第19話 自転車はこうなります
領主館に行ったら褒章として土地を貰った。
その土地に製紙工場を建てる予定だ。
他にも色々あるけど、まぁ良いだろう。
「クレスト君も無事に戻ってきてくれことだし、ハーフエルフ達も皆道路工事に使えるようになってくれたし、森のダンジョン、貯水池リゾート、貯水池ダンジョンも概ね問題は無い。
他に何か気になることはないか?」
伯爵様がライエルさんとレイドルさんにそう問うと、
「クレスト君のペット達のお披露目をする時期を決めないと。
ラビィはかなりの人に認知されていますが、アルジェン、ドラン、カオリ、スライム二匹はレア魔物保護例対象なので住民に正式に周知の必要がありますね」
とライエルさん。
「その件だが、貯水池リゾートのお披露目を兼ねて開催する市民運動会のテスト大会で発表しようじゃないか。
後二週間あるが、各ギルドにはこちらから通知を発しておく」
「冒険者ギルドは来週末に狩猟大会を開催するから、そこで発表しよう」
「商業ギルドは…クレストに手を出す馬鹿は居ないだろうが、各部に伝えておこう」
来週末が狩猟大会、二週間後に運動会ね。
「屋台を運搬する台車は出来てます?」
「あれなら直ぐに作らせた。店主が出し渋りしてたからな」
台車が出来ているなら運搬は問題無いな。
「が…毎回台車に乗せるのは面倒だ。
ラクーンを簡素化して屋台に出来ないか?」
「出来ないことはないけど、お値段が…」
簡素化しても、大銀貨三百枚ぐらいかな?
百枚程度に抑えないと、屋台の店主達だと手を出せないと思う。
「簡素化って、どれぐらい?
結構ごっそり省かないと、高くて買って貰えないよ」
「そうだな、町の中と貯水池リゾートまでしか動かさん前提なので、衝撃緩衝に拘る必要は無い。
手綱のレバーは無しで、前輪操舵は押して動かすときに使えるように。
普段は御者台無しで人が引っ張り、外に出す時にギルドから御者台を貸し出すような形でどうだ?」
頭の中でイメージを浮かべ、完全にラクーンのコンセプトから逸脱しているので駄目だと判断する。
「それでラクーンの名前を冠するのは完全に詐欺ですね。
それなら今ある屋台を鉄パイプのフレームの台車に乗せた方がマシです。
町中と貯水池リゾートまでなら、立って運転しても良いかな。台車にクルクル回す小さなハンドル式操舵ネジを追加しただけの感じで設計してみます。
紙を一枚頂けませんか?」
そうやって書いたのは、豊洲で活躍するターレの荷台を少し長くして四輪にしたようなものだ。
町中と貯水池リゾートまでなら段差も凸凹も殆ど無いから、乗降の邪魔にならないように前輪は小さくして、屋台はフルフラットの荷台に乗せる。
コの字型のハンドルを付ければ人でも牽けるし、馬で牽くときはコの字のⅠの部分を外す。
「そう言う物が良く直ぐに思い付くな」
「必要は発明の母ですからね。
これなら今の屋台とそう変わらない金額で作れるかも知れないし、既存の屋台を乗せることも出来ます。
これで不都合なく運用出来れば、こらから新しく作る屋台は、これにしましょう。
既存の屋台のオーナーには補助金を出して買い換えを促しても良いし」
荷台の強度さえ確保出来れば良いのだから、開発はそう難しくないだろう。
「そう言う発想がすぐ出来るのがクレスト君の真骨頂だな。
リミエンに君を派遣してくれて神が居るなら感謝せねばな」
頼むから人をスライムにして転生させるような神様に感謝しないで下さい。
ここで領主様の矛先がレイドルさんへと移る。
「クレスト君がこうやって色々考えてくれるのだ。商業ギルドもクレスト君には最大限の支援を行うようにな。
それと、王都でのケルンの交渉は上手く進んだらしいな」
「はい、ギルドマスターを恐喝した誰かさんのお陰で予想以上の成果です」
誰かさんって、俺じゃないよね?
少しお強請りしてみただけだし。
「その本人は自分じゃないと思っているようだが、それはまぁ良い。
アンテナショップには外国からも人が集まるように宣伝し、輸出にも力を入れらるように生産体制を強化せねばな」
俺のことだったとは…どうやらお強請りの件でリミエン側と認識の齟齬があるらしい。
「今は個人経営の小さな工房で分担して生産していて、生産効率が良いとは言えぬからな。
馬車鉄道の路線沿いに工場を建設し、そこで一括して生産出来るように変えて行きたいと考えている」
それは無駄の排除には繋がるかも知れないけど、通勤時間が問題になる。
今は通勤時間ゼロの人が町の外まで出なきゃならないんだからね。
特に雨の日とか行くのが嫌だろうな。
「伯爵様、町の外に工場を構えるとなると、近いと言っても片道半時間とか掛かります。
馬車鉄道だって常に駅に馬車があっていつでも出せる訳ではないですし。
作業員から反発が出ないでしょうか?」
「クレスト君の懸念は尤もだね。
だが材料の運搬や商品の搬送を請け負う輸送業ギルドから改善要望が来ていてな。
町の中をあっちこっちと動き回る必要を無くしたいのだ」
配達の都合もあるのか。
通勤時間に関して、何か短縮する案はないかい?
君に聞けば何か出て来そうな気がするのだが」
「押せば答えの出る道具ではないんですけど。
でも、今回は偶然自分が欲しくて設計していた物があるので紹介しますね」
そう言ってマジックバッグから自転車の図面を取り出す。
変速機のないシンプルなものなので、ラファクト鋼材店に居る転生者の錬金術師に丸投げすれば作れるかな?
機械加工の難しい部分があれば、キリアス組にお願いすれば良い。メイド・イン・リミエンに固執せず、頼れる人が居るならドンドン頼れば良い。
「随分と用意の良いことだな。
だが、これは車輪が一列に二つあるだけで直ぐに倒れるぞ。
大道芸人専用の乗り物じゃないか」
レイドルさんが即座にダメ出しをする。
気持ちは分かるが、やる前から否定していては科学は進歩しないのだよ。
「乗ればきっと分かります。
どうしても駄目なら後ろを二輪にした三輪車に乗れば済むことですし」
「なるほど。
君が二輪を勧めるのは、三輪にするとコストアップや速度低下のデメリットがあり、二輪に慣れれば三輪には目もくれなくなる、それぐらいの性能差が予想されるのだろう?」
相変わらず伯爵様の期待が大きすぎる。
新しい物を受け入れてくれる度量は認めるが、俺のやることに妄信的になってないか不安だ。
だがまぁ自転車の生産は個人的にも必須だし。反対されない内に試作を頼んじゃえ。
「今のところ机上の空論ですが、そうなると確信しています。
恐らく、町の中でこれに乗るとスピードを出し過ぎて怪我人が続出すると思います。
ですから町の外での使用に限定する必要があるでしょう」
このデメリットは、自転車をこの世界に持ち込む俺が事前に知らしめておかなければならない。
自転車でも人にぶつかれば怪我では済まない事故が起きているのだ。
便利な乗り物はルールを守らないと事故を起こす。これは乗る人の問題だから防ぎようがない。
性善説に基づき認可された電動キッ○ボー○なんて、走る凶器をキチガイにホイホイと渡すような愚策だ。
あれで殺された人が出れば、持ち込んだ人と認可した責任者はどんな気持ちになるんだろうね?
どうせ、オレは悪くない、ルール守れよバーカって思うに決まってるんだけどね。
さて、この世界で自転車はどんな使われ方になるんだろうね。
どんなにルールで規制しても絶対に守らない奴は出るし。
通勤にしか使えないような仕掛けが出来れば良いけど、そんなの無理だしなぁ。
かっこ悪いけど、自転車の前方にバンパーみたいなのを取り付けて、衝突時の衝撃を吸収させようかな。
バンパーの中にはスライムがいっぱい入ってて、事故ると飛び散るスライムの群れ…中々ショッキングな光景だな。
「また長考モードに入ったな」
事故後にスライムを回収する様子を想像し終えた俺に、レイドルさんがそう声を掛けてきた。
「仕方ないですよ。どうやって安全性を担保しようか悩んでるんだから」
「そんなことか…スピードが出過ぎて危険だと思うのなら、スピードが出せんように三輪のみ販売すれば良い。
二輪車の方は、お前が趣味で乗れば良い。
三輪車でも歩くより早く走るのだろ?」
レイドルさんが何を馬鹿な事で悩んでいる?と本気で不思議そうな顔をする。
自転車を知らないと、そう言う反応になるのか。
「恐らくは。
じゃあ、市販は三輪車だけで行きますか」
それなら悩むのも馬鹿らしいので、言われた通り二輪車の販売は無しにしよう。
自分専用に速く走れる二輪車を作れば済む話だし。
何もかも地球と同じように考える必要は無い。納得が行かなかろうが、郷に入っては郷に従うってだ。
スピードはギヤ比と車輪径と重量とタイヤで決まる。早過ぎず、遅すぎずの速度をお役人さんに決めて貰おう…って、スピードが測れないんだよ。
どうしよう?
忙しいと思うけど、カミュウ魔道具店に居る転生者のリューターさんにスピードメーターを作って貰うか。
自転車でもママチャリなら平均時速は十五キロぐらいかな。歩くより三倍は速いよね…
あれ? 時速…?
「ん? 何か問題があるのかい?」
と俺の顔色を窺っていた伯爵様が、問題があることに気が付いたようだ。
「速い、遅いの判断基準が分からないんです。
何か決まった基準がないと、測定する人によって判定結果が変わってしまいます。
この国では何か速さを測る基準ってありますか?」
「基準か…いや…レイドル、何かあるか?」
伯爵様は知らないらしく、無駄と分かっているような顔でレイドルさんにヘルプを求めた。
「いえ、速さを測る道具は無いと思いますね。
一時間に歩いてどの辺りまで進めたかで連絡員の優劣を決めることはありますが」
「となると、何か新しく作らねばなるまい。
だが一時間を基準にすると長すぎるな」
長針しかない壁掛け時計を見て、伯爵様が腕を組んで考え込む。
「そう言えば、キリアスの集会所に針が二本ある時計を壁に取り付けていたな。
長い針が一時間に一回転するそうで、数字と数字の間を五分割にして、一分、二分~五分と数えていた筈」
ここまで殆ど喋っていないライエルさんが、そんな事を教えてくれた。
俺が森のダンジョンに居た時には二針式の時計は使ってなかったと思うから、鹵獲品の中にその時計があったのかも。
無線馬車があったのでかなり魔道具技術レベルが高いと思う西部地域を統べるのがセキネさんで、あの性格からして作戦行動を一時間単位で行うとは考えにくい。
だから時計の分の単位を使ってたんだろう。
ルーファスさんが元々セキネさんの軍の偉い人だったそうだから、その時計の見方を知っていたのもおかしくないし。
速さの定義は単位時間にどれだけ進むかだから、その単位時間をしっかり定義するための時計が無いと速さを決められない。
二針式の時計なんて無くても良いと楽観視していたけど、まさか自転車を作る為に必要になるとは想定外。
「あの時計が必要になるのか?」
「はい。一時間も同じ速さで走ることは出来ません。
極力短い単位時間で速さを計測して、その速度を一時間継続出来たらどれだけ進めるかって言うように考えないとイケないでしょう」
スピードメーターもスピードガンも無いから、時速何キロって説明するのが凄く難しい。
「ちなみに一時間は何分ですか?」
「十六掛ける五で八十分だったな」
まじかょ…十六進数か。でもそれで文化が形成されてしまったんだから、よそ者の転生者はそれに従うしかない。
「その一分より短い単位時間ってあります?」
「拍だと個人差が出るから、確か秒とか言う単位で測るらしい」
「一分は何秒です?」
「それが不思議なことに四十秒らしいんだよ。
大体一分間に四十回ぐらい心臓が脈を打つから、そう決めたんじゃないかと赤熱の皇帝が言っていたらしい」
脈だって個人差はあるし、動いた後は速くなるんだけど。
「召喚された勇者の持ち物に時計があったのかも知れませんね。
勇者の世界の一日が、この世界の一日と同じかどうかは分かりませんけど、一番最初に溶けるを作った人は何か参考にしたと思うし」
きっと一日の長さが違って、そのままでは時計が使えなかったんじゃないかな。
それでこの世界の一日に合わせた二針式の時計を作った結果が、一分は四十秒になったと考えて大きな間違いは無いと思う。
「その一秒に進む距離を四十倍して分速、更に八十倍して時速が出せるように魔道具を作ってもらいましょう」
「作ってもらいましょうと簡単に言うがな、開発にどれだけの費用が掛かるか分からんぞ」
ケチなレイドルさんがダメ出ししてくるが、このメリットが分かっていないからだろう。
「そこはレイドルさんが太鼓腹なところを見せて下さいよ。自転車や馬車にもその魔道具を付ければ、速さが分かって後何時間で目的地に着くかも分かるようになりますし」
その前に距離を測っておく必要があることけどね。
クルクル転がして何回転したかをカウントする機械式の距離計を、発明家の卵に作らせれば良い。
馬車にも取り付けて、走行距離によってメンテナンスを促すことも出来る。
最初にケルンさんに会った時に馬車の車軸が折れていたけど、交換時期を過ぎているのが分かれば防げた事なんだよね。
車検をヤレとは言わないけど、馬車でも定期的な部品交換は必要だろう。
自転車を紹介しただけなのに、何でこんな大袈裟な話になったんだろうね。




