から歩いて来た夫人が王妃に声を掛けた。


「えぇ、彼に仕事の関係で世話になってのぉ」


 そう答える王妃に、四日間ではやはり庶民飲み込む言葉遣いは身に付かなかったかとガッカリするフィリーだ。


「そう言えばクレストさん、暫く王都に行かれてたそうだけど、おたく様は王都から見えられたの?」

「そうじゃ、しがない服飾関連の馬鹿娘じゃ」

「そちらのお嬢さんは…クレストさんの…二人目の候補の?」


 お隣のおばさんがフィリーの上から下まで視線をやり、嫁の候補かと勘違い。


「二人目はオリビア殿に決まっておろう」

と、すかさず王妃が訂正する。

  シャーリンがあっさり振られてフィリーを選ばれては、さすがにプライドが鎌首をもたげると言うものだ。


「あら、遂に決まったんですねっ!

 おめでたいわ! じゃあ、あの子もこちらに引っ越して来られるのかしら?」

「部屋の問題もあるだろうし、すぐのことにはならんじゃろ。改築するつもりかもな。

 丘の上には引っ越せばいくらでも広い家が建てられるじゃろうが、ここが気に入っとるようじゃしな」

「時々お裾分けを頂くこともあって、クレストさんにはずっとここに居て欲しいわね」


 ブリュナーが試作した料理をモニターとして近所の主婦を使っているのだが、それはクレストも知らないことだ。

 バーベキュー大会の後に大量に焼かれたパンケーキのお裾分けは、迷惑料程度にしか思っていないのがご近所さんの本音である。


 だが、そこまで親切に教えるおばさんでもなく、クレストの割にはご近所付き合いが意外と上手いのだと感心した王妃だ。


「リミエンの住み心地はどうかの?」

と、王妃が急に取って付けたような質問をするのは、一応これは視察旅行なので町の様子を知る行動を取った実積を残す為である。


 突然そんなことを聞かれたおばさんも少し面くらいながら、頬に手を当てて考える。


「クレストさんがリミエンに来てから、便利な道具や美味しい物が出回るようになって有難いわね。

 いっとき、木材不足になりかけてて少し薪の値が上がってたのも、だいぶ落ち着いたようだし。

 最近は開墾も推奨され始めたし、貯水池周辺の開発も凄い勢いで進んでいるし、景気が良くなったのかしらね?」


 後は夫の稼ぎが増えるともっと良いのにね、とお決まりの愚痴を聞かされ始めたところで礼を述べて慌てて立ち去る王妃達。


 そしてやって来たエメルダ雑貨店の看板は、どう見ても雑貨店はオマケ程度にしか思えない物だった。


「『エメルダビューティーサロン』とな?

 バルドーが居なくなって店を変えたのかの?」

「パパの記憶とは違ってているのです。

 以前は雑貨店の看板だった筈なのです」


 エマからリミエンでし行くべきお店としてまず紹介されたのが、元エメルダ雑貨店…。いや、雑貨店の文字も看板の下側に入っているので営業は続けているのだろう。


 ちなみにアルジェン自身はまだリミエンの町を散策したことは無いのだが、クレストの中に入った時に暇潰しに記憶を共有しているのだ。

 勿論クレストはそんなことを知る筈も無い。

 人の記憶領域に勝手にアクセス出来ると言う、反則級のスキルを持つのはアルジェンだけだ。


 森のダンジョンの管理者となった魔界蟲本体さんがアスパラのようなコアの状態でクレストのアイテムボックスに入ったことが、そのスキルを持つ切っ掛けとなったのだとクレストは推測している。

 その理由はアルジェンと同じようにクレストの中に入ったドランには記憶の共有が出来ないからだ。


 脳内の何処かにある記憶領域にアクセスしているとアルジェンは話すが、それはあくまでアルジェンの主観にすぎない。


 遺伝子情報を操ることが出来るアルジェンなので、下手すると記憶領域に悪影響を及ぼさないかと懸念を持つクレストであるが、アルジェンの能力は魔力を失った今のクレストには欠かせない物であり、敢えてそのことは考えないようにしている。


 尤も、遺伝子と記憶がリンクしているのかどうかは定かではないし、アルジェンが魔力の粒子となって体の中に入ること自体にリスクがあることには考えが及ばないでいるクレストだ。


「ビューティーサロン…上位が美しくなれる場所ってことよね?」


 凄腕メークのフィリーがその言葉に興味を持たない訳がない。


「サリーっ! ここが看板に偽り無しかどうか見定めますわっ!」

「フィリーはそう言う物には容赦ないからのぉ…ここは庶民向けの低価格帯の店じゃ。

 程々にせいょ」


 気合いの入ったフィリーがドアを開けて入ると、微かに良い香りが漂っている。


 それもその筈、植物の専門家であるルケイドに何十回とダメ出しを突き付けて作らせた、特製のカモミールのアロマである。

 爽やかなフルーティーな香りはリラックス効果があるとされ、イライラの多いご婦人達の癒しスポットとしてこの店は確固たる地位を築き上げるのに一役買ったのだ。


 香水や香木も流通しているが、香水の製法は各工房の秘匿するものであり、香木は輸入品で庶民の手が出せる者ではない。


 これがルケイドではなくってクレストがそのカモミールのアロマを作ったのなら、製法を簡単に公開しているだろう。

 だが、ルケイドはクレストとしては違ってこの世界の流儀を受け入れているし、チャムとの一件もあって製法を公開するつもりは更々無い。


 ケルンの息子達を通じて極秘ルートでしか入手できないように小細工を施すなど、慎重で神経質な一面も覗かせるようになっているが、エメルダは商売人ならそれ当然だと受け入れている。


「ほぉ、良い香りでお出迎えとはポイントが高い」


 お忍び旅行中であり、もう少し庶民ぽく振る舞って欲しいとフィリーが王妃を窘めようとしたところで、奥からエメルダが現れる。


「いらっしゃいませ。初めてのお客様でございますね」

「そうじゃ、リミエンに来てまず最初に行くべき店と紹介されての」

「あら、そんな嬉しいことを言ってくださったのは、どこのどなたかしらね?

 でも、そのご期待に添えるか不安ですわね」


 冗談ぽくそう言い、手で口元を隠す。

 その手は年齢の割に瑞々しく、そしてピンク色に塗られた爪に王妃とフィリーの目に止まった。 


「なるほどの、これは当たりと見て間違い無さそうじゃな」

「確かに嘘では無さそうですね」

「当店ではツメのお手入れを致しております」

「爪だけで?

 その手の方は? 随分とスベスベのように見えるのじゃが」

「この手は実は、洗浄剤作りで試した材料を手に塗って試した結果でございます。

 いずれハンドケア用の商品として販売致しますが、現在は開発中の段階でございます」


 保湿成分を多く含む、アロエに似た植物の液が原料なのだが、こちらにもルケイドが絡んでいてリミエンでは入手は困難で品ある。


「そうであるか。販売されるのが楽しみじゃな」

「なるべく早くとは思いますが、手に付けるものなので安全第一を心掛けておりまして。

 大勢の人でサンプルを取って危険がないか調べてからでないと、王都には販売出来ないのですよ」


 洗浄剤の開発を進める上で、クレストとルケイドが耳にタコが出来るほど言い続けてきた安全第一は、しっかりエメルダにも受け継がれている。


 冒険者が安全第一でどうする?と言う突っ込みも無くはないが、冒険の方向性が違うのだからその突っ込みは的外れ。

 ベンチャー企業が常に体を張って仕事をしている訳ではないのと同じ理屈だ…業種によるかも、だけどね。


「王都に出回るようになるには、テストが終わって量産体制が取れてからなので、早くて一年後ぐらいかしら?」

「それなら私! リミエンに引っ越しますっ!

 運良くクレストさんにスカウトされてるしっ!」


 今までリミエン行きを本気では考えていなかったフィリーだが、その魔法のような商品をいち早く手に入れる為なら、悪魔に魂を売っても良い覚悟を決めたのだ…ホントに悪魔が居る訳では無いので、覚悟が重すぎるのだが。


「フィリー! それは狡いぞ!

 お主が居なくなったら誰に化粧をさせると言うのじゃ!」

「そんなのメイクチームで一番上手い子に任せれば良いんです!

 それに王妃様は元がお綺麗なので、軽いメイクでも済むんですよ」

「王妃…様?」


 うっかり漏らしたフィリーの言葉にエメルダが固まった。

 気まずい空気が流れる中、奥から大きな荷物を持ったエリスが出て来た。


「あ、いらっしゃいませ!

 うちの爪切りはコンラッドでも間違いなくトップクラスですよ。

 良ければ是非お買い求め下さいね!」


 そつなくセールストークが出来るように、エメルダがエリスに施している教育の成果が出たようだ。


「ガバルドシオンに納品に行って来るね。

 ではお客様、ごゆっくりなさって下さい」


 何事も無く店を出て行ったむすめを羨ましそうに見送るのはエメルダだ。


「良い娘を持ったのじゃな。跡を継ぐのか?」


 話を逸らそうと話題を探し、エリスをダシに使おうとした王妃だが、そう簡単に行く訳が無い。


「長男が軍に居ますので…第二軍に所属しているそうです。南部方面の国境は大丈夫ですね?」

「聞かれても分からん。

 さっきの娘は、腕は確かで?」

「はい…ドラ焼きの型を作ったり、次期ラクーンの鋳型を作ったりと忙しそうにしております」

「なんと! あのドラゴンの模様をあの娘が作ったのか!」


 まだ市販されていないドラ焼きを、今の時点で食べられる王都の者はごく限られた一部の者である。

 クレストが売り込みに行った商業ギルドか王城関係者であることが、これで完全に裏付けられた訳だ。


「ぇえ…まだ王都には出回っていないのですが、良くご存知で。

 クレストさんから試食を貰ったのかしら?」

「そんなところじゃな。中に甘いワッフルを入れたドラ焼きがお気に入りじゃ」

「あれは食感も面白いし、甘くて美味しいんですけど、割高になるので限定販売らしいですよ」


 ギズの作った型の試作品がこの家にはあるので、実はクレス糖さえ手に入れば自宅でドラ焼きを作れる環境にあることは内緒である。

 ピーラーと魔道コンロが使えるようになってからエメルダは料理の苦手意識を克服し料理の腕が上達しているのでとてもご機嫌なのだ。


「そうなのか…アンテナショップで出すそうじゃが、是非とも定番メニュー化させんといかんな」

「そうなると良いですね…それで…王妃様…護衛の人は?」

「人間は付けておらんが、心強いボディーガードがここに居る」


 そう言ってトントンとバッグを軽く叩く。


「アルジェン、参上なのですっ!」


 王妃の合図でバッグから飛び出たアルジェンが勢い良く飛び出し…羽ばたき、宙でクルクルと大車輪を決めてからピタリとテーブルに着地した。


「まぁっ! かわいい! この子は?」

「私はアルジェンっ! 妖精で、クレストパパの娘なのです!」


 左手を腰に当て、右手で横ピースのお決まりのポーズで笑顔を見せる。


「妖精? クレストさんって妖精だったの?」

「パパとエマママとの間に生まれたのです!

 パパとママはラブラブなのです!」


 天然素材もビックリのお惚けをかますエメルダに、アルジェンが勘違いを誘発させるようなことを言う。


「エマさんも妖精なの? それで仲が良かったのね」

「…そんな訳あるまい。二人とも人間じゃ。

 アルジェンは森のダンジョンで生まれて、気に入ったクレストに付いてきておるのじゃ」

「そうなのね。ビックリしたわ」

「こっちはお主の天然にビックリさせられたわ」

「やだわねぇ、冗談ょ、冗談」


 初対面の王妃にそんな冗談が言える訳無いでしょ、と内心突っ込むフィリーだが、それをクチに出さない分別のある大人なのである。


「さて、では爪のお手入れを始めましょうか」


 少し気がほぐれたところで、やっと王妃の手を取る決意が固まったエメルダであった。

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