第18話 褒章を貰います
領主館でレイドルさんに攻撃された。
国より金持ちだと言われたけど、骸骨さんの遺産もかなり消化したし、俺の手元の資産なんて…どれだけあるのかな?
「本気で分かってないか。アーミンのレンタル契約書の控えだ。
節穴みたいな目で良く見ろ」
レイドルさんが急にポンと渡してきた羊皮紙には、確かにそんなタイトルが振られている。
「えーと…アーミンからの提案で、アーミンが王城に籍を置く間は一日に大銀貨五枚をクレスト家に支払うこと…マジかょ」
あいつ、そんな提案したのかよ。アーミンの食費を肩替わりしてもらってるだけでも有難いのに。
「出来の良いドラゴンを持ったもんだ。年間に千八百枚の不労所得だぞ。
それだけじゃない。他にもオプションがある」
餌代は王城持ち、普段はアレク坊やの教育と護衛を担当、黒龍に変身出来る時は公共工事で荷物運び等を実施…大型貨物の輸送が随分ラクになるな。
それと、年一枚の鱗の売却も書かれている。
一枚で三億円ぐらいの価値があるらしい。これを毎年一枚って、俺、もう働かなくて済む?
「あの…アーミンの鱗って国外に販売出来ないんですかね?」
「あれは戦略物資だ。他国へ販売して他国の武力強化に役立てよと?」
鎧の強化に使うとは聞いてるけど、鱗が戦略物資とは…さすがドラゴン、鱗までハンパない扱いだな。
オヤツを乗せて運んだお盆みたいに平和利用を考えてくれたら良いのにね。
「それには書いてないが、黒龍がこの国に居ると言うだけで他国からの侵略の可能性はぐっと減る。
その分の軍事費を他の物に回せるようになる訳だ。
クレスト君が提案した駐屯地計画、その浮いた分で進めることになるだろう」
それは有難いが、毎年三億円…か。金銭感覚が崩壊しそうだな。
「なのでお前にはいずれ余る程の金が入ってくる。安心してあと二人ぐらい娶ってくれて構わんぞ。
お前だってあの二人のことも悪く思ってないのだろ?」
「悪く思わないのと結婚は別の話だよ。俺の頭の中は妻一人が普通なの。
それを二人にしただけでとんでもなく妥協と言うか、仕方なくと言うか…」
「本人には間違えてもそれを言うなよ」
「当たり前だろ」
お金があろうと、やっぱり妻を四人も持つのは厳しいって。
どうやって寝たら良い? 五人で横並び? それとも正の字で?
そんなデカいベッド、あるのかな?、
「そうなると、今の屋敷ではクレスト君の寝室が狭くならないのかい?」
と伯爵様が余計な心配をしてくれる。
ここに超弩級悪徳不動産業のトップが居るんだから、その話はマズいって。
「丘の上の見晴らしの良い一等地で良ければ開けてやれるが」
「それ、貴族区画だろ。わざわざ不便な場所に引っ越したく無いよ」
「普通はそこに住めるようになることをモチベーションに頑張るものだが、クレスト君には不便な土地にしか見えないのか」
伯爵様がガッカリって顔になる。
戦争になった時のことを考えれば高い位置の方が良いけど、今は国同士の争いは無いからね。
「で、一等地を開けるって、誰か引っ越しする予定があるの?」
「いや、悪いことをしている奴を探して首を切れば問題無いだろ?」
「その発想が怖すぎるよっ!
今住んでる所が一番だよ。各工房にギルドも近いし。
レイドルさんには良い場所を紹介してもらって感謝してるんだから」
たまたま事故物件で売れ残っていただけで、条件的には最高だと思う。
「だがな、貴族家の娘を二人も嫁に迎えて市街地に住むのは親御さんからすると」
「俺は貴族家じゃないから問題ないよ。降嫁って言うのか知らないけど、俺に嫁ぐなら貴族家ではなくなるんでしょ?」
「それでもそれなりの格式はある家屋敷に住むものだ」
伯爵様から見れば今の俺の家ってエマさん達が住むには相応しく無いの?
でもエマさんのお父さんは何も言ってなかったし。
「クレスト君が素直に爵位を受け取り、領地を治めてくれるのがこちらとしては一番有難いが、それを断固拒否するのだから少々困っていてね。
屋敷ぐらいしか与える物が思い付かなくて、何か欲しいものがあれば言って欲しい」
「それ、国王様に俺の意にそぐわない女性と結婚せずに済むようにして欲しいってお願いしてダメだった」
それを聞いて三人が頭を抱えた。
「それでは策略を巡らせる輩の抑止力にならないと思うよ」
といち早く復帰したライエルさん。
「同じことを王妃様に言われました。
なので代わりに印刷機の普及を後押しするように頼みました」
「職を失う者への対応を考えよ、と言うことか」
今度は領主様が俺の狙いを言い当てる。中々鋭い人だね。
「はい。その人達に印刷に関わる仕事に付けるような体制を作るのは俺じゃ無理ですからね」
「そこまでして印刷機を欲する理由は?」
「国の力を上げるには国民の知識レベルを上げる必要があります、と言うのは綺麗事で、俺が楽しめるような本を読みたいんです。
その為に身近な所に印刷機があって、誰でも本を作ることが出来るようになったら、作家も増えて行くと思うんです」
漫画家が育つのは難しいと思うけど、ラノベ小説家ならポコポコと生えてくるだろう。
ビステルさんにBLを催促されたことは内緒。
しかも印刷機が禁止となった理由の一つがBLで…エレベーターの地下がBだから、ボーイズラブも表立って地上に出せない地下的な愛と言う意味でBLになりそうだな。
「その為に市民の通う学校が必要と言っていたのか」
自分の趣味の為に市民に教育を受けさせる…かなりズレた発想だな。
レイドルさん、ライエルさんがコイツ何考えてんだと言う顔になるが、教育も印刷も進めてみれば国益となり欠かせないものだと分かる筈。
学校のことは俺から伯爵様には言ってないから、多分ロイから聞いたのだろう。
「やはり君は領地を持つべきだな。
君の采配が自由に振るえる環境に無い場所では、君の想いを実現するのは抵抗勢力が多すぎる」
だから、その地位に就くのがイヤだって言うの!
と言うか、結局伯爵様もアルジェンが俺にキリアス取りを薦めるのと同じような発想になるのか。
でも領地を持って領主になると、伯爵様みたいに禿げそうな思いで仕事をしなきゃイケなくなる。
そんなのは絶対イヤだって!
まだリミエン伯爵は禿げてないから、ストレスに超耐性がある人なのかも。
「とりあえず、クレスト君にはどこかに屋敷又は土地を与える。
そう言った見た目で分かる報酬を貰ってくれないと、信賞必罰を蔑ろにする領主だと評価されてしまうからね。
そうなると、私を引き摺り下ろそうと頑張る者達が現れ、結果多くの市民が迷惑を被ることになる」
それは飛躍しすぎだと思うけど、屋敷ねぇ…研究所的な物なら欲しいけど、どこに置くかが問題だな。
「それとは別件で、スライム研究家が引っ越してくるらしいが、これは?」
「あ、忘れてた、その人はジェルボさんと言いましてトイレスライムの生みの親です。
漂白剤の原料が彼のスライムから取れるので、製紙工場の近くに住んで貰おうと思って声をかけました。
王都ではスライムに対する忌避感があって、肩身の狭い思いをしていたようです」
ジェルボさんには普通の一軒家を用意すれば良い。
スライム養殖場は地下にアルジェンに作って貰えば済むんだし。
「製紙工場とは? 今の手漉き工房では駄目なのか?」
「はい、いちいち手で漉くと時間も掛かるし、手漉き職人の育成も実は意外と大変なんです。
ですから機械で連続生産が出来るようにするつもりです。
手漉き職人も勿論残しますけど」
「工場は、どれぐらいの規模を想定しているのだ?」
現代の製紙工場みたいな殆ど人の居ない工場は無理だと思うし、雇用の創出って意味で人を多く雇いたい。
それとロール紙を作って運ぶなら、クレーンが必要だからキリアスの人達に作って貰おう。
そう言う方面の技術もどんどんリミエンの職人に取り入れて欲しい。
そう言えば、素材研究所のフォイユさん、結局どんな結論になったのかな? 出来ればリミエンで紙を作って欲しいんだよね。
王都はあくまで物を消費する場所で、リミエンは生産拠点にしたいんだ。
今夜のドラ猫便で手紙を出して聞いてみよう。
工場に関しては何がどれだけ必要かなんて全然分からない。
でもすかさず伯爵が聞いてくるってことは、その製紙工場が欲しいってことだから、少し多めに言ってみようか。空き地があっても困らないけど、狭いと後で困るからね。
「工場の能力は作ってみないと分かりませんが、土地だけで言えばそれ用の材料と製品の倉庫も必要ですから、馬車鉄道の線路沿いに貯水池の競技場が五、六個分ぐらい入る敷地が欲しいです」
敢えて競技場で例えたのは、東京ドーム何個分って言うのをやりたかっただけだからね!
「そうか…レイドル、今なら手付かずの土地が残っているな?」
問われたレイドルさんがバッグから丸めた地図を取り出した。
「問い合わせは色々と来ていますが、現時点で用途が決定済みなのは、洗浄剤工場だけです。
商店を構えるにしても、まだあの路線の利用者数の想定も難しく、貸し付けが焦げ付く可能性も高いので待ったを掛けていますからね」
個人的には商店を並べるより、桜並木とかの癒しスポットにして欲しいけど。
それなら屋台をズラリと並べれば花と団子の両方が楽しめる。
「うむ、それなら褒章として、その土地の『使用権を与える』のが良さそうだな」
と伯爵が頷く。
伯爵が『貸与』ではなく『使用権を与える』って言うのは、俺の土地にするって意味。
基本的に土地は領主様の持ち物だから、普通なら貸与って言う筈。
まぁ、土地だけあっても儲けにはならないけど。その土地で何をするかが重要なんだよね。
「いえいえ、製紙工場は領営にしたいので、そんな権利は要りませんょ。俺のポケットには大きすぎて入りませんし」
公共性が高く莫大な利益が予想される産業を個人に所有させようとする方がおかしいのだが、その利益が俺への褒章と言う意味。
けど、ちょっと貰いすぎだよ。
「お前なぁ…伯爵様がどれだけお前に便宜を図ってくれたのか知っているのか?」
そう言うとレイドルさんがまたアイアンクローをかまそうと身構えたので、さっと避ける。
「それにアルジェンの件もこちらでタイミングを見計らって公表しようとしていたのに、向こうで暴走させやがって」
「それ、報告書にもあると思うけど、俺は悪くないからね」
「お前の後始末がどれ程大変か、一度その席に座って体験してみろ」
何かそんなに大変なことあるのかな?
「洗浄剤でのチャムの乱の鎮圧、産業スパイ対策、人材確保、無許可の道路工事対応、無許可の移民受け入れとそれに伴う各種支援、他にもお前のことに関する問い合わせ多数…ギルドでは対応出来ん案件を伯爵様が処理していた事を考えてみろ」
そんなの言われてないんだから知らなくて当然だろ。
「短期間によくこれだけやらかしてくれたと確かに感心するが、結果的には領の発展に繋がるものばかりだからな。
少々やり過ぎた感はあるが、三日の徹夜が三度で済んだのだ。そう気にしなくても良い」
「無理、むり、ムリッ!
それ言われたら絶対気にしますって!」
「そうなのか?
なら少々譲歩して欲しいものだ」
どう考えても、お前少し俺に同情しろよって迫ってきてるよね?
「製紙工場は洗浄剤工場の隣になっても良いのだな?」
「はい、鉄道馬車の停留所も共有出来ますから」
「住宅は簡単に決められるものではないが、工場なら選択肢は限られるからな。
やっとお強請りしてもらえて助かった」
お強請りではなく、同情で…いや、同情で土地を貰うって選択肢がおかしくない?
「その代わりに、土地は俺の死亡後は返却するようにお願いします」
「それは受け入れよう。
レイドルもそのつもりで頼む。
土地の譲渡権、製紙工場建設の認可証、製紙工場の運営権利証が出来れば連絡を入れるのでまた来て欲しい」
「はい、承知しました」
アーミンの鱗を売ったお金で製紙工場と印刷機を開発するぞ!
どちらも十年で出来たら万々歳かな?
「もし製紙工場が出来れば、クレスト君には初代工場長を頼む。ルケイドには難しいだろう」
生粋のこの世界の住民に最初を任せるのは確かに無茶振りと言えるかもね。
「でも手漉きの工場は今やってる人をそのままスライドしてもらうつもりだから、ルケイドの方が纏め役に向いてるかも」
「その辺は作業員やルケイドと相談して決めろ。
ルケイドはお前と違って男爵位を持つ身だが、部門長として適当に働かせてやれば良い」
それは凄い嫌味だな。
今のまま身分制度で言えば、男爵位の方が大四級市民権持ちより上だからね。その人を俺が面倒見るんだょ、仕方ないけど。
「あれ? おかしいな…
ラクして暮らすつもりだったのに、なんでこんな大仕事を引き受けてるんだろ?」
「時流に乗った結果ではないかな」
「その流れを生み出した張本人がお前自身だから当然だろ」
「仕事のできる人に仕事は集中するものだと昔から決まっているからね。
僕もリミエン伯爵もレイドルも忙しいのは、そのせいだよ」
領主館に来るたび、何かの仕事がやって来る。
押し付けられてる訳ではないが、ここには自分がやります的な空気感があるのか?
「ところでクレスト君、洗浄剤と紙、どちらも湯を沸かして材料を煮る工程があるのだろ?
その釜を共有は出来ないのか?」
「可能かも知れませんが、洗浄剤工場の設計変更が必要では?」
「工場建屋の外に釜の小屋があるから、そう大きな問題は無いと思う」
臭い対策で分けたのかな。結構強烈に臭うからね。
「それなら燃料と倉庫の問題だけか。
あ、いや、洗浄剤工場と釜の所有者は商業ギルドですよね?
製紙工場は釜の使用料を支払う格好になるのか。
商業ギルドがぼったくることは無いから問題ないか」
共有出来るならそれでも良い。
どうせ俺の死後は商業ギルドに押し付けるんだし。
紙作りで出た廃棄物も、燃やせば洗浄剤の原材料に利用出来るかも知れないし、その逆も然り。
「王都の素材研究所に居る紙の研究員に、こっちに引っ越してこないかと勧誘しています。
その人が居れば、そう言う面でもアイデアが出てくるかも」
「それは頼もしいな。
トラブルだけでなく人材確保もしっかりやってきたとは見事な物だ。ただやり過ぎは禁物だがな」
フォイユさんはまだ確定してないけどね。
どうせなら素材研究所の人、全員引き抜いても良いかもね。




