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第17話 三者三様の悩み

「はぁ…」


 心ここにあらず、そんな様子で溜息をつくエマを見て、姉御ポジションのミランダがまたかと、とこちらも溜息をつく。


「愛しのダーリンが帰って来たばかりで、何をそんなに溜息ばかりついてるよの」

「家庭の事情です…」

「女関係ね? あんな有料物件なんだから独占なんて無理よ。

 それは最初からエマだって分かってたでしょ?」

「それは…何となくは…伯爵様からも言われてましたし」


 毎日領主館に手紙を届け、町の様子をリミエン伯爵に伝える業務を持つエマに対し、伯爵もクレストに関して起こり得る幾つかのケースを教えている。


 その中にはリミエンの中でも最大手の商会からの輿入れがある。

 まだ年齢は十五に達するかどうかの境ぐらいと若く、見た目も悪くはない。

 だがエマとは馬が合わないタイプの女性である。


 そんな女性が政治的都合により自分の愛する男性の妻の一人となるぐらいなら、気心の知れているオリビアや『紅のマーメイド』の二人の方が余程マシ。

 そう納得しているのだが。


 きっと今頃、クレストがオリビアにプロポーズの言葉を告げているだろうと想像すると勝手に溜息が出るのである。


 そのエマの手に渡されたのが、王都滞在中のクレストの行動記録の写しである。

 朝の一番混雑する時間が過ぎ、写しをツラツラと読み進め…思わず額に手を当てる。


「道理でこの人が来るわけよ…」

と思わず呟かずにはいられなかった。


「何があったの? 私にも見せてよ」

と半ば奪うようにエマの手から写しを取るミランダが、最初のページから『あり得ないっ!』と声を上げながら読み進め、最後にエマと同じように手を当てた。


 それからページを戻し、

「あの野郎…」

と何かを捻るような仕草をする。


「ミランダさん!

 悪いことはしてないからねっ!

 寧ろ凄く役に立ってるから! ねっ!?」


 エマが写しを奪い返したときに開かれていたのは、クレストがエマに変身した記事が書かれるページであった。


「こんな面白い真似が出来るの隠してたなんて許せんっ!」

「それっ?

 そこは無視して無かったことにしようよ!

 普通の人は最後のページで頭を抱えると思うわょ!」


 この日、エマが言うページを目にして頭を抱える人物が、リミエンには少なくとも三人は居る。


 その一人目。


「スライム坊主のリミエン移住は…これは工場の近くに養殖場を作る方が運搬の手間が掛からないな。

 スライム液の産業利用とは、王都にも変わった研究をする馬鹿が…

 あんっ? 黒龍の飛来をクレストが止めただとっ! あいつ、どこの世界の英雄だ!」


 スライム坊主の居住地選定を部長から丸投げされていたレイドル副部長が、想像さえ付かない記事に目を見開いた。


「飛べたのはアルジェンとか言う妖精の仕業だろうが、ノコノコとドラゴンの前に出て行く馬鹿がどこに居る?

 この世界を三周してもアイツ以外に見付からんぞ…。

 相手が話の分かるドラゴンで命拾いしたようだが…これは勲一等レベルじゃないか。王女を押し付けても足りん借りを王家は作ったもんだぞ。

 ウチも一軒別のを用意せんと馬鹿共に馬鹿にされるな」


 そう言うと、また別の地図を抱えて部屋を出るレイドルだった。



 そして二人目。


 誰よりも先に行動記録を読み、黒龍の件を知ったライエルは天井を見上げる。


「はぁ…一切の褒章を断ったとはな。

 確かに一つ褒章を戴けば、後から我も我もとアレコレと贈り物で懐柔しようとする輩が出てくる可能性は否定出来ない。


 そこは賢明な判断だと言えるが、国王の権威さえも歯牙にも掛けないとはね。

 クレスト君らしいが、これ、遠慮したつもりの遠慮知らずなんだよね。


 素直に金や爵位を貰っておけば、まだ逃げる余地はあったものを。


 金でも権威でも名誉でも動かない、そうなると送るのは女しかなくなるだろう。

 これで彼は完全に詰みになる。

 エマ君も諦めているようだが、さて、レイドルと伯爵様はどう動く?

 だがまぁ、そっちは本人が先に好きな子を選べば済むから心配する必要は無い。


 それより問題は、これで王都からリミエンに移る冒険者が増えてくることだ。

 大工仕事と農作業と開墾なら幾らでも人手が欲しいところだが、如何せん金がない。

 商業ギルドは新商品ラッシュで空前の利益を出し始めているが、こっちはそうも行かないからな。


 アスレチックの営業開始時期を前倒して、ジップラインのゴーが出れば王都にもチラシを撒いてもらおうか。

 でもそれだけじゃまだ足りない。


 野外活動も回数を増やして…狩猟大会の用意もしないとイケないな。

 まずは森のダンジョンと貯水池ダンジョンからの収益をもう少し増やさないと…

 子供やカップル向けのダンジョンなんて出来ないものか?


 魔熊の対応も案が無い。

 アーミンが動いてくるのなら何とかなるだろうが、黒龍がこちらの要望を聞いてくれるか分からないし。

 こればっかりは、クレスト君に説得に行ってもらうしかないかもね」


 長い独り言の後、執務室を出ると幹部を集めて対策を練るよう指示を出し、冒険者ギルドを出て行くライエルであった。



 そして三人目。


「スライム関係はこちらから言わなくとも商業ギルドが勝手に動く。

 だが黒龍の件、一切の褒章を断るとは厄介な事をやらかしてくれたな。

 どうせクレストのことだ、表には出せぬ取引を持ち出したに違いないが、地元の領主として何もせん訳には行くまい」


 印刷機の普及に関する取引だと思い至らなくとも、裏取引のあったことを言い当てるのはリミエン伯爵だ。


 そして領主としてクレストに何が与えられるのかを考えるのだが、名誉も栄誉も糞食らえと思っているような人間相手に与えて喜ぶ物が思い付かないのだ。


 しかしそんな伯爵の考えなどお構いなしで、リミエンに籍を置く貴族共が出来の悪い娘をクレストの嫁に捻じ込もうと今まで以上に動き出している。

 王都の滞在中はベル達の活躍もあって貴族共の接触をブロック出来たのだが、自宅を構えるリミエンではそうはいかない。


 今までは早贄の二つ名を持つ家令のブリュナーがとるに足らない木っ端貴族共を上手くあしらってきたのだが、王都での活躍を聞いた上級貴族共も(今までクレストのことを()き下ろしてきた事を棚に上げて)年齢如何に関わらず娘を差し出そうと企む始末。


 それでも実の娘であればまだ救いはあるが、急に慈善家ぶってスラムの子供を養子に迎えてである。 


 クレストの噂の中には、人妻にも手を出す好色家と言う悪意に満ちた物もある。

 それが真実かどうかを確かめてからにしろ、と馬鹿な貴族共に怒鳴り付けたい伯爵であるが、それはグッと我慢する。


 そこに飛んで火に入る初夏のエマである。いつものように手紙を手にやって来た。

 本日の話題は当然そのクレストのことになり、喜び一色である筈なのに挙動不審なエマの様子に不信感を抱いた伯爵がオリビアの嫁入りを聞き出すことに成功した。


「やっと二人目を決意してくれたのか…あぁ、済まない、エマ君としては素直に喜ぶのは難しいか」


 クレストがオリビアまで嫁に迎えることに対し、エマが手放しで喜んでいる筈が無いと気が付いた伯爵が慌てて謝る。


「いぇ、私の認めない人が来るより遥かに良いと思います。

 それに前々から言われていたことなので、心構えは出来ていましたし」

と、それ自体は問題では無いとエマが釈明する。


「でも、オリビアさんは盗賊団を倒すと言う実積を残した有名人です。

 彼女と比べると、ただの受付嬢の私なんて、アンタ誰ってレベルなんで釣り合わないと言うか…」


 ある意味、一般人が芸能人の伴侶となって悩むようなレベルの悩みを打ち明ける。

 そんなのどうしようも無いし、気にすることではなかろうと思う伯爵だが、素直にそうクチに出すような子供ではない。


「それならエマ君もクレスト君の伴侶に相応しいと思われるような活躍をしないとイケないな。

 だがそれは腕っぷしや魔法で競う物ではない。

 気分屋の彼が最初に見初めたのはエマ君なのだ。彼の事も一番良く理解しているのだろ?

 彼にこれ以上厄介な事件を起こさせず、君が居てくれて良かったと言わせるようになることが、君の評価に繋がるのではないかな」


 そう言うのは簡単だが、彼の行動は予測不可能。コントロール出来る人間など存在しないのではないかと本気で思う伯爵と、私がオリビアに勝っている舞台で勝負!と気合いを入れるエマだった。


◇ 


 あまり脚を運びたくない建物の廊下を歩いていると、用事が終わったのかエマさんとばったり鉢合わせた。


「あ、エマさん、来てたんだ」

「いつもの報告にね」


 ここは領主館。エマさんが毎日手紙を届け、そのついでに町の様子を報告する場所だ。


「クレストさんは悪いことやったのかな?」

「無実なのにレイドルさんに拉致されたんだよ」

「大事件を起こしておいて、どのクチがそれを言う?

 お前の面の皮はドラゴンの鱗で出来ているのか?」

「相変わらず仲良しね」


 エマさんが何か誤解しているようだが、レイドルさんがニコニコしているので余計な事は言わないでおこう。

 朝一番で商業ギルドから出頭命令が届いていたので、行ってみると予想通り伯爵様に会いに行こうと誘われたのだ。


「急に呼んで悪かったね」

と伯爵が軽く手を上げる。


「いぇ、ブリュナーさんに今日は呼ばれるだろうって言われていたので問題無いです」

「それは良かった。流石ブリュナーさんだな。

 それとオリビア君のことをやっと決めたようだね」


 ありゃ、その事をエマさんが伯爵に言っちゃったんだ。


「様子がおかしかったから、聞いてみたら有名人のオリビアさんとじゃ、自分は釣り合わないんじゃないかと心配してたよ」

「そんなことを…俺は無理だけど、伯爵様なら上手く慰めてくれたと思います」


 顔面だけで中身スッカスカのイケメンとは違うからね。

 そう言う面では伯爵様は頼りにして良いと思う。


 やっぱりエマさんも何も気にしてない訳じゃないよね。釣り合わないと思う理由が気になるが、

「それなりに上手く言ったと思っているよ。

 家で聞いてみるとよい」

と先に言われたので、

「ありがとう御座います。それなら大丈夫なので」

とそれ以外深く考えないことにした。


 エマさんとオリビアさんの問題を俺がヘタに嘴を挟んで拗らせる訳にも行かない。

 妻一人でも気を使うと言うのに、複数となるとその何倍も気を使う必要がありそうで今から怖くなる。

 やはり一夫多妻なんて制度は即刻廃止すべきだと思うが、俺の行動が今の事態を招いたのなら納得は行かなくても受け入れるしかない。


「後二人だな。早く決めろ」


 レイドルさんが俺の葛藤など知るもんかとそう言って来る。


「今の俺の稼ぎで四人の妻は養えませんけど」

「何を言う?

 お前の資産はコンラッド王国の年間予算を遥かに超える程もあるではないか」

「はぁ? 激務が祟って遂にボケたか?」


 久し振りにレイドルさんのアイアンクローが俺の額を襲った。


「痛い痛い!

 脳味噌飛び出るっ!」

「今のはクレスト君が悪いと思うぞ。

 仲が良くても言葉には気を付けないとイケないよ。

 レイドル、そう怒ってやるな。本当に馬鹿になったら困るのはギルドだからな」


 伯爵様がレイドルさんの暴力をやめさせてくれたお陰で脳味噌は出なかったが、毎回このオッサンの握力には驚かされる。


 でも、俺に国の予算以上のお金なんて無いんで、そこを指摘してくれなきゃ困るんですけど。

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